40話 ベヒモスと古戦場
やる気を出した春爺によって、テント前に整列させられた4人。
そのうち、あかりはもちろんのこと、小森も割と本気で腹をすかせていた。
「さぁて──これより牛狩りに出るぞい!」
「待ってくれ春爺。メシにするって言わなかったか?」
小森が手を上げて春爺に問う。
「食材がないのじゃ。全部上に送っちまったからね」
「全部って……春爺は自分のメシはどうするつもりだったんだよ」
「そりゃ腹が減ったら、狩って解体して調理して、その場で食うよ? くさってもハンターじゃもん」
えっへんと大きな胸を張る春爺。
白くてモジャモジャとした頭と茶目っ気の塊のような性格で気さくな印象があるが、体格自体はかなり大きい。ハヌゼベほどではないが、小森が見た中ではその次くらいに大きな人物だった。
「そりゃあ頼もしいな。じゃあ早速狩りにいこうぜ、春爺。俺はもう腹が減りすぎてあんたの顔がマシュマロみたいに見えてきたよ」
「かかか! ましゅまろってのが何だか分からんが、威勢がいいのはわかったぞ小僧。槍をもてい!」
春爺が巨大な槍を素早く次々に投げ渡す。
それはとてつもなく重く、黒々とした木製で、全長2メートルほどの長さもあり、柄にいたっては小森の手ではしっかりと握りこめないほどの分厚さのある異様な槍だった。
「うおっ」
「ひゃっ!?」
「よっこいしょーっと!」
「……。」
小森とあかりは何とかキャッチすることに成功し、ギュイヌは慣れた風に片手で受け止める。
ヌーは手を出すことすら諦め、半身をずらして避けた。すぐ後ろでズシン、と槍の重量感がよくわかる音と土埃が舞う。
「これは装備できないよ。」
「あー、ヌーさんは流石に無理じゃったな。……木登りできる?」
「たぶん。いける。」
ヌーはニヤリと笑うと、肉球から爪を伸ばしてみせた。
「ほんに不思議な生き物じゃのう。そんなら、現場で木の実をありったけ集めてもらおうかの。向こうにあるのは火を通せばだいたい食べられるでな」
「おーけ。」
一行は巨大な槍を背負い、ぞろぞろと狩場への移動を開始した。
上層という事もあり、まだ陽の光が存分に届いているので視界はそこまで悪くない。
そこら中のものがピンク色に見えるくらいで、不便に感じることはなかった。
「なあ、俺達の格好ってかなり目立たないか? これだけ視界があるんじゃ、獲物に逃げられるような……」
「フォホッ、ターゲットは牛じゃからな? そんな心配はいらんよ?」
牛は逃げないという事だろうか。
小森は疑問に思ったが、なんとなく馬鹿にされてる気分になったのでそれ以上の質問はやめた。
それから少し坂を降りていくと、鋭い木杭の束がいくつも設置してある土地へとたどり着いた。
木杭はいずれも斜め上向きで設置されており、一方からは登れるようなつくりになっている。
「仰々しいな……。戦争でもやってんのかよ」
「大戦争じゃな。 ここまでやらんと牛も本気でくるから被害甚大じゃ」
よく見ると、木杭のあちらこちらに血が滲んだような染みが広がっている。
「つまり、牛をここに追いやって狩るわけか」
「その通り。さっそく呼ぶかの」
「呼ぶ……?」
まるで友人に連絡でもするかのように、春爺は木にさげられていた鐘を鳴らした。
ズン、ズン、とひどく重々しい低音が空気を震わせる。
「腹にくる音だな……これで牛が来るのか?」
「おうよ。発情したメスの声にそっくりらしいよ? ちなみにこの伝統的な狩の始まりはな、男衆が歌ってたらアレが来て阿鼻叫喚――おっと、はやいな」
ずん、と足元が沈むような感覚がしたあと、中央の『穴』側の崖から、全長5メートルはあろうかという四足歩行の獣が空高く跳躍して現れた。
「なっ……でか!?」
「ほれ見とれてないで逃げんかッ! アレの下敷きにならんよう、木杭側へ避けるんじゃ!」
空を見上げて硬直していた四人を春爺が叱咤し、突き動かす。
「シャレにならんだろアレ! なにが牛だよゾウかマンモスか恐竜だろっ 」
「黙っとれ、舌噛むぞ。木杭にしがみついて衝撃に備えい! すぐに回復できるようになっ」
「回復ってなに――あがっ!?」
空高く舞い上がった巨大四足獣が急降下し大地を揺るがす。
赤黒い筋肉質なボディと、捩じくれ曲がった長く鋭利な角。ゾウでもマンモスでもない、明らかな殺意の塊。
それは悪魔と形容すべき存在に相応しく、紛うことなき――
「ンモォオオオオオオオオオォォォッッ」
――牛だった。
「ひいいぃぃぃっ!」
あかりは絶叫するも、その場から足を動かせない。
魔牛落下の反動で大地が震えているせいだった。
「うぐっ……ちょいとデカイな? 新記録やも」
経験豊富な春爺でさえ足がすくみ動けなくなっている。
「ンモォオオオオオオオオオンンンン」
牛が恐ろしい俊敏さでもって、一番近く、狙いやすくか弱いターゲットに狙いを定めた。
震えるあかり……の隣にいる、足がもつれて転んでしまっているヌーだった。
「い、いかんっ!」
「ンモモモモモモモモモオオオオオオ」
「あっ。あっ。」
桜色の背景に浮かび上がる赤黒い悪魔。それが全身の筋肉を躍動させて飛びかかる。
「モンモンモンモンモンモォォォオオオオオオン」
ヌーの何十倍もある圧倒的な質量の暴力。
それが眼前に迫り──
「ヌーさん! あぶなーいっ!」
「ンモッ――」
ヌーにぶつかる寸前に皆の視界から姿を消した。
「……ぬ?」
「なんじゃ……?」
一同は突然のことに首をかしげた。
あれだけ大きな動物がいきなり姿を消すなどという事態は、春爺でさえ経験をしたことがなかった。
「皆さん! うえ上っ! 早くそこから離れてくださいっ」
あかりが真上を指差して、小森と春爺に避難を促した。
「は? ウッソじゃろこれ……」
春爺が見上げると、ちょうど日食のように、太陽を大きな影が遮っている光景が浮かんでいた。
その日食の光輪はひどく歪で、急速に小さくなっていく。
──つまり、魔牛はまたしても空を舞っていたのだ。
「まじかよ! 逃げるぞ春爺っ! 見とれてる場合じゃねー!」
小森が自分より大きな春爺を抱きかかえて、その場から跳ねるように移動した。
直後。
ずぶんっ、と魔牛がきりもみ回転しながら落下し、小森たちの居た木杭に突き刺さった。
魔牛はすでに絶命していた。
「……」
「えっと……」
皆の視線が、無残な姿になった牛から、あかりの『左腕』へと注がれる。
「力が……勝手に……みたいな?」
あかりは照れ隠しに左手をぐーぱーするが、その腕は返り血に染まっていた。
「ギャグみたいな飛び方しとったが……左アッパー一撃かぁ……」
「大した事なかったな、牛め!」
「いや、ぬしらが規格外すぎるんじゃろ……」
その頃、ギュイヌはというと、遠くの木杭の裏から顔をのぞかせて一足遅く状況把握に努めていた。




