42話 肉の誓い
その日の晩餐はとても豪快なものになった。
魔牛の焼肉に魔牛のビーフステーキ、魔牛のローストビーフに魔牛の焼肉といった内容である。
「って肉ばっかりじゃねーか!」
「文句言わず食いなってぇ、どの部位食べても栄養満点なんだからさ」
ギュイヌは焼きあがった肉を配りながら言った。
魔牛の赤黒く分厚い皮は硬いゴムのようで食欲を削ぐような質感だったが、その下に隠された朱色の肉質は極上のポテンシャルを秘めていた。
「おおお、おいひいっ……んぐ。お塩も、コショウも振ってないのに、お肉の味がたくさん染み出てきます!」
「じゃろ? とれたては特に絶品でな。上へ持ってっておしゃんてぃ〜に料理するより、さっさと焼いて食っちまう方がいいんじゃ。鮮度が高いと浮き出る血脂が最高の調味料になるわけじゃな! がはは」
一つの部位があまりにも大きく、渡されたものが魔牛のどの部分なのかまるでわからない。
加えて切り分けも実に大雑把。食べ方もワイルドに、突き出た骨をつかんで、たっぷりと身のしまった肉にかぶりつく。それは紛うことなき『マンガ肉』の様相を呈していた。
「美味い……たしかに美味いが、これじゃあ胸焼けしそうだ」
「小森。肉だけじゃないぞ。口に合いそうな木の実を選り分けておいた皿がこちらです。」
「でかしたぞヌー!」
自身有り気に笑うヌーに手渡された皿には、非常にカラフルな木の実が盛られていた。
そのほとんどが多肉なベリー系で汁気が多く、肉づくしによる深刻な水分不足は十分解消できそうだ。
「むむむ……」
しかし小森は皿にうまく手が伸ばせないでいた。
赤・白・黄・紫・青・緑・黄・黒・茶など考えられる限りの色彩が一つの皿に集約されていたからだ。
頭ではわかっていても、遺伝子に刷り込まれた記憶が『そんなカラフルなもの食っていいの?』と警鐘を打ち鳴らしている。
「ビビリだな。小森。何でも口に入れてみないと始まらないぞ。」
ヌーは仕方ないなという表情で、皿から赤いベリーをひとつつまみ、自分の口の中に放り込んだ。
「んぐんぐ。赤いやつは甘くてピリっとしてるんだ。肉にはぴったりだぞ。小森。」
「どれどれ……」
小森は赤のベリーをおそるおそる口にした。
噛んだ瞬間、はじけるように果汁が口いっぱいに広がっていく。
味はたしかに甘みがあるが、鼻の奥まで一気に広がっていく清涼感は、小森にとって既視感のあるものだった。
「これは――ブレスケアのぷちぷちみたいだ」
「ぶふっ! もうちょっといい例え無かったのですか」
「うーん……食べてみ?」
小森から受け取り、即座に赤ベリーを口にするあかり。
「ふおっ」
あかりは目をまん丸に見開き、小森を見て――首を激しく上下させた。
晩餐は盛況のうちに終わり、一行は食事が終わるや否や、迅速に眠りについた。
ギュイヌらは寒さに強く、特に毛布等を使わずに寝ていた。
しかし、夜の気候と寒々しい広大なテントは、小森とあかりにとってはかなり応えた。
「ぬぅぅ……。くっつくなよぉ……。ぬぅ。」
必然的に、ヌーが二人にサンドイッチにされる格好になってしまうのも仕方のないことであった。
翌日。
小森が目を覚ますと、テント内はもぬけの殻となっていた。
一瞬寂しい気持ちになったが、それはすぐに消えて無くなった。
テントの外側から、遥かに騒がしい声や音が聞こえてきたからだ。
男たちの怒声や、がらがらと物が崩れるような音がする。
かと思えば女たちの明るい笑い声や、調子の取りやすい歌なども聞こえてくる。
外には圧倒的な人の気配があった。
「何だ……?」
閉じられていたテントの入り口から小森が顔を出すと、昨日とは全く違う光景が広がっていた。
たくさんのテント、テーブルや椅子などの家具、火の入った容器。翼の生えた人たちによって、それらが現在進行系で設置されていた。
そして、聞き覚えのある、よく響く低音の声が聞こえてきた。
「──冬隊及び特殊潜行隊は私から見て左奥へ! 秋隊は右奥! 春隊は春爺を基点として広がりすぎないように!」
声の主はハヌゼベだった。
リフトを少し上げた高所からこちら側を見下ろして、設営をしている人々へ指示を飛ばしている。
今話しかけるには間が悪いと判断して、小森は仲間と合流することにした。
あかりとヌーは探すまでもなく、春爺のテントからすぐ近くのテーブルに腰掛けていた。
「小森だ。おはよ。」
「おはよう。これは一体何の騒ぎなんだ?」
「ハヌゼベが活動再開の許可を出した。ある程度指示出したらこっちに来るから待ってろって。」
「あいつから俺たちに用があるのか」
ハヌゼベは四本の手を器用に振りながら指揮を取っている。
それを観察していると、ハヌゼベはこちらに気付いたらしく、「もうしばらく待っていてほしい。朝食はご自由にどうぞ」と大声で伝えてきた。
「朝食か……」
「肉あるぞ。小森。」
「見りゃわかるけど……昨日食べたばっかりなんだよなぁ……」
テーブルや食器こそグレードアップしているが、品目は変わらず、肉ばかりだった。
「小森さんっ! こんな状況だからこそっ……はぐっ……はへはふほっひひっ」
「……そうだったな」
力強いあかりの言葉。最後の方はうまく発音できていなかったが、今まさに肉を食いちぎって実践してみせたので、小森にはしっかりと伝わった。
「がっつり充電して、冒険に備えようじゃないか。これからは攻めの姿勢でいくぞ──はぐっ」
小森はあかりにならい、肉にかぶりついて、それを天高くかかげた。
「……。」
「ヌー」
「ヌーさん」
「えっ……ボクもやるのか。」
周囲がせわしなく作業をしている中で、肉の誓いをおこなう三人。
すぐ近くでまた、建材の崩れる音がした。




