81話 100ノット
つるつると海を滑るように船が進んでいく。
風の衣を纏った船体は、ちょっとやそっとの横波では針路を変えるに至らない。
6人を乗せた船は再び暴風域へと突入していた。
「おーい! ゴルゴンゾーラ。大丈夫なのか?」
小森たちが船首に近寄り、かれこれ一時間ほど風を起こし続けているゴルゴンゾーラに声をかけた。
『キュイ♫』
「機嫌良さそうだな。りんご食べるか?」
『ギュルオオオ』
合計10個のリンゴを食べて、ゴルゴンゾーラはさらに風の厚みを強くさせた。
「嵐もおかまい無しときたか。こりゃぁ、大したもんだ。おれ、要らねぇんじゃねぇか? 商売あがったりだわな! がははは」
船長のジョンはずっと上機嫌だった。
あれほど苦戦した嵐の中を易々と航行する。風の衣は降りしきる雨を弾き飛ばし、看板は乾いたまま。
弾丸のごとく勢いをつけた船が、急な高波に穴を開けて通り抜ける。
なおも船は加速していき、荒れ狂う海の上をつるつると滑るように進んで行く。
『ギュルルオオオオ』
「なんだ? 空に向かって口を開けて……」
小森はゴルゴンゾーラにつきっきりで様子を眺めていた。
そして、一瞬の光景を見逃さなかった。
空から降りてきた稲光がゴルゴンゾーラの口の中に吸い込まれていったのだ。
「雷を食った……?」
『キュイ♫ ギュルオオオ』
船は30分も経たないうちに暴風域を通り過ぎていた。
小森が観測した中で、ゴルゴンゾーラは最低でも10回は『雷食い』を行なっていた。
船内は風に守られているので、小森たちは嵐の中を通り抜けているような感覚はほとんどなかった。
「あはは! これは爽快ですね。もうずいぶんと遅れを取り戻しているんじゃないですか?」
既に空は赤く染まっているが、陸にたどり着くのは時間の問題だった。
船はまだ風に包まれたままで、その勢いを加速させている。
「だな。これだけスピードが出るなら、夜までには到着できるんじゃね? 魔王城」
ペレゾも余裕の表情でリンゴをかじりながら甲板をうろついていた。
そして、船首でゴルゴンゾーラの世話をする小森の隣に腰を落ち着けた。
「なあ、小森。一時はどうなるかと思ったけど、やっぱり……って、なんかデカくなってないか? ゴルゴンゾーラ」
「なんか雷食べて成長中」
「??」
『キュルル♫』
不思議な空気が流れる中、マストの上にいた船長から一同に向けて声がかかった。
「陸が見えてきたぞぉ! 魔王城に近い浜に舵を切る! ……ところで、ちょいとスピード落とせないか? このままだと激突してばらばらになるんだが」
小森はジョンの声にハッとした。
「ゴルゴンゾーラ! 減速してくれ。このスピードはまずい」
『んギュー』
ゴルゴンゾーラは初めて不満そうな声をあげた後、羽ばたくのを名残惜しそうに止めた。
船を覆っていた風の結界が霧散し、船はざばんと音を立てて船底を深く海に沈ませた。
「おお! いい塩梅だぞぉ! このまま砂浜に乗り上げる」
船は海と激しい摩擦を起こして、水しぶきの壁を作りながら前進していく。
陸が小森たちからでも目視できる距離に収まったかと思えば、あっという間に眼前に迫っている。
「やべぇ。船壊れるかも」
「オイィ!? ふざけんなよ呑んだくれ――あがッ」
がつん、と船に衝撃が走り、ザルドがマストに身体を打ち付ける。
船はというと、砂浜に大きく乗り上げて海岸線を陸側斜めに突き進んでいた。
がりがりがりざざざざ。
がつん、がつん、ごん。
砂浜を乗り越え、いくつかの松の木をなぎ倒し、崖壁にぶつかる直前で船は止まった。
「あぶねぇ! がはは! なんて面白い旅だ」
ジョンはマストから落ちて笑い転げていた。
隣のザルドはうつ伏せでぐったりとして、クロキは樽の上に腰掛けてそれを眺めている。
「んん……いてて。命がいくつあっても足りねーな」
「大丈夫ですか? 怪我していませんか?」
「ん。オレは大丈夫……」
「あれ? 小森さんはどこでしょうか」
ペレゾは無言で船の下、砂浜の方に視線を送った。
「うははは! ゴルゴンゾーラぁ! こっちだー! うははは!」
『キュルルキュイーン♫』
砂浜で駆け回る裸マント小森と、金髪の飛竜の姿があった。
「お元気そうですね……」




