58話 異世界の世界
街の様相は煉瓦造りの建物や三角形の屋根が特徴的で、いかにも中世ヨーロッパといったようなつくりになっていた。
小森たちが騒ぎを抜け出してたどり着いた広場は大きな噴水が中心になっていて、馬車が何台も停まれるほどの広さがある。
「活気があって素敵な街ですね~。圧倒されちゃいます」
広場からはいくつかの大きな道が放射状に伸びている。そのため、大勢の人が絶え間なく行き交う、交通の拠点となっているようだった。
「おい、あんまりキョロキョロすると田舎者みたいに思われるぞ。こういうのはナメられたら終わりだからなぁ!」
「――その考えがすでに田舎者だろっ。」
ヌーの肉球ふわふわツッコミを満足そうに受け止める小森。
三人はいつもどおり騒がしく、見た目もケモケモしかったり、異形の腕を生やしていたり、裸マントだったりと、普通であれば目立つことこの上ないのだが、すんなりと街の住人として溶け込んでいた。
それもそのはず、行き交う人々が同じくらいに多種多様なのだ。
「ヌー、見たか? ケモ耳しっぽ族が通ったぞ……」
「うぬ。もっとすごいのもいるぜ、小森。」
基本的には普通の人間の方が多い。
しかしよく観察すると、人間離れした顔つきの人もいれば、頭に角を生やしている人もいる。共通しているのは二本足で歩いていることくらいだった。
「しかし、あれだな。服装も見事にバラバラだよな。コスプレ会場に来てるみたいだ」
「魔法使いの帽子の人とかいましたよ! わたしもかぶってみたいです〜」
人々の中には鉄の鎧を着たまま歩いていたり、背や腰に帯剣していたりと、武装している者も少なからずいる。
「よし。あの強そうなトカゲについて行ってみようぜ」
小森たちの横を通り過ぎた切れ長の目をしたトカゲ男は、上機嫌に鼻歌をうたいながら歩いている。大きな袋を大事そうに背負って、腰には厚手の三日月刀をぶら下げていた。
「結構、足速いな。あのトカゲ男。」
「ヌーさん、抱っこ要りますか?」
「大丈夫。ありがとな、あかり。」
大きな荷物をもっていても歩く速度は中々のもので、小森たちはしばしば小走りで追いかける必要があった。
細い裏路地に入ることもあったが、単に目的地までの近道として利用していたようで、こちらに気付いている様子はない。
そして、いよいよ男は目的の建物の中へと入っていった。
「そこの建物に入ったな。俺の見込み違いじゃ無ければここは……」
「ぬ。ここは?」
「まあ、とにかく入ってみよう。それでわかるさ」
建物はこの辺りでは一番大きく、いくつもの看板が上方に取り付けられている。
剣、槌、ピッチフォーク、さかずき、天秤など、看板に描かれたマークは様々で、それが縦に並んでいるものだから、異世界にありながらも現世の雑居ビルを彷彿とさせる。
入り口は大きく開け放たれており、他にも出入りしている者が多くいるので特に入りづらいという印象はない。
しかし、いざ入ってみるとその印象は180度変わることになった。
「うーむ。思ったよりヤバそうなとこだな」
「なんだか視線を感じますね……」
先のトカゲ男と負けず劣らず、屈強な面々が眼光を光らせていたのだ。
屈強な面々というのはただの比喩にあらず。実際に雄牛のツノを生やした大男や、複眼だったり触角を生やしているような者などもその中に含まれる。
「だが、どんと構えろよ。俺たちは強いんだ。こいつらもハヌゼベと比べれば何てことないだろ」
「はっ、はい。できれば仲良くしたいところですけど……」
「どうだかな。もう絡まれずしてここを出られる気がしないよ。俺は」
入ってすぐの室内は広く2階までの吹き抜けになっており、いくつもの丸テーブルがあって、コワモテの男たちが食事やアルコールを摂ってくつろいでいる。
そんなさなかでも武器を身近に置いているものだから、それを見た小森たちがいよいよこの街の治安を案じてしまうのは当然のことだった。
「しかし、あかりよ。俺の予想は的中したようだ。ふふふ……」
「おお? では、ここはどんな場所なんですか?」
「それを説明するには――そうだな、あれを見たまえ」
尾行していた男は一番奥にあるカウンターの前にいた。
背負っていた袋をその上に置くと、向こう側から人がぞろぞろと出てきて、中身をチェックし始めた。血の滲んだ、何かの角や耳、あるいは頭部などのグロテスクな内容物が見てとれる。
「うえぇ……取引か何かでしょうか……?」
「あかり。俺は以前からインターネット小説をたしなんでいるのだが」
「……ふぇ? えっと、それならわたしもよく読みますけど……?」
急に何を言いだすんだろうと小森の顔色を観察するあかり。
対して、小森は薄気味悪い笑みを浮かべながら続けた。
「うむ。俺はその中でもファンタジー系の小説をよく読んでいてな。ちょうど俺たちのように異世界へと飛ばされるやつなんだが、いわゆる――」
「あーっ! 分かりました! ここは『冒険者ギルド』なんですねっ!」
あかりがぽんと手を打った瞬間、周囲の空気が静まり返る。
さきほどこちらを横目で見ていた強面たちが、今度はまっすぐにこちらを睨んでいた。
「おっ……お騒がせしましたっ」
あかりが90度に腰を曲げると、ばかにするような笑い声がそこかしこであがったあと、何事もなかったかのように周りの空気は元に戻った。
「ぬぅ。屈辱。」
「ふええ……すみません」
「まあ、これはこれで悪くない。むしろ理想的な展開かもしれないぜ。さあ、俺たちも受付に行こう」
小森は受付が空いたのを見て、そちらへと進んだ。
「こんにちは。初心者の方ですね?」
こちらが何かを申し出る前に、受付嬢の方から声をかけられた。トカゲ男の時から全く変わらない、笑顔での応対だ。
「話が早くて助かるよ。初心者というか、実はこの街に着いたばかりで右も左も分からなくて困っていてね」
「では他の土地から? それはさぞ長旅だったでしょう。 ようこそ、王都イシュトヴァンへ。あなた達の入ってきたこの建物は、そうですね。ご推察通り、冒険者ギルドです。この受付ではおもに冒険者の方々にお仕事の斡旋をさせていただいています」
先ほどのやり取りを一部始終見ていた受付嬢は、小森たちによく分かるように説明をしてくれた。
街の外にはモンスターが蔓延っており、いくつもの問題を起こしている。
街の中は強固な壁に覆われているため安全だが、資源を得るためにはどうしても危険な外へ出る必要がある。
冒険者とはそういった命の危険がついてまわる仕事を生業としている者たちのことを指す。
田畑や農園は壁の外にあるので、そちらの治安維持の任務は24時間任されている状態である。先ほどのトカゲ男の持ち込んだ『狩猟の証』をもって遂行確認とし、都度懸賞金が支払われている――との事。
「もし日銭を稼ぐ手段をお求めでしたら、冒険者登録をすることをオススメします。腕に自信が無くても、比較的安全な任務を斡旋させていただきますよ。その分報酬は落ちますけど」
「ふむ、では冒険者登録をお願いしたい。俺、あかり、ヌーの三人分だ」
「承りました。処理を施しますので、3名様のステータスカードを預からせていただいても?」
受付嬢は両手を伸ばして、「さあ渡してください」と笑顔のままこちらを待っている。
「ステータスカード……? なんだそりゃ」
「小森。あかり。これこれ、銀色の」
小首を傾げる小森の後ろから、ヌーはペレゾから貰った銀色のカードを差し出した。
「これのことだったのか」
「何も書かれてないですけど。使えるのでしょうか?」
小森とあかりも続いてカードを手渡した。
「はい、確かに――って、ええ! シルバーなのにブランク?」
受付嬢は合計三枚のカードを受け取り、それを眺めてから、今までの笑顔を崩して驚愕した。
「あ、やっぱダメなやつなのか?」
「いえ、そんな事は無いですけど……これをどこで?」
訝しむように聞いてくる受付嬢。
その場はすでに人だかりの輪が出来ていて、殺気が混じったような好奇の目がカードと小森たちの間を行ったり来たりしている。
「友人からもらったんだ」
「えっと……他にカードは……?」
「これしか持ってないよ。何か問題があるのか?」
「いえ。では、つまりそれは、ご友人の形見のようなもので、貴方たちはステータスカードのシステムが浸透していない遥か遠方の地からやってきた旅の方……という事ですよろしいですね!?」
受付嬢は近くにいる誰か、あるいはその場全員に言い訳をするような口調で、そう確認した。
「まあ……かねがねそんなところだな」
笑顔が引きつり、絶対首を縦に振ってくれよというような受付嬢の思いが伝わってきた小森は一瞬ばかり、思い切り「ノー!」と突っぱねたくなったが、あえて天邪鬼を抑えることにした。
そして、結果的に周囲の空気は幾分か和らいだ。
「そうですよね! ふう……。では、このカードを使ってステータスチェックをさせていただいても?」
「うむ。よろしく頼むよ」
「それでは3名様、カウンター奥へどうぞ」
内心、『冒険者ギルド』や『ステータスチェック』という単語に打ち震えるような感動をおぼえていた小森だったが、なんとかクールなポーカーフェイスのまま乗り切ることができた。
デキる主人公はかくあるべしという、この異世界に対する小森なりの答えが早くも固まっていたのだった。
それはある種の様式美であって、小説でよく親しんだ設定は小森に確固たるポリシーを与えていたのである。
「わっわたしから、良いですか!?」
「はい、ではこちらに手をかざして下さい」
「はあああっ!ステータスオープンっっ!」
「……なんでしょう? その掛け声は」
――実のところ、はしゃぎたい気持ちを全てあかりが先行してしまっているので、少し引いたところで冷静にならざるを得ないというのが小森をクールガイたらしめている一番の近因だった。




