74話 ゴルゴンゾーラ
赤色の海面はすでに視界から無くなり、満月と同じ色の船上の明かりが頼りになっていた。
騒がしかった港を離れた後は、帆に当たる潮風と、ぎぃぎいと軋む船の音ばかりの環境音に支配されている。
「小森は時間いっぱいまで何をしてたんだ? めちゃくちゃ心配したんだぞ」
「てぇか、遅刻なんだがな。おれが針路変更と言えば、もう覆らない。あと数秒遅れてりゃあ、おめぇ、作戦失敗なんだぞ。……そのクソでけぇ荷物が原因なのか?」
ペレゾとジョンはやや語気を荒くしながら、小森に詰め寄った。
「悪かったって。重さは大したことないんだが、こいつってばめちゃくちゃ持ちづらくってな! うははは」
怒られているにも関わらず、小森はやたら上機嫌で、持ってきた荷物を撫で回していた。
荷物には上等な布がかけらていて、その正体が隠されている。
「んー。中に何が入ってるんだ?」
「大きな荷物ですよね。私くらいの大きさがありますよ? それに丸くって、なんだか……あっ!!」
「ククク……あかりは気付いたようだな。ではご開帳ッ」
がたがたと震えるあかりをよそに、小森はかけられていた布を剥ぎ取った。
そして、ぼんやりと輝く黄色の卵がその姿を顕にした。
「じゃーん! 飛竜の卵だ」
「おまっ……いいのか? 王様に許可もらったのか?」
「許可? 最初からくれるって話だっただろ。前借りみたいなもんだ。しかし宝物館って割に警備が甘いよな」
「盗んだんじゃねーかっ」
満足げに笑う小森と、ツッコミを入れるペレゾ、そしてがたがたと震えるあかり。
それを見て、船長のジョンは大きく溜息をついた。
「ハァ……おれは王国の至宝を盗んだヤツを船に乗っけたのか」
「怖じけづいたか? 船長」
「怖じける? おれがか? ガハハハ! いいねぇお前さん、気に入った!」
ジョンは大きな口を開けて笑い声を響かせた後、突然真顔になって、耳打ちした。
「なぁ小森さん、このあと、おれと海賊やんねぇか? おれとお前さんなら、上手くやれるぜ」
「断る。魅力的だけどな。他にやりたいことがあるんだ」
「くぅ〜〜、残念だ。すげぇ残念だよ。まぁいいや、それはそれで、ちょいと忠告させてくれ」
ジョンはぎょろぎょろと大きな目を動かして、用心深く周りを確認したあと、こう言った。
「この船の上では、あまり人を信じちゃなんねぇ。お前さん、狙われてるぜ」
「……なんだって?」
そこで、乗組員の一人が用を足しにきたのか、酒に酔いながら甲板に出てきた。
すると、ジョンは突然顔色を変えて、話題を切り替えた。
「しっかし、これが飛竜の卵か。おれはほとんど海にいたからよ。こうして国の至宝にお目にかかるのは初めてなんだ。おい! よく見ると少し動いてるじゃねぇか。不思議だなぁ。おもしれぇ!」
「お、おう……」
小森はそれ以上、追及しないことにした。
もしジョンの忠告が真実であるとすれば、こちらは気付かないふりをするのが得策。
ジョンの演技がそう示していたからだった。
「この飛竜ちゃんにはもう名前も付けてあるんだぜ。ゴルゴンゾーラって言うんだ」
「ぶふっ……」
「あかり? もしかして、今笑ったのか?」
「えっ……い、いえ。ちょっと潮風が口に……。ところで、そのゴルゴンゾーラの由来はどこから来たのですか?」
「実は由来とか無いんだよな。こう、頭にぴーんときたんだ! めちゃくちゃいい響きだと思わないか? ゴルゴンゾーラ」
「うぅっ……。はい! すごくいいですね! ゴルゴンゾーラ!」
あかりは吹っ切れたように笑顔になると、小森に賛同した。
その後、夜も遅いということで、三人は客室に戻って休むことにした。
船の揺れはほとんど無く、ゆったりとした時間をくつろいだ。
小森の部屋に誰かが訪問してくるということも無く、小森は久々の良質な睡眠を摂ることに成功した。




