57話 青天飛行
小森たちが新天地に降り立つと、列車は静かに扉をしめて出発した。
広大な平原。吹き抜ける風。小森たちを何日も苦しめた巨大な穴の世界とは似ても似つかない、陽光と青空に満ちた世界だった。
「ここがペレゾが言ってた世界か。開放感がすごいな」
列車の音が、少しずつ小さくなっていく。
小森たちの背後にあった鉄道のレールはすでに無く、最後に遠くから小さな汽笛の音が聞こえたあとは、平原を撫でるさらさらとした風の音が聞こえるばかりになった。
「久々に大きな空の下に出ましたね。 お日様もぽかぽかで良い天気ですっ!」
「毛づくろい日和だな。」
あかりは両腕をいっぱいに広げて深呼吸をし、ヌーも尻尾を器用に動かし、全身を撫で回すようにして久々の日光を味わっている。
「しかし、この状況はまた遭難……というか、野宿コースだよな」
一面を見渡す限り、草と岩と木ばかり。
列車から見た景色でも人の気配があるような場所は見当たらなかった。
「そういえば、山と山の間に魔王とかが住んでそうなお城がありましたよねっ!?」
「魔王て……。まあ、たしかに、ザ・古城みたいなのはあったな。気にはなるが、登山はもううんざりだろ。なるべく平地を行きたいところだが……」
「じゃあ向こうに歩くしかないなっ、小森。」
ヌーは列車が消えて行った方向を指した。
「そうするしかないな。とりあえず、あの小高い丘を目指すか」
比較的平らな土地なので、ちょっとした丘でも視界は大きく取れる。そう見当をつけて、三人は歩き始めた。
それから少し歩くと、草むらの陰から、ぷるぷるとした水色でゼリー状のものが、太陽光を反射してきらりと輝いたのが見えた。
「なぁ……アレ。見えるか?」
先頭を歩いていた小森は足を止め、草むらの存在について小声で聞いてみた。
「えっ? どれでしょうか?」
「ほら、あの草むら。ちょっとだけ見えてるだろ?……なんというか、名状しがたいやつが」
「あっ……アレは……ショゴスさんっ!?」
「いやいやっ、どう見てもスライムだろっ。」
ヌーのツッコミを機に、草むらのスライムが跳ねるようにして丘の上へ逃げ出した。
「ヌーが大声出すから気付かれたじゃねーか!」
「いやっあかりが変なボケをするからっ……。」
「小森さんにまんまと誘導されたのですよっ!」
三つ巴の責任の押し付けあいをよそに、スライムはどんどん遠くへと逃げていく。
「やべっ、追うぞ!」
何がどうやばいのかはよく分からないが、逃げられたら追うべきである。
それが珍しい存在であるなら、なおのこと。
由来不明の狩猟本能的なそういうアレが小森を突き動かしていた。
「丘の向こう側に行ってしまいましたっ」
「逃がすなー!」
「ちょっ小森っ。またかっ。」
ヌーを抱えて跳び上がる小森。
あかりもぴったりのタイミングで跳躍した。
二人の跳躍力はこの世界においても健在で、あっという間に丘の上を飛び越える。
──そして、広大な青空に飛び出した。
「おお。下は崖になっていたんだな」
「ぬわーっ!?」
小森は空中で慌てているスライムを追い抜いてしまったが、そんな事はすぐにどうでもよくなった。
一番見つけたかった光景が崖を超えた先に見えたからだ。
「おっほー! 街だ。街が見えるぞ!」
赤、青、緑の色とりどりな屋根をつけた建築群。城、屋台、バルーン。蟻のように小さく見える人影。
それらをぐるりと囲う重厚な城塞。
高度何百メートルかは分からないが、それだけ離れていても人の息づかいが聞こえてくるような、そんな賑やかな町並みだった。
「奥に海も見えますねっ! わー、青々として綺麗です」
つまり、足元に広がっている土地が実際の平野部だった。
今まで歩いていた場所が一段も二段も高い台地で、ほとんど山の上のような高度になっていたのだった。
今まさに飛んでいる真下には何段もの崖と台地があり、巨大な階段のような地形になっている。普通ならばロープや何かを使ってひとつずつ降りていかなければいけない。
しかし、今の小森たちには無縁な話だった。
勢いよく飛び上がったため、すべての台地を通り過ぎるのが確定していたからだ。むしろ、このまま上手くいけば街の入り口に届く事さえ可能な速度で滑空していた。
「よーしっ! このまま門のあたりを目指して着地だ! いけるかー!? あかりーっ」
常人なら即死である。
しかし、祝福を受けた小森たちの肉体なら可能な試みだった。
すでに前の世界で『崖下り』を何度も成功させていたのだから。
「空中遊泳ですねー! おっけー小森さんっ。レッツチャレンジでーすっ」
「空中制動な! ヌーっ、しっかり捕まっててくれよー!」
「ぬーわーっ!!」
もし、この瞬間に街の住民が空を見上げることがあったのなら、大小二つの十字架がこちらへ目掛けて飛んでくるように見えたかもしれない。
あるいは下を見ながら歩いている住民がいたとしたら、不自然な十字架の影がどんどん大きくなり──。
ずどんっ、と大砲の弾が直撃したかのような轟音とともに、小森たちは無事着地した。
街の入り口どころか、中心部に近い清閑な教区の大聖堂の裏手の道に。
「うーん。結構ずれたな」
「わたし、ちょっと建物にこすっちゃいました……」
「ぬはぁっ……こんなの心臓いくつあっても足りねぇっ。」
小森たちの足元の舗装は粉々に砕け散り、落下衝撃の凄まじさを物語っている。
「まあ目立たない場所っぽいから結果オーライ。ラッキーだったな」
「そっ、そうです──ね?」
ずどんっ、と本日二度目の轟音が鳴る。
あかりの真後ろに、正真正銘、本物の十字架が突き刺さっていた。
「うおっ……こすっちゃいましたって、それにかよ。ばちあたりめ」
「わざとじゃないんです~~っ」
小森は大聖堂を見上げ、しっかりと破損している箇所を確認した。そして、それまで大聖堂を大聖堂たらしめていた象徴の欠け落ちた、『なんだか立派な建物』に合掌した。
「なんか、星の無くなったクリスマスツリーみたいだよな」
「小森も相当ばちあたりだろ……。」
そうこうしているうちに、人の喧騒がどんどんこちらへ近づきつつあった。
「よし、さっさとずらかるぞ」
「えっ! どちらに逃げましょうか?」
「こういう時は人に紛れるのが一番だ」
小森たちは強化された聴覚をたよりに、駆けつける人々を避けながら広場の方へと向かった。




