59話 冒険者ギルド
無色透明の液体で満たされた水瓶にカードを沈め、手をかざす。
しばらくするとカードに光の筋が浮かび上がり、それが消えると同時にカードは水面へと浮上した。
「――やはり、能力値とスキルの部分が空欄ですね。お名前とIDはしっかりと出ているので、鑑定瓶の故障ではないとは思うのですが……」
返却されたカードには顔写真のようなイメージと、おそらく今日の日付と思われるもの、名前、それから隅の方に10桁の数字が書かれていた。
裏面にはSTRやLUKなどの能力値を指すような略語がつらつらと書かれているが、その隣すべてに不自然な空白が空いている。
「――私のカードは更新できるようですが、お三方のものは何度やっても変わりませんね……」
「ふむ。数値が出ないのは残念だが……このままだと冒険者登録が困難だったりするのか?」
「いえ。登録に必要な情報は揃っているので問題はありません。ただ、能力に見合ったクラス分けができないので、最下級職の『ノービス』となってしまい、大きな仕事を受けるには実績を十分に積む必要があります」
「少し煩わしそうだが、まあ仕方ないな。さっそく登録してくれ」
「分かりました」
受付嬢は大きな判子のようなもので、三枚のカードを一度ずつ、力強く押し叩いた。
すると、カードの顔イメージの上に《冒険者ギルド》《ノービス》という文字が浮かび上がった。
「これで登録完了です。貴方たちは暫定的にノービスのクラスに配属されました。最下級職と言っても無限の可能性を秘めた、いわゆる『みんな通る道』なので、あまりお気になさらぬよう……」
視線が泳ぎ、少しずつ語気が弱くなる受付嬢。オブラートに包んではいるが、その態度から、ノービスというのは目も当てられないような弱小クラスであるという事はしっかりと伝わってきた。
「前途多難そうだなぁ、おい……」
「ところで、早速お仕事の依頼を受けますか?」
「どんな仕事があるんだ? すぐに取り掛かれて金がもらえるものが有難いんだが……一文無しの宿無し状態なんでな」
ペレゾのいた世界とは違い、ここでは腹が減る。キャンプ道具は持ち込んできているものの、食材がほとんど底を尽きているので、目下の問題として食料事情は避けては通れなかった。
小森とあかりの燃費は膨大な力に比例し、その力を行使すればするほど腹が減ってしまうのだ。
高い崖上から街へ到達するに至った無茶なダイビングは、二人に無視できないほどの空腹をもたらしていた。
「ではこの仕事はどうでしょう? 郊外の野草採集です」
「やそう? やくそうじゃなくてか?」
「はい、野草です。薬草はもっと遠方……たとえば危険な森の中まで入らないといけないので。野草なら比較的安全な街の入り口あたりで済みます」
受付嬢は一枚の羊皮紙を開いて見せてきた。
そこに書かれている内容は以下の通り。
・子どもでもできる! やそうあつめ!
・かべの外がわにある草を集めてこよう!
・ざっそうはダメ。きいろの花なら、高とくてん! 1つにつき1G〜
・かべの外はキケンでいっぱい。かならず人がいるところで集めよう! ヤバくなったら、走ってにげよう!
「……えーっと、冒険者って子供でもなれるのか?」
「なれます。この国では、人は生まれた時から対等に自由を約束されています。働いてお金を稼ぐというのは、自由の最たるものなのです」
何か定型文のひとつなのか、受付嬢は満面の笑みを取り戻して口上を述べた。
「で、俺たちがお子様クエストを受けなきゃならないのも自由のひとつ、と」
「だってステータスが分からないんですもの。後ろのお二方は実際にお子様のようですし。それと、ギルドには有望な新芽を大切に育てる義務があります。自由とは命を投げ捨てて良いという意味ではありませんので」
これも想定された返答なのか、小森の皮肉に対して受付嬢の笑みが崩れることはなかった。
「そうかよ。じゃあその草むしりをやらせてくれ。宿代には程遠そうだけどな」
「黄色の花を100本ほど納品すれば実績を認められてお金を借りることができますよ。宿代は一人当たり100Gです。報酬の100Gにくわえて残りの200Gならすぐに借りる事が出来るはずです」
「……そうか。親切にありがとう、また来るよ」
小森たちはステータスカードを受け取り、カウンターを後にした。
「さて、どうするかね」
「どうするって。野草集めじゃないのか? 小森。」
「んー、まあそうなんだが。一悶着ありそうでな」
「一悶着って――あっ。」
建物の出口のところで、鋭い目つきの男が小森たちの行く手を塞ぐように立っていた。
先ほどまで尾行していたトカゲ男だ。
「よォ、新人。話は聞いたぜ? シルバーカードを拾ったそうだな?」
「……堂々と盗み聞きをした割には耳が悪いらしいな。拾ったんじゃない、友人に託されたんだ」
「人聞きが悪いなァ……あんだけ声がデカけりゃなァ、嫌でも耳に入ってくるってもんだ。なァ……テメーらもそう思うよなァ!?」
トカゲ男が声を張り上げると、周囲からいくつものガラの悪い笑い声が返ってきた。
「そこを通してくれないか? 俺たちは今から草むしりに出かけなきゃならないんだ」
いつのまにか、小森たちの周囲は屈強な体格をした男たちに囲まれていた。とくに、ギルドのスタッフがいる方向には巨大な身体をもつ牛頭がいて、意図的に死角がつくられていた。
「草むしりだァ? オマエ、ひょっとしてノービスちゃんかよ?」
「おう、そのノービスちゃんたちのお通りだ。道を開けろよ。あんた達とは格が違うんだから、そんなに構ってもらう義理も無いだろ」
「チッ……妙に余裕ぶりやがって! オマエなァ……ノービスって言やァ、ガキが初めてのおつかいでカード登録して配属されるようなお子様クラスだぜ? そこの二人はともかく、オマエいい年いってんだろ。恥ずかしくねェのかよ?」
トカゲ男の脇を抜けようとしても、肩を掴んで戻される。
小森の力なら無視して突破することも可能だが、拠点となる予定の地で早々に騒ぎを起こすのは御免だった。
「わかったわかった。トカゲのお兄さん達は何が望みなんだ? いたいけなノービスちゃんを虐めたいだけか?」
「おうおうッ! いつまでもナメた口きいてんじゃねェぞ。 俺様は青銅級の軽戦士だぜ? 格が違うなんてモンじゃねェんだからな!」
トカゲ男がこれ見よがしに胸元から取り出したるは、青銅色に輝く一枚のステータスカード。
そこには凶悪犯のようなトカゲ男の顔写真と<軽戦士★★>という記載がなされていた。
「おお、この★マークはなんだ?」
「アァ? クラス経験値だろうが。これが三つになると上位クラスの試験に……ってそんなことたどうでもいいんだよ! それよりもあっちの端の席に行こうぜ? オマエらの歓迎会やってやンよ」
そして、小森たちは死角だらけの壁際のテーブル席に移動することになった。




