18.一つ目の危機
この世界に転生して、数か月。
俺も明里さんも、大いに分かっている。
——目の前にいる彼らを『ゲームの攻略対象』だと侮ってはいけない、と。
最初はなるべく原作通りに動いて原作の展開を起こして、死亡フラグを叩き折る糸口を見出すつもりでいた……けれど、今になって思う。俺たちにそれができたのか、と。
接すれば接するほどに分かる。彼らは、普通に生きている人間なんだ、と。
この世界が俗に言う『鬱ゲー』なのは分かっている。残酷な世界なのは、分かっている。
それでも彼らにはこれ以上、辛い思いをして欲しくはないと思ってしまった。
ただ……困ったこともある。
何が困るかというと、彼らが『有能すぎる』ことだ。
よく考えれば当たり前だ。
アリオーソは王太子の護衛騎士で、ラウダは異例だらけの特待生。
コラーレ兄弟も特殊な平民出身教員で、バセットは代表挨拶を託されている時点で優秀なのは確定だ。
……シベリウスはもはや『有能』以外の何者でもないから置いておくとして。
この子に関しては原型を留めなかった結果、色んな意味で大変なことになっているから置いておくとして。
余計なことを考えている場合じゃない。
俺は軽く頭を横に振り、口を開いた。
「まずは、どうして僕とヴィオレッタが天啓の対象になったのかってところから話して行くよ」
適当に話をでっち上げたところで、優秀な彼らには見抜かれる。
だからこそ俺と明里さんは、一緒にこれでもかと天啓設定を練り上げた。
「ただ、普通に言い方は選ばないっていうか……選べない。大なり小なり不快に感じたり傷つけるようなことを言ってしまったりするだろうから、深く考えすぎないでね」
皆は、黙って話を聞いてくれている。
立ちっぱなしになっていた明里さんに一旦座ってもらった後、俺は口を開いた。
「この世界が滅ぶ原因は、2つある。そのうちの片方は多分既に回避できているんだけど……これが僕とヴィオレッタが選ばれた理由だと思っているよ」
第一に、どうして神は『オルフェウス』と『ヴィオレッタ』を対象としたのか。
これはアリオーソが気にしていた部分だ。彼は間違いなく、まだ納得はしていないだろう。
あの時点では適当に誤魔化したが、誰かに掘り下げられてしまえば、その時点で終了だ。
だから俺たちはこの問題を放置せず、きっちり理由を付けるべきだと判断した。
「まず一つ目。実際のところは世界が、というよりはバルカローレ王国が、かもしれない。でも、ヴィオレッタから話を聞かされて思ったんだ。……間違いなく、この国だけじゃ済まないなって」
そこまで話し切って、息を吐く。
堂々と大嘘を吐くのは普通に、とにかく緊張する。
説得力を出すために、初手で切り込むと決めた。
だが、これは同時に攻略対象たちの傷を抉るような行為だ。
「一つ目の危機。それは、僕が独裁王と化してしまうこと」
皆が、あからさまに動揺した。
これ以上の反応は一切待たない。俺は、もう一度念押しする。
「本当に……本当に、考えすぎないでね」
そして、口を開く。
「実は僕自身もヴィオレッタ、というより天啓に救われた存在だ。何故なら本来、僕は毒の後遺症で右足が動かなくなっていたはずだからね」
世界が滅ぶ原因は、2つある。
俺と明里さんは——『オルフェウスルートのバッドエンド』を元に、片方をでっち上げた。
「しかも毒殺未遂の犯人は捕まらない。どうしてかというと、そもそもヴィオレッタが来ないから。そうなると治療が遅れるだけじゃなく、密室だったせいで犯行現場を目撃する人間がいない。
どうも本当に、とんでもなく急だったみたいなんだけどさ。ヴィオレッタは天啓に従って、大慌てで僕のところに駆けつけてくれたんだ」
明里さんは困ったように、それでいて優雅に笑って見せる。
「……とはいえ、わたくしは知っていたにも関わらず、あまりの惨状に怯えて叫んでしまいました。もっとどっしりと構えておかなければならない状況だったというのに、情けない限りですわね」
ヴィオレッタがリュートと結託していた、という件は一切話さない。
純粋にヴィオレッタはオルフェウスよりも少し早い段階で天啓を受けていた、という設定にした。
天啓、というよりは前世の記憶を先に思い出したこと自体は決して嘘ではないし、リュートとの結託についてさえ話さなければ、ヴィオレッタは『小さな英雄』のような存在に格上げできるからだ。
「ヴィオレッタのおかげで、本当に助かったよ……ただ、本来あるべき未来は違ったんだ」
俺は軽く俯いてもう一度だけ息を吐き、前を見据えた。
「本来、僕は犯人が分からないまま、上手く動かない身体を恨めしく思いながら。関わる人間全員を疑いながら過ごすことになる。そうして第3学年になって、結局シベリウスを強引に押しのけるような形で王になるんだ。
僕が王になった後は……最後は。少しでも疑わしいと思った人間を片っ端から断頭台に送りながら、隣国への侵略を開始する。……ただ、隣国そのものが疑わしいから。疑わしい気がするから。たった、それだけの理由で」
そんなはずがないだろう、という視線を感じる。
オルフェウスならそんなことはしない、という強い信頼を感じる。
優しい皆の想いを、俺は笑って押し切る。
「分かりやすいところに後遺症が残ってしまうし、ずっと犯人は分からない。本当はそうだったって理解して、僕は思ったよ。本当に、やりかねなかっただろうって。……僕は、そんな状態で毎日笑っていられる自信はないよ」
ここまで言い切った上で、皆の反応を伺ってみる。
真っ先に口を開いたのは、シベリウスだった。
「兄さんがそうなっちゃうと、私は間違いなく大きな影響を受けただろうね。そっか、だから兄さんは『考えすぎないで』って言ったんだ」
彼は、痛みを隠し切れない様子で笑う。
「私が兄さんから信じて貰えない時点で苦しいし、しかもきっと、城の中でも孤立したんだろうなぁ……だって、黒幕にしか見えないだろうから。そうなっちゃうと、嫌な想像しかできないや。兄さんだけじゃなく……私の大事なものは全部、無くなってたんだろうな」
「シベリウス、深く考えすぎないで」
「ふふ、私は大丈夫だよ。でも……引きこもっちゃっただろうなって思った。大切な何かを失うことも、目の前のものが変わってしまうのも……すごく、怖くなっちゃうだろうから」
そうだよ。君は原作だと引きこもるし、絶望的に病むらしいよ。
つまり今の君が見せてくれている有能さはね、すべて消し飛ぶんだよ。
そうなる気配が完全に無くなって良かったよ。君は剥製を作ってはいけない。
こっそり脳内で相槌を打っていると、今度はアリオーソが話し始める。
「オルフェが人を信じなくなる? だったら俺も間違いなく信じなくなるな。そもそもオルフェとの会話が成立しなくなる気しかしねぇし、その時点で他の誰とも話す気が起きねぇよ。……想像するだけで、嫌だな。何故か妙に、そうなった未来が浮かんじまうしよ」
その通りなんだよね。
君は原作だと喋らなくなるらしいんだよ。
制作チームのメタ的な理由じゃないのかって、俺はずっと疑ってるよ。
君がよく喋ると、それだけで色々崩壊するシナリオになっちゃってるみたいだからね。
なんでだよ。どうなってんだよ。シベリウスの件といい、俺は制作チームを許さないからな。
有能な子を物理的に黙らせるんじゃない。物理的手段でどうにかしようとすんな。
そして俺は、色んな意味で怖すぎるラウダに視線を移す。
困ったように、笑い返されてしまった。
「何なのさ、その目は。……まあ、自覚はあるよ。要するに、3年間アレが続いてたってことでしょ? そうなってたら、こっそり魔法極めて最後の最後に学園に対して軽く報復くらいやっちゃったかもね。そうならなくて、良かった」
いや、君は学園どころじゃないんだ。ていうか全然軽くないんだ。
君の報復は国家レベルなんだ。君は自分の能力を過少評価しすぎなんだよ。
俺たちからすれば、もはや君の殺戮魔王化阻止は俺たちの最優先事項なんだよ。
君だけ何故か死亡フラグの規模が文字通り『桁違い』なんだ。
優しい子になんてことやらせてんだよ。本当にふざけんな制作チームしばくぞ。
「……」
だんまりを決め込んで顔を見合わせているコラーレ兄弟のことは、ちょっとそっとして置こう。
ヒロインをホルマリン漬けにした挙句に餓死しちゃう怖すぎる先生方のことは一旦置いておこう……多分、自分たちの狂気の未来が頭に思い浮かんじゃってるんだろうし。
……その時点で、一言も発したくないと思う。
少なくとも、俺だったら嫌だ。
——ていうか、今見るべきは、双子教師じゃない。
その横だ。
その横にいるバセットだ。
「あははっ」
何故なら急に笑い出したバセットが『もっと怖いから』だ。
「自分はどうしたんっすかねぇ……ははっ、投げやりになってたんじゃないすか? 何もしなくても派手な容姿してるんで、羽目、外してたかもしれないっすねぇ。
自慢じゃないっすけど、どっちかっていうと嫌な話っすけど、俺はその手の声を掛けられたこと、結構ありますし……あははははっ」
そうです、君は盛大に羽目を外します。愛を求めてチャラ男になります。
この感じだと羽目を外すことがそのまま自傷行為みたいなものになってたんだね。
良かったよ、君がそっち方向に突っ走っていかなくて。これからも全力で阻止するね。
——だからもう笑わないで! 自虐だって分かるだけに、ちょっと泣きそうになるから!!
とりあえず全員が(特にバセットが)うっかり闇堕ちする前に、俺は軽くテーブルをトントンと叩く。
「さて……僕とヴィオレッタに天啓が降りてきた理由は分かったかな?」
皆が見事に頷いた。というより、頷くしかなかった、といった感じかな。
アリオーソがどこか、呆れたように口を開く。
「こんなん、納得するっきゃねぇだろうよ……すげぇなオルフェ。世界以前に、俺らに影響与え過ぎだろ。シベリウスと俺は極端すぎるが、ラウダたちも若干影響されてんじゃねぇか」
もう流石としか言いようがない、綺麗なパスをくれた。
俺は言葉を選びつつ、苦笑いしつつ、彼だけじゃなくて、あえて皆に訴えかけるように言葉を返した。
「そうだね。『王太子』っていう立場の影響力をとんでもなく身近なところで、もう嫌になるくらいに突きつけられたよ。しかもヴィオレッタを選んでる辺り、神様って本当にいるんだなって感じたよ」
これを言っておけば、『オルフェウスよりもヴィオレッタの方が授かっている天啓の量が多い』理由にもなる。
立場のせいで、オルフェウスは周囲に与える影響力が強すぎる。
王太子の暴走だけは、何が何でも止めなければならない。
そして、オルフェウスの婚約者であるヴィオレッタは公爵令嬢。
王太子を暴走させる引き金、侯爵家次男のリュートに対しても強く出ることができる。
ゆえに、ふたりは神から天啓を授かった——この方向で、まとめ上げた。
そうして今度は、明里さんが立ち上がる。
ここで、バトンタッチだ。
「これに関しては何とかできた、と判断いたします。ですので問題は、もうひとつの危機です」
彼女はすっと、背筋を伸ばした。
「もっと早く天啓を授けて下されば、様々な意味で思いました。……ですが、今だからこそなのかもしれません。何故なら、次の事件が起こるのは来年だからです」
え、とシベリウスが小さく声を漏らした。
「私が、この学園に入学する年ですか?」
「そうです。関係者全員が、この学園に集う年です。……そして、」
……これは、勝負だ。
「シベリウス殿下と同じ年に、ルバート子爵家のご令嬢が入学されるはずです。彼女はこの世界を救う、最後の重要人物であり、最重要人物と言っても過言ではありません。……そしてオルフェウス殿下を含め、今、ここに集まって下さっている皆様は彼女との関わりが特に深くなる方々なのです」
頼む! どっかに存在しててくれ!
——『鳥籠のセレナーデ』の主人公、セレナ・ルバート!!




