52話 成分補給
楽園のいたるところに存在するクリオネは、特になにか目的があるでもなく、ふわふわとそのあたりを浮遊し、これといったアクションを起こさない。
ドームから外に出た小森たちは、そんな空気のようなクリオネを捕まえるべく奮闘していた。
「しかし、こう……あっちこっち光ってると探しづらいな」
「クリオネさんは透け透けなので、探すのにちょっと目が痛くなりますね」
「ぬぅ。早くしてくれぇ。小森ぃ。捕まえたクリオネが散っちゃう。」
ヌーはエプロンの裾をつまみ上げながら小森たちを急かす。そのエプロンの中には既に大量のクリオネがうごめいていた。
上から手で抑えないと飛んでいってしまうので、ヌーは両手がふさがり、非常に不安定な格好で歩いている。
「よし、じゃあこれが最後の1匹だ。受け取れヌー」
「うわっとと。……っていうか。こんなに要らないだろ。9個でいいって言ってたのに。」
ヌーは文句を言いつつも、20匹を超えるクリオネを逃さないように必死に抑えている。
そして、よろよろと危なげな動きで再びドームの方へと向かう途中で、大きくバランスを崩した。
「はうっ」
「あっ。すまん。小森。しっぽぶつけちまった。」
ヌーは尻尾でバランスを取るしかないので、意図しない方向――つまり、小森の顔面にふわふわの尻尾を直撃させてしまった。
「……」
「小森?」
「いや……大丈夫だ。行こう」
小森は自分を抑えるのに精一杯だった。
ここに来るまでにヌーをずっと背負い続けていた反動を、今になって強く自覚してしまったのだ。
背中と首元に常に与えられるふわふわの感触。ひたすら先に進むことで考えずにいられたが、今こうしてヌーを手放してみると、その喪失感は耐え難いものだった。
それでも考えないようにしていた先の、ふわふわ尻尾びんたである。
「ヌー、コンテナの玄関は狭いからな。先頭を進んでくれ」
「わかった。転びたくないからな。ゆっくり進むぞ。」
「おう、願ってもない……」
薄暗い通路を進んでいく。
前方には魅惑のふわもこマスコット。
後方には天使のように微笑むあかり。
一瞬ためらったが、小森はついに我慢の限界が訪れた。
「ああっと! 俺氏、石に躓いてしまうーッ!」
「――ぬわっ!?」
小森は前方のふわもこマスコットに抱きつき、首の裏あたりに顔をうずめた。
「ッスハー!」
「やっ。やめろぉっ。ヘンタイ小森っ。あかり助けてっ。」
「あわわわわっ、ヌーさんがピンチです! でもちょっと羨ましいような……」
小森の拘束はヌーの力では到底破れない。
ヌーがばたばたと暴れるたびに、抱え込んでいたクリオネがドーム内に散っていく。
「すんすんすん……っすはー……ヌーが悪いんだぞ……っすはー、こんなふわふわで誘惑しやがって……においも最高……すはー」
「あっ。あっ。あかりーっ。」
「あわわっ……じゃあ、わたしは小森さんの匂い嗅ぎますねっ!」
あかりは後ろから小森に抱きついた。
「地獄かーっ。」
それから数分、小森が落ち着くまでの間、三人のレクリエーションは続いた。




