53話 考えるロボ
ロボットはアームを伸縮自在に操り、ドーム内に解き放たれたクリオネを器用に掴んでは自らに取り込んでいく。
頭部の光源植物の生え際に補給口があり、クリオネが投入されるたびに、ぷしゅっとガスが抜けるような音が鳴る。
ロボットはちょうど9体目のクリオネを取り込んだところで、その場でクルクルと激しく回転し喜びを表現した。
「こんなに集めてくれてありがとウ。感謝すルの回転すルル」
「おう。言った通りお安い御用だったからな。っていうかクリオネが飛んできて危ないから回るな。止まれ」
「わたしたちも丁度いい運動になりましたっ!」
二人と一機はとても満たされていた。
「それで、クリオネのお礼を頂きたいわけだが」
「何か欲しいモノがあるのカ?」
ロボットの動きがピタッと止まり、頭部の光源植物が紫色になった。
「アーティファクト、秘宝、宝物……とにかく、珍しくて貴重なものが欲しい」
「ふム……おそらく、このドームの中は君たちにとって、ガラクタの山に見えるかもしれなイが」
寸胴ボディに隠れて見えないが、ロボットの脚部はボール状になっているようだった。
鈍重な見た目とは裏腹に、ドーム内を自在かつスピーディーに動き回ってみせる。
「実はお宝が埋まってるのか?」
「――いヤ。私にとってもゴミの山ダ」
「思わせぶりな事言いやがって……」
ロボットは緑色になった。
「ところでお前は何者なんだ? 冗談を言うロボットなんて中々聞いたことがない。本体はそのカラフルな植物か?」
「私は自立型星命探査機TYPE-3。型番は3968982。正真正銘のロボットだゼ☆」
「だゼ☆ じゃねーよ! それがウソくさいんだっつの!」
小森がロボットの寸胴ボディにツッコミを入れると、まるで中国拳法の達人同士が戦うときに鳴る銅鑼のような音が鳴った。
「なんだその音!? 中身どうなってんだよ……ツッコミが追いつかねえよ……」
「中身はさっきのクリオネ以外、ほぼがらんどうだヨ」
「じゃあ、どうやって動いたり喋ったりしてるんだ?」
「多分、この頭に生えた光源植物──星玉枝に生かされてル……? あるいハ、もう私はメカではなくテ、星玉枝なのかもしれなイ」
ロボットはアームを星玉枝の一番大きなボール部分にあてて、考えるようなポーズをとってみせた。
「生かされてる……寄生、か?」
「おっト。多分、君の考えているのとは違うものダ。……そうだナ、クリオネのお礼代わりニ、たくさんの知識を授けよウ。遠慮はするナ」
「お宝がよかったんだが……。まあ無いんじゃしょうがない。それでいい」
ヌーとあかりも頷いた。
「どこから話そうカ……。1000年前からでも1000年かかるからナ……。要領よくやらなきゃナ」
ロボットは頭部の星玉枝を黄色にしたり、緑にしたり、規則正しく秒を刻む時計のように色替えを繰り返したあと、最終的に水色になってから語り始めた。
「私は遠い昔、世界の中心を探るためにここへ派遣されタ。この大穴はその時に掘られたものダ」
「人が掘った穴なのか?」
「そウ。星の寿命やエネルギーを調べるのが目的だっタ。ここは今みたいに混沌としていなかったゾ。土と岩ばっかりだっタ」
「エルダーやハヌゼベはその時から居たのか?」
「エルダー……ハヌゼベ……。聞いたことがあるような……。いや、知らなイ。知らないはずだ。ダ」
「肝心なとこポンコツだなぁ」
小森がロボットを軽く小突くと、小さな銅鑼の音が鳴った。
「ある日、地上からの連絡が途絶えタ。人間のオペーレーターはすべて施設から姿を消しタ。当時はまだ私もロボロボしかったのデ、いまいち要領を得なかったガ、今はその理由をよく知っていル。……地上で大きな戦争が始まったようだっタ」
「地上が砂漠化してた原因はそれか」
虚無の砂漠。すべてが終わってしまった地上の世界。小森はその原因におおよそのあたりをつけていたので、特に驚くこともなかった。世界を終わらせるのは隕石でも大地震でもなく、人間同士の戦争。よくある話だと思った。
「戦争はあっという間に終着したガ、残された者全てが敗者となっタ。そして地上は毒で満たされタ。敗者は絶望的な負債を返済すべク、あらゆる努力をしタ。結局、ほとんどの努力は無駄となっタ」
「まあ、実際に砂漠化してるからな。どうにもならなかったんだろ」
「……何人かの科学者ハ、奇跡的に毒の影響を免れている大きな穴を見つケ、その穴に未来を託しタ」
「ここがその穴というわけだな」
好奇心で掘られた穴が、この星最後のシェルターとなった。
最初は何も無い、土と岩ばかりのただの穴だったという。
「なんでこんな不思議空間みたいな事になってるんだ?」
「科学者ハ、あらゆる生体サンプルを汚染の無いこの穴に投じタ。植物、虫、動物、微生物。とにかく生きているもの全てを注ぎ込んデ、星の再起を願っタ。──それかラ、気の遠くなるほどの時間の中デ、少しずツ、穴の環境は変化していっタ」
「む。じゃあ、人を凶暴化させる寄生虫もその科学者のせいで発生したのか」
「──それは違う。違うぞ。少なくとも、そんなことは望んでいなかったはずだ」
ロボットは少し声を荒げて否定した。
頭の星玉枝は、今まで見たことのない、強い白色に輝いている。
「遠因にはなるかもしれないけどね。本当に危惧すべきは、星側の毒素だ。浄化作用ともいえる。毒素は我々の脳、理性を司る部分を萎縮させ、虫のような形態にしてしまう。ハヌゼベはそれを寄生虫と誤認した。本当は深層から吹き出ている毒素が我々を狂わし、追い詰めているんだ。早くこのことを伝えない、ト、私は……私、ハ──再起動」
突然別人のような声色で喋り始めたロボットは、途中で言葉を失った。
それから星玉枝の色を二転三転させて、水色に戻した。
「お、おい! どうしたんだ? ハヌゼベを知っているのか? その毒素はどうしたらいいんだ」
「──起動完了。すまなイ。情緒不安定なのダ。この星玉枝が私に取り付いテ、たくさんの感情や新しい知識と引き換えニ、余計な記憶まで植え付けてきタ。本当に、ハヌゼベが誰なのか分からないはずなのニ」
「二重人格……?」
そうとしか言えない変わりようだった。
ロボットとしての記憶と、もうひとつ別の誰かの記憶を持っている。
「この星玉枝が生えてきたのハ、つい最近の事ダ。それまデ、がらんどうの私ハ、ほとんど動くことができズ、スリープモードのまマ、ひたすら時が過ぎるのを観察していタ。……そしテ、ある日この不気味な植物が生エ、私に自我ト、自由をもたらしタ。代わりニ、知り得ない記憶と強い焦燥感モ」
ひとつの体にふたつの魂。
小森はつい最近、似たような存在と言葉を交わしていたことを思い出した。
「考える時間が増えタ。クリオネのこト、ホタルのこト、星玉枝のこト、ハ、ハヌゼベの、こと。……妹の、ギュイヌのこと」
ふたたび、星玉枝が激しく発光する。
「妹のギュイヌだって……? お前、まさか……」
「焦燥感の原因のひとつだと思うのだが、おぼろげながら、君たちに大変な迷惑をかけてしまった記憶がある。どうしてもそれを謝りたかった。申し訳ない……」
「──ヴオルさん」
静かに話を聞いていたあかりが前に出る。
「これで、おあいこですっ」
そして、ロボットのアームをぎゅっと握りしめた。
異形の手とロボットのアームでは、握手と呼ぶにはあまりにも不釣り合いだったが、和解と呼ぶには十分だった。
「……私たちに残された時間は少ない。機械の私はあまり要領良く話さなかっただろう? 本当に1000年かかる。そんな事をすれば毒素がすべてを支配してしまうし、この頭も枯れて生者はいなくなる。植物と虫だけの原始時代に逆戻りだ。ん? あー、君たちは平気だから子孫を残せるのか。熱いね」
「お前もあんま要領良くないぞ……。それに年頃の男女つかまえて子孫とか言うんじゃねえ、エロオヤジが」
ロボット……もとい、ヴオルの頭はピンク色になっていた。
「悪かったよ。それで毒素の件だが、星玉枝が放出している空気に含まれる。だからといってこのへんの星玉枝をすべて焼き払っても無駄だぞ。また新しいのが生えてくるからね」
「じゃあどうすりゃいいんだ?」
「星玉枝の気持ちになって考えるとよく分かるんだけどね。これは毒素というよりも、新しい空気だ。世界を作り変えるために必要な空気だ。そのために古いものを一掃させようとしている。我々は古いものだ。だから、星にとって害と見なされたんだろうね。──つまり、為すすべ無し」
「何か……何かあるだろ? そう簡単にあきらめてもいいのかよ。毒素がまわれば殺し合いが始まるんだぞ」
「……星は新しい空気を取り入れるべく、別の世界に救援を求め続けている。それは秘宝を呼び込み、君たちを召喚した。現在の環境を打破してほしいのか、未来の種となってほしいのか、どういう意図があるのかは見当もつかないが……先日、この最下層に『特異点』が生まれた。私は通ることができなかったが、君たちなら」
ヴオルが見た目によらない怪力でガラクタの山をどかしていくと、真っ黒なマンホールがあらわれた。
「小森。異物同士が集まると。」
「ああ、このマンホールは異世界につながってるわけか。これは……帰れるかもしれないが、しかし」
ヴオルは一本しかないアームで「どうぞ」と道を譲った。
「コモリ君。もし、どうにかしてくれるというのなら、別の世界から『新しい空気』を取り込んでほしい」
「いいのか? 俺は面倒くさがりだからな。帰ってこないかもしれないぞ?」
「というか。そんな簡単に狙った世界に移動できない。無数にあるんだぞ。その世界特有の異物があれば多少は確率は上がるけど。」
少し考えたあと、ヴオルはアームをまっすぐに小森へ差し伸ばした。
「コモリ君。握手だ」
「お、おう。約束はしねーけど──うおっ!?」
すぽん、とヴオルの胴体からアームが抜けて小森の手元で小さくなった。
「私の『お宝』だ。気に入ってくれたかな」
「要らねーよ気味悪い! ……まあでも、もしおあつらえ向きのアイテムが手に入ったら、戻ってきてやらんこともない」
早口でそう告げて、小森はマンホールのフタを開けた。
その中からは生暖かい風が吹き込んでくる。
「じゃあな、ヴオル。達者で」
「燃料切らすなよ。ロボ。」
「戻ってきたら腕相撲しましょうっ!」
面倒な約束も面倒な別れも要らない。出来そうならやるし、無理そうならやらない。
小森がこの世界へ来て見つけた自分のスタンスだった。
だから、だらだらと別れを惜しまずに、さっさと特異点のハシゴを下っていった。
そして最後に、頭上から言葉が届いた。
「コモリ君。このタイミングで言うのもおかしいかもしれないが……もし今後、妹に会うことがあったら、こう伝えてほしい。『兄ヴオルは元気にやっている』と」
小森はハシゴを降りきって、完全に別の世界に到着したあとで、こう叫んだ。
「うるせー! それくらい自分で伝えやがれ! あほ兄妹!」




