50話 快速深層旅行
「ぬぅ。すまねぇ……。小森ぃ。」
ハヌゼベと別れてしばらく歩いたあと、ヌーは二日酔いの症状が悪化した。
当人は治ったと思い込んで張り切っていたのだが、それは単に症状の波が引いていただけだった。
「まあ遅かれ早かれこうなったろうさ。俺たちとヌーでは体力に差があり過ぎるからな。それより、荷物に挟まれて痛くないのか?」
「大丈夫……。今のところは。」
小森の背中と、背負っているリュックに挟まれる形で、ヌーはおぶられていた。
キャンプセットの半分はあかりが背負っているとはいえ、小森が背負っている荷物はヌーと同じくらいの大きさである。
「そうか、じゃあしんどくなったら言ってくれ。──スピード上げてくぞ! あかりっ」
「はいなっ」
今回の目的は楽園の底を目指すことなので、とても分かりやすい。どれほど降りればいいのかは見当がつかないが、単純に上に登るよりもはるかに消耗が少なかった。
帰りのことを考えれば、要所にロープを垂らしながら進むべきである。しかし、二人の跳躍力は荷物を持ったまま10メートルほどの崖を一息で登れるほどなので、何も気にすることなく潜っていくことができた。
「ふはははっ! 風になった気分だぜ!」
「運動神経の良い人はこんな気分を味わっていたのですね!」
「多分、俺たちだけだと思う!」
飛び跳ねるように崖を下っていく。
常軌を逸した動きは身体に相応の負荷をかけるが、二人はそれすらも心地良く感じていた。
そして、いよいよ周囲の環境が変わりはじめる。
鋭利な角度がついた、淡く光る紫色の岩場が特徴的な地層へと進入していた。
「うーむ。しかし、春の層にいた牛の化け物みたいなやつがわんさかいるかと思ったが、まるで動物の姿が見当たらんな」
「クリオネさんだけは何処にでもいるみたいですけどねぇ」
紫色の岩肌はとても硬く、触るとキンとした氷のような冷たさが伝わってくる。
「川もあるし、変な形をしているが木や草もある。それなのに、動物がいないとなると……」
「寄生虫……でしょうか?」
「うむ……しかし、よくよく考えれば、どう調査すべきか分からんな。ハヌゼベやエルダーの言い方からして、最下層まで行けば何か分かるような事を言っていたが」
話しながらも、滑り落ちるように楽園を降りていく。
下層に行けば行くほど、日没が早くなる。中途半端な場所で調査を始めて時間を浪費するわけにはいかなかった。
「穴がだいぶ狭くなってきた。底が近いかもな」
もう空を見上げても、小さな光がぽつんとあるくらいの事しかわからない。青空は太陽に輪郭を奪われ、その色を認識できないほどになっていた。
そして、その光自体も多くの空気の層をまたがって、豆電球のごとく弱くなってきている。
「日没も近いですね。まだわたしの体感だと、お昼が始まったばかりなのですが……」
「予想以上だな……。下ばかり見てたから意識していなかったが、どこかでヒョウタンみたいにくびれている層を通ったのかも。これじゃ明るい昼間なんて三時間も無いぞ……」
降りれば降りるほど暗くなっていく。
まるで時間が早送りで進んでいるような感覚にとらわれる。
やがて、ついに影が支配する世界へと到達した。
「もう、お互いの顔もよく見えませんね……」
「当てようか。あかりは今、ニコニコと笑っているな?」
「あははっ! とても不安な表情をしてたんですけどね、わたし。でも、たった今正解になっちゃいました」
「すまん小森。限界。おろろろろろろろろろ。」
「うおっ!? ヌー汚ねえ! 絶対狙ってやっただろ! タイミング的に」
どんなに暗くなっても、三人は明るいまま。行く先の不安など微塵も気にせずに闇の奥へと降下し続ける。
駆け下りて、滑り降りて、飛び落りて。
行き着いた最後の崖は断崖絶壁。大きく口を開いた、正真正銘の奈落の入り口。
着地地点は霧に隠れて何も見えない。きっと、霧がなくとも何も見えない。
「あとはもう、降りられそうな場所は他にありません……どうしますか?」
「飛び降りてから考える。どんなに深くとも、俺たちは無敵だ。針の山が待っているならへし折ってやる。地獄の溶岩なら泳げばいい」
「ボクが死ぬ。」
「全員守ってやるっつってんだ。行くぞ! 着いてこい!」
小森たちは躊躇なく、最後の崖を蹴った。




