66話 孤立戦線
緑色の化け物どもは人の形をしているが、その大きさの全ての規模が人類を上回っていた。2メートルを超える身長と、頭部に生やした小さなツノ。胸板は分厚く、肩幅も異常なほど広い。丸太のような首についている顔は更に凶悪で、大きな口の下部からは発達した牙が剥き出しになっていた。そのくせ目は極端に小さく、昆虫か何かのように知性を感じさせない黒丸の瞳がついている。
「あっ! あの緑色の人たちって、ファンタジーとかに出てくる『オーク』さんじゃないですか? わたし、生オークさんって初めて見ましたよ! でっかいですね」
「奇遇だな。俺も初めてだよ、生オーク。しかし、思ってたよりもヤバいんじゃないか?軍隊みたいだぞ、ありゃ」
破壊された街の入り口へ向かって、隊列を組んだままゆっくりとオーク達が近付いてくる。
敵は全て黒鉄の胸当てを付けており、その手には体格に見合った巨大なハンマーや大斧を持っている。
「ふう……熱かった。小森、あかり。守ってくれてありがとな」
「無事で何よりだ。まだ、安心は出来なさそうだが」
大爆発による被害は甚大だった。
ペレゾは爆風から守られたが、小森たちより前にいた者たちは負傷するなどして、大きく後退していた。
つまり、小森とペレゾとあかりの三人だけが突出している形となっているのだ。
「ここは危険だ、もっと後方へ――うおっ」
引き返そうと小森が後ろを向くと同時に、高速で放たれた一本の矢が頭上近くをかすめていった。
遅れて、鋭い風切り音が耳に届く。
「撃てェ! オークどもを近付けるなっ!」
指揮官と思しき兵のかけ声とともに、無数の矢が小森たちを飛び越えてオークたちに向かっていった。
「クソッ……あいつら、当たったらどうするつもりだ」
「ひいいっ! これじゃ動けません……」
三人はその場で伏せて、射撃が収まるのを待つしかなかった。
矢は弧を描くようにしてオークの集団に飛んでいき、熾烈な雨のように降り注いだ。
いくつかの矢がオークの頭部を吹き飛ばして命を奪ったが、それでもオークの戦列が乱れることは無かった。
まるで本物の雨の中を行くかのごとく、一切の怯みを見せずに進軍してくるのだ。
敵は黒鉄の鎧に矢棘を増やしながら、その歩みを緩めもせず早めもせずに、ずんずんとこちら側へと向かい、今まさに街の入り口に差しかかろうとしていた。
「奴ら……魔軍の精鋭かッ! 弓矢じゃ止まらん、魔法撃ちに切り替えろ!」
新しく号令がかかった。
弓隊が下がり、代わりに杖を持った者たちが前に出る。皆一様に軽装だが、冒険者の割合が多いためか、服装等は統一されていない。
そして、各々の杖が輝き出したところで、オーク軍側から赤色の物体が飛来してきた。
「いかんっ! 火スライムだ、撃ち落とせ!」
矢と火の玉が味方陣営から放たれるが、ことごとく外れて飛来物の横を通り過ぎていく。
火スライムと呼ばれた可塑性の飛来物は、風圧を受けてグニャグニャと形を変えながら、小森たちの頭上を越えたあたりで妖しく輝き始めた。
「まっ、まにあわ――」
火スライムは、大声で指示を飛ばしていた指揮官の顔面に直撃し、その口を塞ぐように凝固した。
「〜〜ッッ」
指揮官は隊列から外れて明後日の方向に駆け出した。顔に取り付いた火スライムが激しく輝き始める。
そして、その顔を抱え込むようにして体を丸めると同時に、爆発が起こった。
火スライムの爆発は指揮官の肢体を引きちぎり、四散させた。残った兵達は爆風こそ免れたものの、代わりに血の雨を浴びることになった。
「ぐっ……指揮官どのォ!」
「あとにしろ! 奴らめ、まだ残弾があるらしい」
兵達は追悼する間も与えられず、次に備えなければならなかった。
オーク軍は次の火スライムを投擲していた。
人類側も火の玉の詠唱を完成させ、次々に撃ち込みはじめる。
小森たちの頭上でいくつもの爆発が起こった。
「とばっちりってレベルじゃねーぞ、オイ」
「けほっ。なかなか、けむいぜ……」
爆発物の投げ合いは、多くの煙と土埃を発生させた。時間が経過するごとに的を大きく外した爆弾が飛び交うことになり、あたりは混乱を極めた。
最終的に、小森たちに目掛けて飛んできた火スライムが二つと火の玉が五つほどあった。
「この爆発するやつは俺がやる。 あかり、後ろ任せたぞ」
「はいなっ! 異形パーンチっ」
火スライムは爆発するまでに猶予があった。完全に光り輝く前に、コアを破壊すれば爆発せずに済むのだ。
小森は飛来する火スライムのコアを正確無比に正拳で撃ち抜いた。
人類の放つ魔法の火の玉は、火スライムほど大きな爆発は起こさないが、それ自体が燃えているため危険だった。
しかし、あかりの異形化した左腕にとっては何の問題もなかった。さっと払うだけで火の魔法は砕かれ、小さな火の粉となって霧散した。ゴムと岩の性質を合わせたような分厚い表皮に覆われた異形の腕は、あかりに一切の痛みを与えなかった。
やがて、お互いの軍が弾を撃ち尽くしたのか、爆発が止み静けさが漂い始めた。
「お、終わったのでしょうか……?」
「わからん……しかし、まだ動かない方がいいかもな。煙が晴れるまで待とう」
爆音との落差で小森たちの聴覚は麻痺していた。
立ち上がって移動しようにも、視界不良の中ではペレゾを守りきることは難しい。
感覚器官が麻痺した状態では、やはり待機するほかなかった。
霧が晴れていくと、緑色の敵は小森たちの目と鼻の先まで到達していた。
皮膚が焼け焦げて、全身に矢が刺さったままのオークが、悠然としてそこに屹立していた。
「ち、近っ!?」
小森が声を漏らすと、目の前のオークの視線が下がり、地に伏していた三人をその視界に収めた。
「グルォォォオォ」
緑の怪物は大きな叫び声をあげた。
そして、巨大な斧を振り上げて――
「グルォ――」
小森の視界から姿を消した。
代わりに、黒色の精巧な全身鎧に身を包んだ騎士が立っていた。
横合いからオークを突き飛ばしたようだった。
「何をぼうっとしているのかしら? ロリコンさん」
「あなたは重騎士のクロキさん!」
「俺はロリコンじゃねぇ!」
すぐに別のオークがクロキに斬りかかるが、相手の大斧に匹敵するサイズの大盾に阻まれた。
「ザルド、今!」
「おうっ、もう跳んでるぜェ」
上空から革鎧の戦士が現れ、クロキのタワーシールドの上に飛び乗った。
そして、そのまま三日月刀を一閃させると、目の前のオークの首が胴体から切り離された。
「ハッハァ! こりゃ稼げるな。二日酔いで出遅れちまったが、ちょうどいい塩梅になったわけだ」
「トカゲのザルドさん!」
「軽戦士だっつの。大先輩をナメるなよチビッコノービスがァ! ……しかし重いなァこいつらの頭。中身空っぽのくせによォ」
ザルドの腰にはすでにオークの首級が四つぶら下がっていた。
「おお、ザルドだ。結構強かったんだな、あんた」
「ほざけ。腕相撲みたいなお遊戯とは違うんだぜェ? オマエらも腹くくって……って丸腰じゃねェか!」
「こちとら無一文なもんでな。さっきまで最底辺のおつかい『やそう集め』に精を出していたところよ。……だが、こっちの方が実入りが良さそうだな?」
小森はザルドの腰に下げられた首級を指差した。
「ンー、首一つでその黄色い花1000個分くらいはあンじゃねェかな。時価だから何とも言えんがな。まァ、やる気があんならこいつを貸してやンよ」
ザルドは一度に二振りの短刀を投げた。
小森とあかりはそれぞれをキャッチし、腰に下げた。
「おお、助かるよ。意外にいいヤツだな、あんた」
「トカゲさんありがとうございますっ!」
「い、いいから前みやがれ! ここが最前線だってこと忘れンなよ……って、なんで抜かねェんだ?」
ペレゾをクロキの背後に隠すようにして、小森とあかりは散開した。
「稼ぐぞあかり! 俺たちの食費を考えたらここが正念場だ」
「あいあいっ!」
すでに現場は敵と味方が入り乱れており、熾烈な白兵戦が繰り広げられていた。




