54話 最果て
マンホールのハシゴを降りた先は、真っ黒な壁が特徴的な地下鉄の駅構内のような場所だった。
小森が頭上に向かって「あほ兄妹!」と叫んだあと、ハシゴも降りてきた穴も、元からそこに無かったかのように消えてしまった。
「絶対聞こえないタイミングで言うあたり。お人好しだよな。小森は。」
「うるせーやい……つか、ここはどこだ? 現代っぽいようで、そうでないようで……ちょっと不気味だな」
前後を見ると鉄道のレールが遠くの暗闇まで続いている。
レールの下には等間隔で枕木が設置されていて、それが薄ぼんやりと水色に輝いている。
「――おーい! オマエら! ミンチになりたくないなら! 早く! そのレールから! 離れろ!」
奇妙な枕木に見入っていると、ホームの上から怒声が飛んできた。
緑色のローブで体をすっぽりと覆った、ヌーくらいの背丈の人が身振り手振りで「早くこっちに上ってこい!」と急かしている。
「はっ! ここにいたらまずいやつですね」
「ぬ。きてる。きてる。」
足元の枕木が水色から赤へと変化し、強く発光し始める。
同時に、がたんがたんと列車が走る音も聞こえ始めてきた。
「やべっ……走れー!」
「ぬわっ!?」
小森はヌーをホームにいる緑ローブへと投げ飛ばし、あかりと一緒にホームへと跳んだ。
直後、除夜の鐘を彷彿とさせるような重々しい音が鳴り、真っ赤になった線路を列車が駆け抜けていった。
「あ、あぶねぇ……」
「間一髪でしたね……。緑色のお方、ご注意いただき、ありがとうございました!」
あかりはホームに寝転んだままこちらを観察していた緑ローブに礼を言った。
「アレに跳ね飛ばされたら死ぬだけじゃすまないからな。……それより、投げるこたないだろ。仲間にはもっと優しくしてやりなよ」
緑ローブがゆっくりと起き上がり、目を覚ますように何度か首を振った。フードを目深に被っているので、その表情は読み取れない。
「ぬ。ぶつかってすまんかった。小森も謝れ。」
「ああ、悪かったよ。しかしこれは緊急避難というやつだ。俺は法に守られた」
小森の往生際の悪い冗談に、緑ローブは肩をすくめて笑った。
「それって日本の法律だろ? 懐かしいなぁ」
「お? 俺たちの世界を知ってるのか? っていうかここはどこなんだ?」
「知ってるぞ。まあまあ、立ち話もなんだから。オレのアジトまで来いよ。どうせたくさん質問責めに合うんだろうしな。すぐそこだよ」
緑ローブはホームの階段口とは逆の方へ、すたすたと歩いていく。
ホームはとても長かったが、階段口は最初のひとつしか見当たらなかった。
約2分ほど歩いたところで、ホームのど真ん中に設置されたガラス張りの部屋へたどり着いた。
部屋は内側から新聞紙が貼られて、中が見えないように隠されている。
「はい。3名様。ごあんなーい」
「……ホームに喫煙所か」
「いいや。喫煙所じゃないぜ。オレの家だ」
長方形の部屋は見た目よりも広かったが、実際に動けそうなスペースはあまりなかった。
中央に長テーブル、その奥にサイズがバラバラな本の入った本棚。壁には合計三つの壁掛け時計があって、それぞれ針がばらばらな方を差したまま、動いていない。
他にもタンスなど、雑多な家具が奥の方へと押し込まれている。
「狭いけど勘弁な。ひきこもりの一人暮らしなもんで」
「……ずっとここに住んでるのか?」
「おう。気が遠くなるくらい、長い間住んでるぜ。ホームレスだなんて言わないでくれよ? こんなとこでも住めば都なんだ」
「ホームに住んでいるのにホームレスとはこれいかにっ!」
「やめとけ。あかり。おかしくなるから……。」
もともと雑多な喫煙所もとい緑ローブの家だったが、四人を収容して、さらに騒々しくなった。
ガラス一枚隔てた先の、寒々しく感じる外のホームとは対照的に、中の室温は実際に上昇していた。
少し暑苦しいくらいだが、それでも家主はローブを脱ぐことをしない。
「……仲が良さそうで羨ましいね。これからずっとここに住まないか?」
「断る。俺たちはやりたいことがあるんでな。戻らなきゃならない場所もある。で、ここはどこであんたは何者なんだ?」
「おお。そうだった。まずは自己紹介だな。しばらくまともな会話をしてなかったから。オレの名前は……えっと……ペレゾ、だ」
途中から目線を泳がせ、少し間をおいて名乗る緑ローブのペレゾ。
「今考えた名前だろ? 偽名とは怪しいやつだ。俺は小森、このぬいぐるみはヌー、そのちびっこはあかり。お宝を求めて旅する正義のトレジャーハンターだ。――ほら、俺たちは堂々と正体を明かした。お前も正直になれ」
小森は机越しにペレゾのローブに手を伸ばしたが、動きを読んでいたかのように避けられてしまった。
「落ち着け、小森。しばらく呼ばれてなかったから名前を忘れてたんだ。本当だぜ? それもそのハズさ。この世界はなぁ〜……なんと、最果ての世界なんだ!」
「はぁ? 最果て?」
「ああ、そうさ。すべての世界の終点。時の流れも終わった、全世界の成れの果てだよ」
ペレゾは短い両腕を広げて説明した。表情こそ見えないが、「どうだ。すごいだろう」といったニュアンスなのは声色でよく分かる。
「待て。そんな話聞いたことないぞ。」
小森とあかりが疑問符を飛ばしまくっていると、ヌーが反論した。
「終点だって? 異世界同士の時間の流れは確かに違う。でも。どんな渡りかたをしたってそんな極端なズレは有り得ない。すべての世界はひとつの『大きな流れ』にあるはずだ。『大きな流れ』を無視して突然終点に飛ぶなんてことあるもんか。」
「そう。普通はこんな所に来れないし、来ちゃいけないんだ。ここは例外中の例外、特異点だよ。ヌー、オマエが知らないことはたくさんあるんだ。お師匠だってこんな場所は知らないだろうな」
「お師匠を知ってるのか……? ペレゾ。一体何者なんだ。」
小森は会話の最中でもおかまいなしに手を伸ばしたが、結局ペレゾに届くことは無かった。
「くそっ……怪しすぎるぞ、 ペレゾ! というか、俺たちを置きざりに話を進めんな! って前にも言ったなこれ……」
「あっ。すまねぇ、小森。つい熱が入っちまった。……嫌いに、なったか?」
ペレゾはヌーの方から小森へ体ごと向き直ると、顔色を伺うような口調でそう言った。
「ん? いや……別に俺はそんなつもりで言ったんじゃない。気にすんな」
「良かった……。じゃあ、これからは小森たちにも分かるように話すぞ。それでいいな? ヌー」
「えっ。まあ。いいけど……。」
ペレゾはヌーに対してはどことなく語気が強い。
「小森たちは具体的に何を求めてるんだ? オレが手伝ってやるよ。無償でな」
「あやしい……」
「怪しくねえってば! 善良が服着て歩いてるみたいなもんだぞ。オレは」
「じゃあその服を脱いで、『善良』を見せてみろっ!」
しかし、何度やっても小森の手は届かない。
「くそっ……なんでだ。完全に読まれてやがる」
「まあ、場数が違うからなぁ……ともかく! 手伝ってやるから。今日はゆっくり休んでいくといい。たくさんお話ししようなっ!」
テンションを上げたペレゾが両手を広げたまま飛び跳ねると、すぐにタンスにぶつかった。
「ゆっくりってお前、狭すぎるだろ流石に。寝るとこ無くね?」
「そのキャンプ道具を使おうぜ。小森。駅のホームにテントなんて乙なもんだろ。まあここじゃ腹も減らねーし疲れもしねーけどな、心の休息ってのはどんな時でも必要なもんだ。ほらほら、準備しながら聞かせてくれよ。どんな旅をしてきたんだ?」
――ペレゾはあっという間に三人からイニシアチブをとって、自分のペースに持ち込んだ。
流されることを嫌う小森も、ペレゾからは不思議な共感を覚えていた。
それはさんざん孤独を味わった者だけにしか分からないような、心の影のようなもの。
明るく振る舞うペレゾに見え隠れする影に、小森はひかれていたのかもしれなかった。




