65話 草むしり
次の日。
小森たちはギルドから受注した『やそう採取』を行う為に、街の郊外部に訪れていた。
あたりは風車や田畑が広がり、のんびりとした風が流れている。
「さて、このへんからはモンスターが出るらしいが……」
「いまのところ、そんな気配は無いですねぇ」
街を囲っている大掛かりな城壁は、モンスターの侵入を防ぐためのものだという。
壁の高さは5メートルほどもあり、平地から街の様子を窺い知ることはできない。
「なあ小森。モンスターが出たら守ってくれよ? オレもヌーと一緒で特別強いわけじゃねーからさ」
ヌーのふりを続けていたペレゾは、正体がバレてからも馴れ馴れしさを隠すことをしなかった。
「お、おう……あんまり遠くに行かないようにな」
小森は戸惑いこそすれ、彼を邪険にする事はできなかった。姿形はヌーだし、細かい動作もそっくりなのでヌーの偽物というよりも、『ちょっと性格の違うヌー』くらいの印象が強いのだ。
「本当にそっくりですよねぇ……実はやっぱりヌーさんだったりしませんか?」
「んぬぅ〜。オレはヌーだぜ。」
「あははっ! すごいすごい! ご本人さんみたいです」
あかりも事実を聞かされた時は驚いてばかりいたが、持ち前の明るさでペレゾとはすぐに打ち解けていたようだった。
「……さっさと草むしりして帰るぞ。こうしてる間にもヌーが一人ぼっちで待ってるんだ」
「小森っ。ヌーが心配なのかっ。そうかそうかぁ……」
基本的に上機嫌のペレゾだが、内容はどうあれ、ヌーの話題が出ると更に機嫌をよくした。
邪険にできない一番の理由は、ペレゾからは何の企みも窺い知れないことだ。
常に楽しそうにしていて、些細なことでも大きなリアクションをとって感動を共有しようとしてくる。何かに強い敵意を見せるなんてことも無い。
ただひたすら、今の状況を楽しんでいるだけのように見えた。
「――なぁなぁ! ヌーの体に興味がないかっ? ふわふわですべすべな毛皮の手入れとか気になるんじゃないかっ?」
「うーん、お日さまを浴びてナデナデしてましたね。あれとは違うんですか?」
「おお。あかりはぼーっとしているようで、ヌーのことをよく見ているな。小森も見習うといい。その答えについては、半分くらい正解だぜ。日向ぼっこをすると毛皮の下から脂が浮いてくる。これを塗り込むと、イイ感じになるんだ。でも常に日光浴ができるかというと、違うだろ? だからホラ、この尻尾の付け根あたりの……」
黙々と草むしりをしていた小森だったが、ケモナーである以上、ペレゾの話を無視することはできなかった。
「んー……。よく考えるとちょっとこれはアレだな。R18ってやつかもな。だから日が高い内からやるわけにはいかねー。小森の目つきもなんだかエロだし。というわけで続きはまた今度なっ」
ちらちらとペレゾの方を見ていたのがバレて、ちょうど目が合ったタイミングでウィンクをされてしまった。
「なっ……おい! 無駄話はいいが手を動かすんだ! 日が暮れるぞ」
「オレはもう黄色い花40輪集め終わってんだぜー小森ぃ。ぬふふ」
「いつの間に……」
小森の手元にある花はせいぜい10輪ほどしかない。
「わたしはまだ30です。ヌーさん……じゃなかった、ペレゾさん早いですね!」
「花と虫を集めるのは得意中の得意だからなっ。――ん、オレが40のあかりが30ってことは、残りは30か。小森のも合わせたら100になるんじゃね?」
ペレゾが花をひとまとめにしようと近づいてくる。
そして、小森の成果を見てニヤリと笑った。
「手が止まってたのは小森の方だったわけだな。……なぁ、尻尾の付け根が見たいか? 見たくて作業が手につかないか? 」
「ぐぬぬ……じゃあ見たい」
「そうか。からかって悪かったよ小森。さあ、残りもさっさと集めちまおうぜ」
「は? おい! 見せろ!」
「たすけてあかりっ。小森がおそってくるー。ぬははっ」
結局のところ、ヌーだと思っていた存在がペレゾだと分かっても、三人の関係が拗れるような事はなかった。
残りの花を集め終わると、小森たちは街に戻るべく壁沿いを迂回しようとした。
その途中で、三人は異変を感じ取った。
「あのあの……なんか、変な音しませんでしたか? こう、ぐちゃっと何かがはじけるような……」
「悲鳴も混じってたな。何かあったのか?」
「門のあたりだ。まだ騒ついてる。急ごうぜ、小森」
三人が小走りで正面側へ回り込むと、異様な光景が広がっていた。
分厚い丸太杭が落ちて固く閉ざされた正門と、周囲でうずくまっている兵士たち。
正門横の人が一人通れる程度の扉からは、ひっきりなしに担架が出入りして、倒れている兵士たちを運んでいた。
「なあ、あんた。ここで何があったんだ?」
「君たちは外から来たのか。早く中に入るんだ! まだ奴らの攻撃は終わっちゃいない。急いで」
小森が担架持ちの一人に声をかけると、要領の得ない返答がかえってきた。
「攻撃だって?」
「そうだ! 向こうを見ろ、そろそろ来るかも……」
「んん、何もないように見えるが」
兵士が震えながら指差した方向――門の正面側は大きく開けた土地で、何かが隠れられるような場所ではない。
「その奥だよ! 森の中から来るんだ! アレがッ! たぶん、もうすぐ」
数十メートル先は木々が生い茂る森林地帯になっている。木や草葉が視界を遮っているため、小森でも向こう側に何がいるのかを確認する事は出来ない。
「……なんだ? 確かに向こう側に何かいるな」
しかし、木陰の向こう側で何かが蠢動するような異様な音を聞き取ることは容易かった。
「君、向こう側が分かるのか?」
「ああ、耳がいいからな。こちらに向かってきてるぞ。しかしこのブニャブニャとした音はなんだ?」
「来てるのか! クソッ……動ける者はただちに撤収しろ! 君も早く」
兵達が次々と壁の中に逃げ込んでいく。
小森たちも強く急かされて、同じように小さな扉をくぐった。
そうする間にも奇妙な地を這いずるような音は加速度的に大きくなり、こちらへ早いスピードで近付いている事が分かった。
小森たちを最後に扉が閉められ、錠がかけられる。
動けなくなっていた兵が何人か外に取り残されていたが、どうやら一分一秒を争う事態らしく、それを咎める者はいなかった。
「三度目の爆弾が来るぞ! できるだけ門から離れろ! 町側へ避難するんだッ」
門の内側30メートルほどの離れた位置に兵達が集まり、槍を構えた。
その後ろには多くの武装した冒険者たちが待っている。いつのまにか、小森たちもその中に混じっていた。
もう誰も状況を説明してくれる者はいないが、何が起ころうとしているかはよく分かった。
目の前の門が破壊され、敵が侵入してくるという事だ。
大規模な戦闘が起きる事は明白だった。
「どっ、どうしましょう」
「このタイミングで逃げると悪目立ちするからな……。もう少し様子を見るしかないな」
「くるぞっ。小森っ」
最前列の兵士たちが大きな盾を地面に刺して構え、声をあげて鼓舞している最中にそれは起こった。
グチャッ、という間の抜けた大きな音が門を伝って聞こえてきたのだ。
その音が鳴った瞬間、あたりは静寂に包まれ、皆が皆、呼吸を止めて次に来る衝撃に耐えようと歯を食いしばっていた。
風が門に向かって流れている。
丸太を束ねた分厚い門の向こうに何がいるのかは分からない。
ただ、とてつもないエネルギーがそこに集まっているのは小森たちでも理解できた。
そして、門から赤い光が漏れ出し、高密度のエネルギーが放射状に放たれた。
あらゆるものを吹き飛ばす大規模な爆発だった。
熱線が前衛の大盾を焦がし、炎を帯びた木屑が突き刺さる。
暴風に耐えきれず後方に吹き飛んでいく者もいた。
小森たちはペレゾに重なるようにしてそれに耐えた。
門を跡形も無く吹き飛ばした爆風が止むと、見えてきたのは緑色の肌をした化け物の集団だった。




