16.冷たい眼差し
翌日。
バセットが俺たちの前に飛んできた。
「オルフェウス殿下の事情は、アリオーソ様から聞きました。申し訳ありません」
「いやいや、意味が分からない状況になっているのは僕が誰よりも分かってる。気にしないで欲しいな」
バセットは首を横に振るい、頭を垂れた。
目が合っているようで、合っていない。
僅かに反発心が残っている、そんな感じだ。
恐らく——理解はしたが、納得はしていない。
ひとまず、この場には明里さんとラウダが居合わせる形にした。
顔見知り、ということでアリオーソとコラーレ兄弟は意図的に外した。
特にアリオーソの方は騎士団の先輩であり、王太子の護衛騎士である彼がいると話しにくいこともあるだろう、というのが理由だ。
……が、バセットはむしろラウダの存在を気にしているように見える。
平民であるラウダを混ぜたのは、失敗だったかもしれない。
貴族の中にはどうしたって平民を人間として扱わない存在がいるからだ。
バセットは攻略しやすい攻略対象、と聞いていたのだが……どうにも、上手くいかない。
どうしたものか、と考えていると——
「あなたがラウダ・マドリガルさんですか!?」
「ひっ!?」
——あれ?
急に大声を出されたせいで、ラウダが派手に肩をはねさせてしまった。
だが、それでも容赦なく、本当に容赦なくバセットはずけずけとラウダに近づいていく。
「平民出身で王国魔導士団入り確定って言われてる! あの!」
「まっ、魔導士団には入らないってか、間違いなく入れない、けど、ね……?」
「そんな!」
「ほら、オレ……こんなだし」
ラウダが一歩下がる、バセットが踏み込む。
ラウダが一歩下がる、バセットが踏み込む。
ラウダが一歩下がる、バセットが……の、タイミングで流石に止めた。
「こら、バセット」
少し不満そうにしていたが、自分の行為を理解したのだろう。
彼は目を丸くした後、軽く頭を下げる。
「も、申し訳ありません……」
「いや、その……オレの方こそ、申し訳ないというか……」
バセットは一体どちらに謝っているのか分からないが、とりあえず止まってくれたので良しとする。
どちらかというと、ラウダの『王国魔導士団には入れない』の方が気になった。
聞くよりも先に、彼は勝手に話し始めた。
「まあ、バセット様が言うように、一応オレは王国魔導士団候補生って肩書きで入ってきてはいるんだけどさ。色んな意味で、無理かなーって……そもそも身体能力はそこまで高くないし」
王国騎士団と王国魔導士団。
アリオーソやバセットのように、この学園には既にどちらかに属している人間が入ってくることが多い。だが毎年、一定数の『候補生枠』で入学する学生がいる。
候補生枠は貴族は貴族でも、騎士家系や魔導士家系以外の家で生まれた次男以降の人間が、将来の選択肢を広げるために存在する枠のようだ。
つまりラウダはとんでもないイレギュラーなのだが、オルフェウスの記憶によると、少なくともバルカローレ王国においては魔法と言えば貴族、というテンプレ的価値観があるらしい。
恐らく彼は魔法を使っていたところを学園関係者に目撃され、「特待生として入学しないか」と声を掛けられたのだろう——その結果、酷い目に遭うわけだが。
だが、バセットにラウダの事情は分からない。
無理だと言い切ってしまったラウダを見つめ、バセットは眉尻を下げる。
「無理、なんですか……?」
「この通り、臆病すぎて無理。前線には絶対に立てない。魔法使うのは楽しいんだけどね。……才能も、あるとは思ってるし」
臆病すぎて無理、とは言っているが、その「臆病すぎて」の背景が間違いなく学園内で虐められていたことに起因するせいで、何とも言えない気持ちになってしまう。
現在のラウダの状況が1年そこらでどうにかなるとは到底思えない。
それどころか、彼は一生残りそうなレベルの傷を負っているような気がする。
オルフェウスを責めるのも違うと思うが、彼は結果的にひとりの人材を潰してしまったようなものだ。
「……」
そんなことを考えていると、バセットがこちらを見ていた。
「……そういうところ、なんですよね」
「うーん、昨日指摘されたから、分かってる……」
真正面から飛んでくる銀色の視線が、あまりにも痛い。
バセットの『本能』の詳細はアリオーソから聞いている。
アリオーソが頑張って翻訳してきてくれた。
——曰く、俺が入った状態のオルフェウスと、今までのオルフェウスとでは他者に対して向ける『眼差し』がまるで違うらしい。
元々、オルフェウスは自分と近しい人間には柔らかい眼差しを向けていたが、それ以外。
それこそ『自分には関係が無い』と判断した人間に対してはどこか冷え切った眼差しを向けていたそうだ。
オルフェウスの評価は『誰に対しても穏やかで、人当たりの良い理想的な王子』。
間違いなく、彼は意図して『そう見えるように』振る舞っていた。
ゆえにオルフェウス自身にも冷え切った眼差しを向けている自覚はなかったのだろうし、大多数の人間はそれでどうにかできていた。
……しかし自覚があるのかどうかは不明だが、オルフェウスの粗探しをしてしまっていたバセットは、その青紫の瞳の奥にある真意を見抜いていたようなのだ。
恐らくバセットが懐っこく可愛らしい振る舞いをするのは素の部分もあるのだろうが、オルフェウスに対する対抗意識の表れでもあったのだろう。
そうしてバセットは、深々とため息を吐き出す。
「代表挨拶やってる最中の自分が、何を考えていたとお思いで?」
バセットが新入生代表なら、オルフェウスは在校生代表だ。
本来であれば1つ上の第3学年がこの役割をこなすのだろうが、学内に王太子がいる以上、話が変わってくる——入学式が終わった後、バセットが俺のところにやってきた理由が大いに分かった。
「ものすごく気持ち悪いか、怖いか。……とにかく、僕に対して、負の感情の類を抱いていたんだろうなって、思ってる」
在校生代表として、俺はバセットの挨拶を誰よりも近くで聞いていた。
要するに……俺はこれでもかと、にこやかに。
にこやかに、暖かい眼差しでバセットを見つめていた。
「ッ、そうっすよ!」
バセットは奥歯を鳴らしてから、叫ぶ。
「代表やってる場で平然を装った自分を褒めてください!」
「偉い!!」
仕方ないじゃないか!
可愛い後輩をにこやかに見つめて何が悪い!?
「男爵家三男、しかもアレな噂しかない自分があんな目を向けられるなんて……まず、ありえないんすよ」
貴族といえども『男爵』は一番階級が下、そして三男という時点でオフィクレイド男爵家の後継ぎになる可能性は低い。
そして何より庶子であると噂され、社交の場にも一切出てこないバセットがオルフェウスと深く関わる可能性は、もはや皆無といっても過言ではない。
「はあ……」
よほど気持ち悪かったのか、バセットは深々とため息を吐き出す。
「しかし『天啓』っすか……自分が対象になるとは、正直思わなかったっす」
「それを言われちゃうと、急に神様から天啓って名前の暴力を受けた僕とヴィオレッタも大概なんだよ。だから、人に対する態度が少々変わっても許して欲しい……」
「……。まあ、良いんじゃないすか? 自分としては、少々複雑なところもありますけど」
バセットの最終目標が『オルフェウスを超えて、両親に愛されること』な時点で少々詰んでいる。
これに関しては彼が実家から離れているうちに王太子権限をフル活用してでも、オフィクレイド男爵家の方をどうにかすることで対処したい。
それはそれとして、総出でバセットを可愛がることにする。
彼をチャラ男にはさせない。ヒロイン磔刑男にもさせない。
ずっと黙って様子を見ていた明里さんはどこからともなく扇子を取り出し、それを広げて口元を覆い隠すという悪役令嬢っぽい仕草をした。
「わたくしは天啓によって悔い改めましたが、それはそれとして天啓に振り回されて困っておりますの。決して悪いようにはいたしませんから、これからよろしくお願いいたします」
「はい。王国騎士団員として、あなたにお仕えします」
「学園内では平等な立場ですわ。同じ学び舎で過ごす身として、今は普通に接して欲しいですわね。これに関しては天啓も何も関係なくってよ」
「あ、ありがとうございます……!」
とりあえず、とりあえず……何とか、なりそうだ。
それにしてもラウダといいコラーレ兄弟といい、この『天啓設定』が役に立ちすぎている。
元々はアリオーソを仲間に引き込むためのものであったが、そろそろ明里さんと設定の詳細部分を詰めた方が良いような気がしてきた。
これを機に、いい加減にシベリウスにも天啓設定について話すべきだろう。
何かの手違いで『自分だけ除け者にされていた』などと後で知ってしまえば、可愛い弟が闇堕ちして剥製製造機になりかねない。まだ油断してはいけない。
リュート問題が解決していないせいで顔を合わせて会話をすることは難しいかもしれないが、この段階で明里さん監修の上でシベリウスに手紙を書こう。
世界を救うために必要な最後の重要人物は集まった。
そこまでの仕事は終わった。
だから、ここから先は君にも協力して欲しい。
こんな感じで書き始めれば、きっとシベリウスも怪しんだり病んだりすることはないだろう。
優秀な彼ならば、きっと頼りになるはずだ。
そうして、俺は明里さんと設定を詰めてからシベリウスに手紙を出した。
◇
——手紙を出した、翌日の夜のことだった。
王族および上位貴族を対象としているからか、寮はまるで良いホテルのような内装をしていた。
ひとり部屋なのを良いことに、俺はいるのかいないのか分からないオルフェウスに堂々と話し掛けながら今日の授業の復習と予習を進めていた。
「うーん、今年も最初は何とかなりそうだな。予習は必要そうだけど、君の知識で2年の内容もある程度行けるから、本当に助かるよ。……ありがとな」
ひと段落して、腕を伸ばす。
少し肩が凝った。
休憩がてら、飲み物を用意しようと席を立つ。
その時。
コンコンとドアがノックされた。
返事をすると、寮に常駐している侍女が扉を開ける。
少し焦った様子の彼女は、俺に一礼してから口を開いた。
「夜分に申し訳ありません。シベリウス殿下がいらっしゃいました」
「……え?」




