17.シベリウス襲来
「じゃ、兄さん。詳しく話してくれる?」
「はい……」
貴族用の会議室を貸し切り、人払いも依頼した。
明里さんと設定を詰めている時期に、ラウダがどこかから調達してきてくれた小さな宝石を使って、ゲームの攻略対象たちを全員集めた。……幸い、全員すぐに集まれる場所に居た。
俺はトランシーバーのような機能を持った宝石に感謝しつつ、集まって来た面々にはコの字に整列したテーブルを囲うように座ってもらった。
その上で俺は——急にやってきた弟、シベリウスの圧に苦しんでいた。
「……」
もはや、顔を上げたくない。
可愛い弟に対して未だかつてない恐怖を抱きながら、俺はニコリと笑う彼に話しかけた。
「ま、まず、最初に自己紹介、からかな……天啓で選ばれた人間、犯罪者以外は全員この場にいるから……」
「それもそうだね? アリオーソとヴィオレッタ様は知ってるけど、他の皆さんは兄さんのせいで私は知らないからさ」
「ぐ……っ」
「あ、私はまだ学園の人間じゃないけど、気にしないでね。のちに後輩もしくは生徒として入学する身。その時点で敬語なんて必要ないから、私のことも気軽に『シベリウス』って呼んで?」
そう言ってシベリウスはその場で立ち上がって軽く頭を下げた後、笑った。
「改めて、私はシベリウス・パルス・バルカローレ。今のところは第二王子って肩書きだよ。そういう意味でも、本当に気軽に接してね。歳は15歳だから、来年入学予定だよ。
入学予定、なんだけど……頑張ってはいるけど正直、そもそも勉強があまり得意じゃないんだ。基礎固めまでは良いんだけど、応用しろって言われたら固まるんだよね。
今からこの調子だと絶対に入学後に頭を抱える羽目になるのは目に見えてる。だから、手が空いてる時に誰か教えてくれると助かるかな」
まるで演説をしているかのように流暢に挨拶をこなす弟が——怖い。
「いやー……まさか入学前に、しかも王城がややこしくなっているタイミングで来る羽目になるとは思わなかったなぁ。それもこれも、すべて兄さんのせいだね。全部兄さんが悪いね。
すみません先輩方、そして先生方。兄さんがいつもお世話になってます。私のことも、どうかよろしくお願いします。兄さんが何かやらかしたら密告してください。すぐに飛んできます」
——怖い。
シベリウスはニッコニコだが、場に居合わせた全員ちょっと引いている。
この社交性の化身が本来は引きこもりになるという事実が、信じられない。
「……」
とりあえず俺は、手を挙げた。
「僕とヴィオレッタは、事情説明もあるから最後が良いと思う。……ということで、アリオーソ。急で悪いんだけど、頼んで良いかい?」
「ま、任せろ……」
嫌そうだ。
嫌そうだが、こればかりは申し訳ない。
心の中でアリオーソに土下座したい気持ちになりながら、俺は彼の話を聞くことにした。
「俺がかしこまっちまうと後の奴がやり難いだろうし、本当に一切遠慮せずに行かせてもらうぞ」
音を立てずにスッと立ち上がった彼は、前を見据えて話し出す。
「俺はアリオーソ・グノー・リチェルカータ。一応は王国騎士団所属だが、たまたまオルフェと同じ日に生まれた縁で専属の護衛騎士をやらせてもらっている。ありがたい話だよ。
そうだな、成績そのものは悪くはないと思ってるぞ。ただ、剣術演習と魔法演習が反比例しまくってるだけで。それでも必要な魔法はきっちり使えるんでね。成績に関しては割と本気で開き直ってる。そんなわけで……よろしく頼む」
ありがたい。
アリオーソがかしこまると、確実に彼以降がかしこまる。
何故なら彼は本人が言うように護衛騎士だし、しかも侯爵家出身だからだ。
シベリウスが、にこりと笑った。
「今はあれだけど、私はアリオーソにはこれでもかと会っていたからね。普通に親しくさせてもらってたし」
「そうだな。……って、ラッセルはどこに行ったんだ?」
ラッセルはシベリウスの護衛騎士だ——いない!?
それどころか、よく見ると彼は側近の類を一切連れてきていない!!
シベリウスは笑って親指を立てる。
「撒いてきちゃった」
「何やってやがんだ!?」
——これに関しては、後でどうにかしよう。
順番的に、次はラウダだ。
アリオーソにこれでもかと「かしこまるんじゃねえぞ」と肩を叩かれに叩かれた後、彼は立ち上がる。
「ラウダ・マドリガル。オルフェウス殿下と同じ、第2学年だよ。えっと、成績言えば良いの? オレは座学はともかく実技成績がアリオーソ様の逆。魔法演習と剣術演習が反比例してる。最近はもう、剣は高等魔法発動の媒体だと思って開き直ってる。良い感じの棒だと思ってる。
あとは、そのー……嫌じゃなかったら、身分的な意味で問題が無ければ。この後、シベリウス殿下を城まで連れて行ってこようか? オレは平民だから適当で良いし、攻撃魔法も結界魔法も得意だし……」
頑張ってかしこまらずに喋ってくれた。
しれっと出てきた『平民だから適当で良い』発言は相当に気に入らないが、彼にシベリウスを送ってもらうのは良い手かもしれない。
シベリウスは「うーん」と呟いた後、言葉を返す。
「そうして貰えると助かるといえば助かるけど、平民だから適当で良い、は嫌だなー。個人的な話をするけど、私は君のご実家には相当にお世話になってるし。お忍びデートする時に便利なんだよね、会話遮断のアクセサリー」
「えっ!? 本当に……?」
「ペンダントタイプをよく使うかな。他にも汚れとか虫とか避けてくれる栞なんかも使わせて貰ってるよ。ご両親にもよろしく言っといて?」
「あ、ありがとう、ございます……!」
なん、だと……?
俺の考えを見通したと思しきシベリウスと目が合ってしまった。
彼はニッコリと笑いながら——また、怒っている。
「兄さん、平民だから疑えってわけじゃないけどさ。傍に置いとく子のご実家情報くらい調べとかなきゃ駄目じゃないかな? 多分、学園入学レベルには到達してなかったんだろうけど、彼のご両親とお姉さんは普通に魔力持ちだよ。その力を使って魔法雑貨屋さんやってるんだから」
「あっ、そ、そうだ! シベリウス! 返してなかったけど……」
「ネックレスのこと? 他のタイプも持ってるし、ネックレスタイプに関しては売り上げに貢献しに行ったから大丈夫。そのまま持ってて。そして彼のご実家に感謝して。ついでに私にも感謝しなよ」
「はい……」
とんでもなく流暢に、ラウダの実家情報を教えてくれた——。
ラウダが個人情報を晒されているが、不快ではないようだ。
ちょっと恥ずかしそうにしているし、それ以上に嬉しそうだ。
それもそのはず、彼は心に深刻な傷を負いながらも学園から逃げ出さなかった少年だ。
それだけラウダは自分の家族を大切に、そして誇りに思っているのだろう。
……まあ、そのせいで原作のバッドエンドは殺戮魔王と化すんだけど。
とはいえ、確かにラウダの実家のことは調べるべきだった。
せめてお礼を言うだけでなく、貰った宝石の出所くらいはきっちり聞くべきだった。
ラウダだから大丈夫、で流してはいけなかった。
考えるまでもなく、ラウダは自分の実家に依頼してこれを用意してくれたのだと思う。
細かいことを聞かなかったこと自体、色んな意味で有り得ない……本当に、申し訳ないことをした。
心の底から、とにかく盛大に反省しながら、俺はコラーレ兄弟に喋るように促す。
彼らはふたり同時に椅子を引き、ふたり同時に立ち上がった。
「学園で薬学を教えているクレメンティ・コラーレだ。王国騎士団の方でも医療班として世話になっている。そしてこっちは双子の弟」
「学園教員としては医学を担当している。ジェズアルド・コラーレという。成績がどうのという話がないから話すことがないな……年齢くらいか? どちらも34歳だ。では、これくらいで」
凄まじく、雑だ。雑すぎる。
だが、彼らは本格的に話したくないのだろう。
オルフェウス毒殺未遂事件に間接的にとはいえ関わってしまっている以上、特にシベリウスを前に情報を出したくはないはずだ。
「……」
一方のシベリウスは興味深そうに彼らを見つめた後、すぐにバセットへと視線を移した。
ノーコメント。
シベリウスなら、少なくともオルフェウスの救助に彼らが関与していることを知っていそうな気がする。アリオーソとラウダには雑談を挟んできたにも関わらず、コラーレ兄弟には一切触れなかった。
つまり、彼は意図的に毒殺未遂事件の話どころか、コラーレ兄弟には踏み込まなかった。
恐らく、すべてを察した上で——本当に、仕事ができる弟だ。
そうして最後。
バセットに順番が回ってきた。
「えーと、自分は王国騎士団に所属しているバセット・アリアダ・オフィクレイドっす。入学してそんな経ってないんで、学園のことはまだまだ何も分かってないっすね。今のところ、勉強は普通についていけてます。あと自分の敬語は癖なんで、これくらいで勘弁して欲しいっす」
当たり前だ。
正直半分くらいは彼が悪いとは思うが、バセットは入学して早々に俺たちの天啓騒動に巻き込まれた。チャラ男化してヒロイン磔刑男になるのを防ぐためだ。許して欲しい。
「それで、ですねー……」
そして彼は淡い金色の髪を弄りながら、困ったように笑う。
「先に言っとくんっすけど、自分、庶子疑惑があるんっすよねぇ……その辺はあんま触れないでもらえると嬉しいかなーって感じ、ですかね。ま、自分でもそうだろなーって思っちゃいるんすけど」
シベリウスがラウダの実家のことについて触れたからだろうか。
バセットは初手で一線を引いてきた。
髪を弄ったのは無意識だとは思う。
けれど、恐らくは容姿のことにも触れて欲しくはないのだろう。
「……」
シベリウスは少し考えてから、微笑みつつ口を開く。
「入学生代表だって聞いてる。つまり、優秀なんだろう? さっきまでの流れで分かってると思うけど、兄さんは唐突に抜けたことをするから。特に対人系で急に抜けたことをする時があるから。守ってもらえると、助かるな」
「はい! 分かりました!」
「兄さん、私とは違って才能の化身みたいな感じだし、人当たりも良いし、基本的に素晴らしい人なんだけどさ。本当に……急に、駄目駄目になるから……」
「は、はい……」
——代わりに俺が、吊るされた。
とはいえ、デートプランをすべてシベリウスが考える流れになっていた辺り、間違いなくオルフェウスは元から割と抜けている。本当に、急に駄目駄目になるタイプだ。
申し訳ないが、そうでなければ側近に毒を盛られるような真似はしないだろう。
……抜けている、というよりは身内認定した人間に甘くなる、が正解だろうが。
攻略対象たちが一通り自己紹介を終えた。
それを見て、俺と明里さんが立ち上がる。
「僕はオルフェウス・キリエ・バルカローレ。ここに居る皆にはよく言っているけれど、あまりかしこまらないでくれると嬉しいな。
知っての通り、僕とヴィオレッタは天啓に従って動いてる。一部、混乱を招いてしまったことは改めて謝罪しないとね。……でも、協力してもらえると助かる。よろしく頼むよ」
「わたくしはカデンツァ公爵家が長女、ヴィオレッタ・リュラ・カデンツァと申します。基本的にはオルフェウス殿下と同じ状況なのですが、どうやら授かった天啓の内容はわたくしの方が少々細かいようです。
なので殿下とは互いの認識を確認するため、定期的に話し合いをしております。いつも人払いをして頂き、本当に助かっておりますわ。皆様のおかげで円滑に話し合いができております」
まずは、定期的に行っている温室のコンサバトリーを利用した会議に理由をつける。
天啓を持つ者同士で話し合う必要があるのだと、訴える。
「……」
そして、明里さんは俺に視線を向けた。
……なるほど、どうやら『オルフェウス』の口から言わせたいらしい。
ゲームをプレイしていない以上、知識量自体はどうしたって明里さんには勝てない。
だからこそ、俺は彼女から情報を貰い続けた。
「さて……」
俺はテーブルにゆっくりと手を置き、口を開く。
「どうか聞いて欲しい。何故、僕と彼女が天啓を授かるに至ったのかを」
堂々と、皆の顔を見回す。
ポーカーフェイスを、貫く——絶対に、見抜かれてはならない。
「そして信じて欲しい。僕たちの話を」
これから話す内容の五割五分。
——つまり半分以上が『攻略対象者たちを欺くため』の大嘘であることを!!




