56話 異世界鉄道
小森・あかり・ヌーの三人は向かい合わせの座席に着き、しばらく窓の外を眺めたりしながら列車の揺れに身を任せていた。
「外、何も見えなくなったなぁ」
窓から見える景色は、長いホームが途切れた後、何もない暗闇ばかりが続き、小森を退屈させていた。
「しばらくは真っ暗だろうな。終点世界は普通は虚無。何も無いところのはずだから。」
「ふむ……。このままぼーっとするのも勿体ないし、ちょっと車内をみてまわるか」
小森が立ち上がると、二人とも興味深そうにして、後ろについてきた。
列車の内装は奇天烈な外観と比べると、落ち着いた雰囲気になっている。
さわり心地の良いビロードの座席に、明るすぎない薄黄色の室内灯。壁の色は駅と同じで真っ黒だが、柔らかい明かりが馴染み、ごく自然に車内の空気の一部となっていた。
「そういえば、あかりは初めてじゃないんだっけ? このヘンテコ列車に乗ったの 」
「わたしが以前乗った列車もこんな感じでしたね。最初は普通の都営線に乗っていたのですが、気付けば景色が一変してました」
「なるほどな。その時は他に乗客はいなかったのか? ほら、あんな感じの」
「えっ?」
車両をひとつ跨ぐと、座席に座る半透明の体をした人が窓の外を見ながら紅茶を飲んでいた。
「お、お、お化けですっ……! こんな人いませんでしたっ。ひぃぃ」
半透明の人は室内灯と紺色の座席と真っ黒な背景のせいで、いまいち輪郭がはっきりとしない。男か女かも分からないが、手にしているティーカップだけがやけにくっきりと見えていた。
「うーん、やっぱお化けだよな。こんなに近づいても反応ないし。でもほら、視界に入れたままちょっと目線を外して、薄目でこう――」
「小森っ! やめとけ、チャンネルを合わせるな。持ってかれるぞ」
「うおっ、なんだよ。悪かったよ、怒るこたないだろ……」
普段は分かりやすいボケにしかツッコミを入れないヌーが、真剣に小森を制止した。
それだけで、危険な行為だったということが伝わってきたので、小森はすぐにその場から離れた。
「んー……もうちょい探検してもいいか? ヌー」
「あっ。怒鳴ってすまんかった、小森。良いぜ、どんどん楽しいこと探そうな。」
上目遣いで許しを請うヌー。
その申し訳なさそうな表情が、どういうわけか、小森の胸の奥をざわざわと刺激した。
「ヌー。また危ない事しそうになったら、教えてくれよ」
「んぬっ……。おうっ」
小森が頭を撫でると、ヌーは嬉しそうに表情を歪ませた。
それから、車両をいくつか進んでいくと、内装のつくりが大きく変わった場所に出た。
「いい香りがしてきましたね! 食べ物屋さんでしょうか?」
木製のよく磨かれたカウンターがあり、忙しそうに半透明の影が動き回っている。その後ろには小窓のついた銀色の扉があり、奥はキッチンになっているらしかった。
「お料理は出ないのでしょうか……」
小森たちがカウンターの前に立っても、とくに何が変わるわけでもなく、どこか遠くの方から食器の鳴るような音が聞こえてくるばかりである。
「……なんか、スルーされてるみたいで寂しいな」
「それぞれの影が別の軸に生きてるんだ。ボクたちくらいに異世界を行き来してるようヤツがいるとしたら、同じ思いをしているかもな。多分いないけど。」
「その軸ってのは並行世界的なやつなのか?」
「ぬーん。ちょっと違うかな。ひとつの世界につき、ひとつの波長がある。その世界で暮らすのは、波長がぴったりと合っている人間なんだ。」
ヌーは近くの食器をテーブルに並べ始めた。
「例えば……この長皿をひとつの世界とするだろ。で、このたくさんある爪楊枝を魂とする。タテ向きの皿に入るためには、絶対に爪楊枝もタテ向きでなきゃいけない。同じように、ヨコ向きの爪楊枝はヨコ向きの皿だ。――ここで、タテ向きの皿に入った爪楊枝が何かの拍子でヨコになっちまったとする……どうなると思う? 小森。」
さあ、解いてみろ。と言わんばかりにその場を小森に譲るヌー。
「そのルールでいくと、こう──タテの皿からヨコの皿に移る……つまり異世界に渡るのか」
「そうっ! 小森は頭が良いなっ。魂の波長が変われば、しかるべき世界に移動してしまうんだ。普通の魂はそうそう変わることはないけど、小森とあかりは特別だった。」
「特別か……。ただのひきこもりだったんだがな、俺は」
「わたしも普通の女子高生……もとい、会社員でした。えへへ」
ヌーはあかりのカミングアウトに驚いたが、平然としている小森の顔を見てツッコミを我慢した。
「……あかりみたいに突然転移しちゃうタイプは、天文学的な確率だけど存在する。でも、普通は一回限り。よくて二回で終わり。元の世界に戻ったときに波長がかっちりハマって二度とズレなくなるんだ」
「えっ! では、わたしはやっぱり選ばれし花嫁なのですか?」
「いや……。すごいのは小森なんだよ。かっちりハマって普通よりも強固になってたはずの、あかりの波長を再びズラしたんだ。しかも遠隔から引き寄せるようにして。それって、普通は絶対あり得ない。魔法の領域なんだっ。」
ヌーは柄にもなく、バンバンとテーブルを叩いて熱弁する。鼻を鳴らし、紅潮する顔を見て小森は一言、こう告げた。
「ヌー。吸っていい?」
「まっ! まてっ、そういうアレじゃないだろっ。今は違うだろっ!?」
小森は返事を聞くつもりがなかったが、ヌーの手ににぎられた皿を見て我に返った。
「おうっ、暴力反対だぞ、ヌー」
「ボクも落ち着くから小森も落ち着け。なっ。それで、何の話だったっけ……。──えっと。とにかく、小森がキーなんだ。これから行こうとしている場所は、銀色のカードがきっかけにはなるけど、小森の力が一番のキーなんだ。さっきの影とのやり取りを見るに、小森は波長合わせのコツを掴んでいるみたいだった。だから……無闇にそれをやって、まっ。迷子に……っ……ならないでっ」
ヌーの口調は徐々に弱くなり始め、最後の方は今にも消え入りそうだった。
「……ヌー?」
そっぽを向き、さらに皿を両手でもって顔を隠している。
ヌーは泣いているようだった。
「大丈夫か? ヌー。なんかここのところ情緒不安定っぽくなってんな」
「すっすまん。すぐおさまる。おさまるから……」
そっとしておいてくれ、という言葉までは出さなかったが、小森とあかりは察して少し離れたところでお喋りをはじめた。
「──ハンバーグ」
「いえいえ、このスプーンさばきはオムレツですよ」
近いようで遠くに聞こえる食器の音を聞きながら、別の軸で料理を口にする人を半分呪いつつ、何を食べているのかを当てるゲームをしていたが、それもすぐに虚しくなった。
しばらくして、すっきりした顔のヌーが戻ってくると同時に大きな汽笛の音が聞こえた。
「ぬ。カードが光ってるな。目的地に着くのかもしれない。」
「でもこの食堂車両、乗降口が無いですよ……?」
「やべっ。回れ右だっ! 走れー!」
小森の号令で、三人は元いた車両の方向へ駆けていく。
窓にうつる風景はすでに、真っ黒から青空へ。
緑の平野と蒼い森。
灰の山に禍々しい城。
そして、何よりも巨大な大樹がそびえる新しい異世界が映し出されていた。




