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67話 スーパーノービス

 

 オーク軍との白兵戦は壊滅的だった。

 鎧を着込んだ人類を三人まとめて薙ぎ払う大斧と、盾ごと叩き潰してしまう重厚なハンマー。それらを相手にする人類がオーク一体を殺害するために費やす命は、その十倍ほどだった。


 しかし、小森とあかりはこのキルレシオ(1対10)には当てはまらない。


「コォォ……食らうが良い……小森流奥義・暗黒正拳突きッ!」


 小森はオークの急所を瞬時に見抜いた。

 研ぎ澄まされた聴力により、オークの心臓の位置を的確に感じ取る事ができるのだ。

 そして、小森の正拳突きはオークの装甲を容易く突き破り、分厚い胸板と心の臓、そのさらに奥にある背骨すらも打ち抜き、風穴を開けた。

 圧縮され、弾丸のように発射された心臓その他諸々が後方にいるオークの頭蓋骨を粉砕する。


「徒手空拳でそれかよ!? ノービス詐欺じゃねェか……」


 顔面蒼白になるザルドを他所に、あかりも奮闘していた。


「あちょーっ! あちょーっ!」


 オークの半分少し程度のあかりの身長では狙える急所に限りがあった。

 頭部はもちろん、小森のように心臓を狙うにも身長が足りない。


 となれば、二足歩行する雄型の下部に位置する弱点はひとつしかなかった。


「グルォッ……キュッ」


 つまり股間である。

 オークの巨体には、それ相応の大きさの睾丸がぶら下がっていた。

 あかりは真剣かつ淡々とそれを蹴り上げていく。


 吸血鬼化した身体能力による蹴り上げは、直下から振り上げられる死神の鎌のように鋭く無慈悲だった。


 股間を潰され、そのまま内臓に打ち込まれるような衝撃を味わったオークどもは、もれなく絶命していく。息を詰まらせるような「キュッ」という間の抜けた断末魔は、その光景を見ているオークの闘志を削いでいった。


 あっという間に人類側のキルレシオが逆転し、背を向けて逃げようとするオークたちを狩り始めた。


「よし、こんなところか。首あつめるぞ首」

「ザルドさんから貰った短刀の出番ですね!」


 小森たちは残党狩りを後続に任せて、首級を集めた。ザルドの短刀の切れ味は鋭く、小森たちの怪力も相まって、すぐに持てるだけの首を集めることができた。


 小森は数珠繋ぎになった首をネックレスのようにぶら下げて、あかりは腰ミノのように腹に巻いた。


「うへぇ。小森もあかりも、気持ち悪くないのか?」


 首級と目を合わせないようにして、ペレゾがこぼした。


「うむ。客観的に見れば、めちゃくちゃ気持ち悪いだろうな。吸血鬼化の影響だと思うが、なんというか、こう……倫理観がだいぶブレてしまってるようでな。ぶっちゃけ全然平気だ。もちろん客観視出来るくらいの冷静さはあるぞ? だから、そこまで怖がらなくてもいい」

「ですねぇ……今は他人の血なんかはジュースのように見えますし。オークさんの首を刈るのは、まな板の上でお魚さんを捌いているような感じでしょうか」

「そ、そうか。……オレはちょっと離れて歩かせてもらうぜ。ギルドまで持っていくんだろ? ソレ」


 ペレゾはあからさまに距離をとった。


「おう。ここからなら30分もしないだろ。ちょっとの辛抱だ」


 小森たちが踵を返し、血溜まりを避けて街中に進もうとすると、背後から呼びかけられた。


「オイ、スーパーノービス! 受け取れッ」


 小森が振り向くや否や、ひとまわり大きなオークの首が目の前まで飛んできていた。


「うおおっ!? お前、急に首を投げるなよザルド! 怖いだろうが」

「オマエの格好の方が怖ェよ! 裸マントに生首の数珠ってなんだそりゃ。オークシャーマンの真似か? 剣呑すぎるぞコラ。早くギルドに納品してこい」


 首を投げた主は、ずた袋を下げたザルドだった。


「ザルド。大変ありがたいのだが、見ての通り、もう荷物が一杯なんだ」


 小森が首を返そうと手を伸ばしたが、ザルドは動かない。


「その首はオークの将軍。つまり、魔軍の四天王の首級だぞ。流石にオレが獲った事にゃ出来ねェ」

「四天王? そんな偉いやつが混じってたのか。気づかなかった」

「いや、お前がトドメを刺したのを見たぞ。他の雑魚と同じように一発だったから呆気無ェのなんのって」

「ああ、オークたちが逃げ始めたのはこいつが倒れたからだったのか」


 小森がなるほど、と手を打つ代わりにオーク将軍の頭を叩いた。


「……じゃァな。スーパーノービス」

「ああ、待ってくれ。短刀を返すよ」

「いや、いい。オマエにやる。……その、昨日は絡んで悪かったな。実力が無いものとばかり思ってたから」


 ザルドは背を向けながらそう言うと、さっさと冒険者区画の方に消えてしまった。


「なんかあいつ、かわいいかも」

「ツンデレですね〜」

「おーい。はやく首を売っぱらってくれー。目玉が落ちたぞ」


 ペレゾに急かされるようにして、一行はギルドに戻った。


 ある程度の非難や阿鼻叫喚を予想していた小森だったが、酒場に入ってすぐの反応は意外なもので、大きな歓迎をもって迎え入れられた。


「オーク狩りの英雄サマの到着だ! 酒を開けろぉ!」


 誰かがそう叫ぶと、あちこちでコルクの飛ぶ音が弾けた。

 小森たちがギルドの受付に一歩進むたびに、罵倒なのか褒めてるのか分からないような言葉で囃(はや)された。


「くそっ、進めねぇ……道を開けやがれ!」

「あはは! あはは! 楽しいです」

「ま、待てっ。オレは酒がのめねーんだっ」


 歓迎されている割に、受付に進むまでにかなりの妨害を食らうことになった。

 握手を求める者から始まり、無理やり頭を撫でまわそうとする者や、酒を浴びせようとする者までいた。


「こいつらの首も納品してやろうか……」


 ようやく三人が受付に到着すると、いつもより多くのスタッフがカウンター越しに見てとれた。


「おかえりなさい、冒険者さま。成果は聞き及んでありますが、ギルドは物証を優先します。……その数珠(トロフィー)を納品してもらえますね?」

「おう。あんたも趣味が悪いな」


 小森から皮肉と生首を受け取る受付嬢。一瞬顔が強張ったが、笑顔のままスタッフたちと査定と清算の作業に入った。

 そして、すぐにまた顔を強張らせた。


「……どれくらいかかるんだ?」

「えっと……もしかしたら今日中に終わらないかも。すみません、あなた達はオーク将軍も討ったのですか?」

「ああ。そうらしいな。そのデカイ首がオーク将軍だとか」

「申し訳ありません。大物すぎて、今いるスタッフでは査定ができません。明日まで時間をください。本部から人を呼ばなくては……」


 ザルドが渡してきた魔軍四天王の首は大層な代物らしく、現状では判断が付かないとの事だった。

 通常のものとは違い特別な査定が必要で、ザルドがちょろまかさずにいた大きな理由である事が分かる。


「他の首はすぐに金になるのか?」

「それでしたら、もう済んでいます。ギルドカードをこちらへ預けて頂けますか? キャッシュをお支払い致します」


 残りの納品物の内訳は以下の通りである。

 ・黄色い花100個……100G

 ・オーク戦士7体……9,435G

 ・オーク上級戦士6体……12,642G

 ・オークシャーマン6体……15,763G


 割り切れなかったり金額にばらつきがあるのは、討伐された直近の時間と数で変動する為である。

 希少性がそのまま値打ちになるので、今回の小森の納品でかなりオーク種の価値が下がったと言える。


「ザルド……あいつ、抜け目無いな」


 小森は、ずた袋を下げてギルドの方へ足早に去っていくザルドの後ろ姿を思い返していた。今回、一番効率の良い納品をしたのがザルドというわけだ。


「それにしてもすごい大金ですね! なんでも買えちゃいそうです」

「宿代が100Gだったっけ? それで考えると、たしかに大金だなぁ。うはうはだ」


 受付嬢は「ありがとうございました。ではまた明日いらっしゃってください」と言うと、カードを小森に返して一礼した。


「あれ? お金は?」

「小森様のカードに入っていますよ。今はキャッシュレスの時代です。大金を金貨袋に入れて持ち歩くと、何かと危険なので」

「……どうやって引き落とすんだ? 電子技術なんて無いように思えるが」

「? ……魔法ですが?」

「あっ……そう」


 小森は深く考えるのをやめた。


 首の首飾りとおさらばした後は、得たお金で買い物にでもいこうと意気込んだが、外はすでに日が落ち始めていた。


「店閉まるの早いんだよなぁ、この街」

「んー。また明日だな。ゆっくり買い物する時間は無いけど、風呂はギリいけんじゃね?」


 ペレゾの提案通りに風呂場にいくと、しっかりと営業していた。

 小森たちはそこで血生臭くなった体を丹念に洗い流して、宿に戻った。



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