73話 零時出航
三人が城を出るころには、すっかり日が落ちていた。
乱立する街灯が、都市全体を橙色に染め上げている。その結果、夜というよりは、夕暮れがまだ続いてるような明るさになっていた。道行く人々の勢いも衰える様子がない。
そして、港に屹立する大灯台は、都市中のどんな光源よりも赤く夜空を燃やしていた。
小森たちは一隻の大きな船の前で、作戦指揮のホセや騎士たちと最終的な打ち合わせをしていた。
「これが小森君たちの乗る船だ。船員は合計60名。物資の積み込みも、もうすぐ終わるのではないかな」
「想像以上にデカイな……」
ホセが背にしている船は、全長80メートル・全幅40メートルほどの大きさで、三本の頑丈なマストがそびえていた。
荷物を抱えた船員がこちらと船を慌ただしく往復して、船上の高台に立っている片脚義足の男が怒鳴るようにして、船員たちを動かしている。
「船長! 船長! 決死隊のリーダーが到着した。降りて挨拶を!」
「おう! 今行く!」
船長と呼ばれた男が、ロープを駆使して飛び跳ねるようにこちらへ近付いてくる。
木製の義足を橋板にカンカンと打ち付けて、曲芸師のような身のこなしで小森たちの前へと躍り出た。
「こんばんは。あんたが小森さんか……」
「よろしくな、船長」
「ジョンでいい。フム……」
船長のジョンは値踏みをするような視線を隠そうともせずに、小森を見ていた。
「……何か、俺に問題があるのか? ジョン」
「いや……今はちっと話せねぇな。それよりよ、もう荷物は積み終わったみてぇだ。風が変わらねぇ内に出航たい。乗ってくれ」
「なんか腑に落ちないが……了解した」
小森たちは船乗り込み、甲板へと移動した。
樽や木箱、ロープや巻上げ機などで煩雑としているが、それでもかなりの広さである。
ジョンは大きな目をぎょろりと動かして、周囲を確認した。
すでに大勢の船員が甲板に集まり、ジョンの方を向いて待っていた。
「てめぇら! 0時に出発だ! いいな? 0時きっかりだぞ! それまで勝手にしろ」
ジョンが一括すると、船員たちは散り散りになった。
それでも、船から降りる者はいない。
「なあ、0時ってあとどれくらいだ?」
「あと10分」
「あっという間だな。それで外に出るやつがいないわけか」
「おれが一度0時出発と決めたら、もう二度と変えることはねぇ。連中それを知ってるからな。さて、おれは他にやる事もねぇから、あんたらの部屋を案内しよう」
ジョンが船室へ降りていこうとするが、小森は甲板の上で立ち止まっていた。
「どうした? 甲板が居心地いいのは分かるが、ずっと青空のままとは限らねぇぞ」
「いや、ちょっとやり残した事がある。一旦船を降りるよ」
「……おれの話聞いてたか? 10分後に出ると言った手前、曲げる気は無ぇ。あんたが遅れれば、作戦は失敗だ。この船は進路を変えて、どっか別の街へ豪遊しにいく。まぁ、その方がおれは気が楽――」
「絶対戻る! ペレゾ、あかり。後は頼んだ! とうっ」
小森は一足飛びで船から港へと飛び移り、あっという間に全員の視界から姿を消した。
「大丈夫なのか? あの男……」
「あはは……小森さんは約束は守ってくれる人なので、きっと大丈夫だと思います」
その場にいた者たちは呆気にとられたが、小森がさっさと行ってしまった以上、待つことしか出来なかった。
三人にあてがわれた客室は広く清潔で、以前の宿と比べても高級感が優っていた。
シャワールーム、トイレ、洗面所、それから、大きなベッド。これらを完備した個室が三つもあるのだから、贅沢としか言いようがない。
「偉い人になった気分になりますね〜」
「いい船だろ。元は貴族サマを乗せるための船だったからな。他の部屋は獣の檻ん中みてぇになってるから、興味があるなら後で見てみるといい――さて」
ジョンが懐中時計を取り出して、現在時刻を確認する。
「おれは船長室に行く。仕事があるからな。あんたらは降りるかどうか、さっさと決めちまわねぇと、手遅れになるぜ。おれ達とわけの分からん旅をしたくなけりゃあな」
ジョンが行ったあと、ペレゾとあかりは急いで甲板に出た。
しかし、小森の姿は見当たらない。
「遅刻じゃねーか。どうする? あかり」
「……ぎりぎりまで待ちましょう」
「よしきた」
伝声管から、ジョンの怒鳴り声が響いてくる。
『時間になった! 橋を外せ!』
船にかけられた橋が外されて、港との境界線がはっきりと示される。
『錨を上げろ!』
船員たちが輪をつくり、巻上げ機の周りをまわっていく。
ごく低音の、力強い伸び伸びとした船乗り歌をうたいながら。
「あのぐるぐると船乗り歌は、穴の世界を思い出しますねぇ」
「いや、あかり。 そんなに落ち着いてていいのか? もう船が動くぞ」
「もうちょっと、待ちましょう」
そして、さらに伝声管が震える。
『出航!』
「出航!」
『出航だ野郎ども!』
「出航しますお母さん!」
錨を上げきった船員たちが、港に向かって敬礼する。
それと同時に、船は港から勢いよく離れ始めた。
「やばいぞ。あかり」
「ぐぬぬぬぬ。も、もうちょっとっ」
船の動きは速く、港の桟橋がぐんぐんと遠ざかっていく。
『帆を上げろ!』
「帆を上げろ! 行先は?」
『主役がまだだ……』
「主役がいない船の行先は!」
『やむなしか。それなら船の行先は――』
帆を広げた船は風の力を借りて、さらに加速する。
あかりはペレゾをおぶり、船尾に足をかけていた。
「仕方ありません。飛び降ります。ペレゾさん、舌を噛まないでくださいね」
「まてっ! あかりっ、上っ! 上っ!」
「……ふえ?」
そして、
「うおおおおおおおお! どいてくれええええ!!」
上空から現れた小森が甲板へと不時着した。船員たちが尻餅をついて、小森を見守る。
「小森さん!」
「小森っ」
小森は何か、大きな荷物を大事そうに抱えながら、背中からぶつかったようだった。
「大丈夫ですか!?」
「あいたた……体が頑丈で助かった。それと、間に合ってよかった」
「これを間に合ったと呼んでいいのでしょうか……」
「やべ、ちょっと連絡してくる」
ペレゾは急いで伝声管に向かった。
「主役がきたぞ!」
『なに、本当か!』
「本当だ! 予定通りだ!」
『よし、それなら予定通り! 行先は魔王の城だ! 操舵手!』
『アイアイ! 順風満帆、全て予定通り! 行先は魔王の城!』
船はぐんぐんと速度を増して、赤色の港を後にした。




