55話 ペレゾ
テントの設営が終わったあと、小森たちはその中で毛布をかぶり、横になっていた。
駅の電灯の消し方はペレゾでも分からないということで、遮光用のカーテンをテントの内側に張り、擬似的に暗闇を作り出している。
「いやあ、真っ暗だ! 久々だなぁ。真っ暗の中で眠れるなんて」
「なんでこんなことに……」
「まあ良いじゃねーかっ! ここにゃ昼も夜もないんだぜ、小森。時間の概念が消えちまってるからな。だからいつまでも話せるわけだ。オレが眠くなるまでは付き合ってくれよな」
ペレゾのテンションは上がりっぱなしで、聞いてもいないたくさんの事を話してきた。
「この駅に訪れる迷人は、たいてい死後の魂で、まともに会話ができない」だとか「迷人から得た断片的な情報で異世界を想像する」だとか「たまにお土産をもってくるやつもいる。ここに置いてあるガラクタは全部そう」だとか、とにかく洪水のごとくペレゾは喋り続けた。
孤独をよく知っている小森はペレゾを邪険にすることもできず、いつかのあかりのように『赤べこ』のごとく首を上下に動かしてそれを聞いていた。
ヌーとあかりもそんな小森がとても微笑ましかった。最近、少なからず無理をして強気に振る舞っていた小森が圧倒されているのを見て、面白おかしく、かつ安心していた。
「──んー、それで小森。小森はどうしたいんだ? やっぱり救いたいのか? 『楽園』をさ」
小森が今まで経験したことを話す時間もたっぷりあった。
ことの始まり──家ごと『楽園』世界に転移したこと。ハヌゼベとエルダーのこと。星玉枝の毒素とロボットのヴオルのこと。
「まあ、破ってもいい約束なんだが……。あいつら、悪い奴らじゃないんだ。手助けしてやりたいよ。約束とか抜きで、俺の意志でな」
「そうか。んははっ。小森は人が良いな!」
「引っかかる言い方だな……」
ペレゾはとても嬉しそうに笑った。暗闇の中で、そもそもまだフードすら脱いでいないので表情など分かりようがないのだが、その声色は誰が聞いても機嫌が良いものだとわかるものだった。
「よしっ……そうと決まれば、オレも手伝わせてもらうぜ。小森。疲れてるだろうに付き合わせてすまんかったな。今日はもう寝よう。明日、とっておきのチケットを切ってやるよ」
「チケット? 列車にのるのか」
「おうとも。とっておきの世界に行けるチケットだ。小森も絶対気に入るし、必要なモノもきっと見つかるはずだぜ。……さあ、これ以上のお喋りはお終いにしよう。目を閉じて──んー。時計も壊れちまってるし……そうだな。オレが頃合いを見計らって起こしてやるよ」
ペレゾはそっぽを向いて、わざとらしい寝息を立て始める。
「まだ眠くなさそうに見えるが……」
「まあまあ、小森さん。ペレゾさんの優しさですよっ。お言葉に甘えてわたしたちも休みましょう」
「どっと疲れた……。ボクは今すぐにでも寝られるよ。」
それ以降、全員がぴったりと喋ることをやめて、目を閉じた。
真っ先にヌーの寝息が聞こえ始め、それが子守唄のようにまどろみを広げていった。
小森のまぶたの裏側に、ついさっきまで居た世界の光景が浮かんでは消えていく。
森の中に放置された我が家からはじまり、巨大な穴を上に昇ったり、下に降りたり。
自由自在に穴の中を行き来するうち、自分が陽運びのホタルになっている事に気付いた。
隣には激しく輝くあかりがいて、ヌーは――。
ぱっ、と鋭い光がまぶたの外側から差し込まれ、反射的に目を開く。
テントの入り口が開いたようだった。
結局、それはすぐに閉められたので、小森は寝返りを打って、引き続きホタルの夢へと意識をもぐらせていった──。
…………
……
「――おーいっ! 朝だ、起きろーっ」
「ぐおおお……っ 何事だぁ……眩しい……」
小森が大声と眩しさに叩き起こされると、すでに遮光カーテンは取り払われ、テント内は朝の明るさになっていた。
「新しい世界に出発するぞ。小森」
相変わらずペレゾは表情を見せないが、なんとなく昨日とは雰囲気が違って見える。
「ほい。チケットだ受け取れ」
ペレゾは合計三枚の銀色のカードを一人ずつ配っていく。
それは見た目よりもずっしりと重く、表にも裏にも何も書かれていない。ただ銀色であるだけのカードだった。
「――おい、ペレゾ。お前の分は?」
「お……オレのは無いんだ。三人分しか、なかったんだ」
「……そうか」
ペレゾはうつむいて、明らかに気を落としているようだったが、すぐに顔を上げてこう言った。
「いいから、気にすんな。でもまた戻ってこいよ。その時に楽しい土産話を聞かせてくれっ。ほらっテント片付けるぞ」
ペレゾは吹っ切れたように、誰よりもテキパキと手際よくキャンプ用具を片付けていく。
そして荷物を全てまとめ終わったあと、三人から一歩引いた場所で列車を待った。
「本当にいいんだな。ペレゾ。」
「何度もきくな。しっかりやれよ。ヌー」
レールの枕木が明るくなり、遠くの方から死霊の悲鳴を思わせるような汽笛の音が聞こえてくる。
小森はいまいちど、後ろに立つ小柄なペレゾに向き直った。
「なあ、ペレゾ。このカードが無くても一緒に行けるんじゃないか?」
「……いや。だめだ。はぐれる可能性があるし、オレはここに残らなきゃいけない理由がある。オレははオレの為にここに残ってるんだ。小森とおんなじだ。小森は小森の意志で次の旅に出ると言っただろ?」
「ああ、そうだ。……そういうことなら文句はない。じゃあな、ペレゾ。きっと豪華なお土産持って帰ってくるからな」
いつの間にか列車は到着して、静かに乗車口を開けて待っていた。
木彫りでしか成し得ない複雑怪奇なシルエットに、金属でしかあり得ない不気味に輝く光沢感。
以前、別世界からあかりを連れ戻してくれた列車に、よく似ていた。
「小森。ばいば──んんっ……」
別れのセリフを吐き出しそうなペレゾに対して、小森はそのフードの上へ強引に手を置き、撫でまわす。
「それじゃ、また後でな。ペレゾ」
そして他に余計なことは何も言わずに、客車へと乗り込んだ。
続く二人も小森の意図を察して、別れの言葉は言わずに扉が閉まるのを待った。
「──いってらっしゃいっ! またあとで」
ペレゾが精一杯の言葉で送り出すと同時に扉が閉まり、列車が動き始める。
窓越しに手をあげて、笑顔をつくる。お互いが見えなくなっても、その手を振ったりすることはしなかった。




