19.二つ目の危機と違和感
ルバート子爵家。
その言葉に誰か反応してくれ、と祈った。
セレナ・ルバート——それは『鳥籠のセレナーデ』における、主人公の名前だ。
しかし、これはあくまでもデフォルト名。
名前が変わってしまっているかもしれないし、そもそも俺たちという名の特異点が爆誕してしまっているせいで、彼女の存在がこの世界から消えている可能性もある。
俺も明里さんもこの名前の少女を探そうと思ったが、王家と公爵家が探すのはあまりにも目立ちすぎるし、ここに至るまで「賭けに出よう」という発想そのものがなかった。
……だが、天啓というものを説明するためには、セレナはどうしても避けられない存在だった。
ゆえに、ここで勝負に出た。
誰かが彼女の存在を知っている、もしくは来年しれっと入学してきてくれることを願った。
「……」
その時。
バセットが小さく「ん?」と声を漏らした。
「ルバート子爵家のご令嬢? ……セレナ・ルバート?」
——来た!
ここは俺ではなく、明里さんに託す。
視線をかわす。彼女は、小さく頷いて口を開いた。
「そうです! ああ、やはり天啓は間違っていなかったのですね……!」
バセットは、思わずといった様子で口を開く。
「……世界滅亡関連の天啓が当たってるのって、ちょっと嫌っすけどね」
それは……そうかもな。
そもそも当たってなければ、世界の滅亡自体が嘘かもしれないもんな……。
君たち目線で考えたら、そうあって欲しいって思うよな。
でもごめん。俺たち目線だと、ここは乙女ゲームという名の鬱ゲーの世界なんだ。
とはいえ、バセットは天啓の存在を否定する気は一切なかった。
「まあ、セレナって子の話が出なくても、さっきのオルフェウス殿下の件でもはや信憑性しかないんっすけど」
全体共有をした方が良いと判断してくれたみたいで、バセットはその場に立ち上がり、皆の方を向いて話し始めた。
「事態が事態なんで自分が把握してる情報を話しますが、ここだけの話に留めて欲しいっす。セレナ・ルバートは去年の春くらいにルバート子爵家に来た子なんです。
確か、元々は孤児院にいたけれど、実はルバート子爵の隠し子だった……みたいな理由っす。自分のひとつ下なので、確かに入学してくるのは来年っすね」
バセットが情報を持っていたのは、多分『セレナが隠し子だから』だと思う。
自分に近い境遇の人間に興味を持つのは当然だ。
とはいえ、セレナに関しては14歳まで孤児院に放り込まれていたことになるから「本当に血が繋がっているのか」っていう疑問が出てくる。
案の定、これにはシベリウスが反応した。
「嫌な話だけど、その子ってルバート子爵と本当に血は繋がってるのかな? その辺、分かる?」
バセットは、首を横に振る。
「多分、繋がってないっす。単純にルバート子爵領にある孤児院にいた子だから真っ先に情報が入って、ルバート子爵はそれに釣られるような形で真っ先に動いたんだと思います。……隠し子って話は、ちょっとでも目立たないようにするためかと」
「それはどうして?」
「彼女は『聖なる力』に目覚めたって話なんです。それは怪我を癒す魔法で、孤児院で怪我人を助けていたら、ルバート子爵がやってきた……そんな感じみたいっすね」
——確定だ。
この物語の主人公であるセレナ・ルバートは、確実に存在する。
それはつまり『ヴィオレッタの死亡フラグ』を完全に折ったと判断するのは時期尚早だということだ。
バセットは明里さんに視線を向ける。
セレナがどうしたのか、と言いたいのだろう。
「聖なる力という情報までご存じだとは、驚きましたわ。そう、今の時点では存在を公にされてはいないのですが、本当にその方で間違いありません。セレナさんは聖なる力を持つがゆえに、様々な困難に陥るので。
純粋に運悪く巻き込まれるようなこともあるようなのですが、それだけでなく……そうですね、ここでは『邪悪な存在』と言っておきましょうか。命を狙われたり、連れ去られそうになったり……そのような出来事が、多々発生いたします」
「なるほど。……で、集められた自分たちは物理的に関わることが多い、と。つまり覚悟しとけってことっすか?」
「そうですわね。これまたパターンがいくつかあるようなのですが、特殊な力を持つセレナさんが存在する関係で国が攻め込まれて危機に陥ったり、その手のが無くとも急に魔物がスタンピードを起こして流れ込んできたり、発掘された古代兵器が誤動作したり、魔法施設の類が一斉に暴走したり……」
「う、うわー……」
「そういうことが起こります。そして対処できなければ、物によっては世界は普通に終わります。少なくともバルカローレ王国は終わりますわね。なので、セレナさんと共に困難と戦うために、神はわたくしたちに鍛錬を求めているのだろうと解釈しています」
「最後が急に投げやりすぎません!?」
……明里さん曰く、ルートによって事件内容が大きく変わってしまうらしい。
困ったことにセレナが入学するまでは『どのルートに分岐していくのか』が分からないため、ここに関しては濁すしかなかった。
実際のところは攻略対象たちが何らかの事件を起こすケースも多々あるらしいけど、それに関しては言わずに目立つ奴だけ羅列した。
その他、細々とした事件が数多く存在する。……何故ならこの鬱ゲー、レベリングとかその手の概念が存在するタイプの乙女ゲームだからだ。
時々戦って脅威を退けるような真似もさせられるからだ。
色んな意味で勘弁して欲しい。
俺たちの内心のことはつゆ知らず、シベリウスは頭を抱えていた。
「なるほど、『重要人物を集めるだけ集めろ』って話だったけど、要は頭数を揃えたいって話なんだね? 変な事件が起きた時に巻き込まれる人間が多ければ多いほど、被害の拡大を防げくことができるから」
——要するに、ルート分岐とかそれ以前に『全滅バッドエンド』の類に突入することもあり得るようだ。
だからこそ『困難に巻き込まれる』は決して嘘ではない。
世界滅亡の危機、と言い切るには少々規模が大きい可能性が出てくるだけだ。
とにかく攻略対象たちはセレナがどういう行動を取っても良いように事前にレベリングをある程度済ませておき、上手い感じに主人公と仲良くして、国が滅びる系のバッドエンドはどうにかこうにか回避して。最終的に明里さんが良い感じに逃げ切れば俺たちの勝利だ。
もう攻略対象たちが『ヴィオレッタ』を殺す可能性はない気がするが、セレナの行動次第では警戒すべきだ。まだ安心はできない。
「……」
ここで、急にラウダが手を挙げた。
そうして彼はどこか自信なさげに、どこか怯えた様子で声を発する。
「あ、あのさ……その、重要人物のひとりって……」
「言いたくありませんわ」
「……そう、じゃなくて、ちょっと気になったことがあるんだ」
間違いなく、彼はリュートが最後の攻略対象だと察している。
その上で、踏み込んできた。
回避したかったが普通に質問として飛んできてしまった以上、一旦受け止めるしかない。
ラウダに発言を促すと、彼は相変わらず自信なさげに話し始めた。
「聞かれるのは嫌かもしれないけど、気になることがあって。……まあ、それが『現実として起こっていない』以上、分かんない可能性もあるけどさ」
「はい」
「独裁王と化すオルフェウス殿下って、どうして毒殺未遂事件の犯人が分からないの? 今回はヴィオレッタ様が事件現場に間に合ったから逮捕できてるわけだけど、間に合ってなかったら逮捕できてない。けれど、オルフェウス殿下は最初から犯人が分かってないとおかしいと思うんだ」
——確かに。
俺は、オルフェウスの記憶を覗き見る。
言われてみると、事件前の記憶が全くと言って良いほどに存在しない。
そういえば、俺は詳細を教えてもらうまで『オルフェウスは学園でリュートに毒を盛られて死にかけた』という事実を知らなかった。
よく考えてみると、あれも大概におかしい。
この身体に残っているオルフェウスの記憶は、かなり正確だ。
俺はずっと、オルフェウスのの記憶に助けられてきた。
……なのに、どうして肝心なところが欠落しているんだ?
ゲームだからと言われてしまえば、それまでだ。
けれど、シナリオが破綻しているにもほどがある。
これはいくらなんでも、前提事項がおかしいんじゃないか?
「ヴィオレッタ、分かる? 僕は駄目そう。毒の影響かな、妙にその辺の記憶がぼんやりしてて……天啓でもその辺は、欠けてて……」
明里さんも、おかしいという事実に気づいたようだ。
「……申し訳ありません。わたくしは『このままだとオルフェウス殿下が毒を盛られ、血を吐いて倒れて後遺症を負う』という天啓を受けただけなのです。現場に犯人がいたのも、実のところは結果論ですわ」
原作におけるヴィオレッタがリュートを犯人だと認識できている理由は分かる。
何故なら、ここは結託しているからだ。
しかし主人公がセレナである以上、詳細な描写は無かったのだろう。
誤魔化しているだけかもしれないが、ヴィオレッタが目撃したのが『毒を盛る瞬間』だったのか『オルフェウスが血を吐いて倒れる瞬間』だったのかは、明里さんも分かっていない可能性が高い。
とにかくヴィオレッタは何らかの形でリュートの犯行を目撃し、それを黙認した。
その事実しか……分かっていない。
——だが、原作におけるオルフェウスは犯人を把握できていない。
毒を盛る瞬間ならともかく、血を吐いて倒れる瞬間を目撃したのであれば状況があまりにもおかしい。前者でも正直、ちょっと違和感がある。
毒薬に関することならと、俺はクレメンティ先生の方を見る。
話を振られると感じ取っていたのか、彼は難しい顔をしながらも頷き、話し始めた。
「意識阻害の毒を盛られた可能性はあるが、その場合はオルフェウス君に『従者が傍にいた』、『従者に渡された飲み物を飲んだ』という証言をされる可能性の方が極めて高い。
そんなに都合よく、関連する記憶を消す毒が存在するとは思えない。……ゆえに、可能性が高いのは『遅延性の毒』だ。しかし、その場合はヴィオレッタ嬢が犯人を目撃できていること自体がおかしいな」
「そうですわね……あえて疑われるような言い回しをしますが、遅延性の毒だった場合はわたくしの証言はすべて覆ってしまいますわ。信じて頂きたい、とは思っておりますが」
混ぜれば毒となることは分かっている。後遺症が残るのも分かっている。
しかし、都合よく記憶が飛ぶような事態には陥らない。
何も言わなかったが、クレメンティ先生は多分そう思ってる。
試作中だったとはいえ、薬の効果自体は把握していたのかもしれない。
カタン、と椅子の音がした。
ジェズアルド先生が考え込んでいるうちに、椅子の足を鳴らしてしまったらしい。
「そこを突破できる手法が無いかは、我々も少し探してみるが……今の時点では、まったく心当たりがない。申し訳ないが、答えが出る気もしない。だからと言って、ヴィオレッタ嬢を疑う気にはなれない。もはや『犯人が現場に戻って来ていた可能性』を追いたいレベルだ」
リュートは、自暴自棄になった様子で「家督を継ぎたかった」と言っていたらしい。
だからこそ冤罪ではないと思う。彼が誰かを庇っているとも思えない。
現場検証をしようにも、事件から日が経ちすぎている。
シベリウスに頼めば当時の情報を引っ張り出してくれるとは思うが、一度リュートが逮捕されている以上、その辺りの異変はとっくの昔に暴かれていそうだ。
——このゲームにおいて、オルフェウスの毒殺未遂事件は肝となる部分だ。
例え攻略対象たちが結託していようが、これは変わらない事実だろう。
ゆえに、変な部分にほつれができてしまっている。
俺たちが本来のシナリオにない動きをしたからなのかもしれないが、それにしたって見過ごせない。
一体、何が起こっているのか。
最後の問いの答えが出ないまま、俺たちは解散する。
「なあ……これ、どういうことなんだ……?」
そうして俺は、いるのかいないのか分からないオルフェウスに問いかける。
こればかりはちゃんと答えて欲しかった。
……当然、彼から答えが返ってくることはなかった。




