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36話 サナギの匣

 

 ハヌゼベは受付にいた男と礼を交わしたあと、病院内の長い廊下を進んでいく。

 内部の床や壁面は表通りと比べて、シミひとつない白色になっており、清潔というより潔癖の印象が強い。


 そして、廊下の途中にあるいくつかの部屋からは、小さいうめき声のようなものが漏れ出ていた。


「おだやかじゃないな」

「病院なのでな。患者が集まっているのだよ」


 ハヌゼベは小森の皮肉にも応じるが、それとは対照的に声色は誠実そのものである。


「普段はここまでにぎやかではない。彼らは貴殿らを襲った同胞にやられた負傷者たちだ。あの寄生虫は厄介なことに、潜伏期間中は宿主にほとんど影響を及ぼさないらしい。隊が探索を終えて、安全地帯まで帰ってきたタイミングで発症した」


 それは惨憺(さんたん)たるものだった――と、ハヌゼベは声のトーンを落としたが、どこか大げさに見え、むしろ感情が抜け落ちているようにもみえる。

 小森はハヌゼベの一挙手一投足に自分たち『人間』とはどこか違う部分を見出して、それを不気味に思っていた。


 ──俺と似ている部分もあるが、やっぱり、どうしても何かが決定的に違う。


「彼は暴れまわったあと、少しの間、理性を取り戻した。そして、自ら『楽園』の奥へと身を投げた。その後は貴殿らの知るところだ」


 長い廊下の突き当たりに、大きな空間が広がっていた。部屋の中央に、人が一人入れそうなほどの巨大な箱が合計三つ置かれている。

 そのうち二つの箱は漆黒の色をして、真っ白な部屋において異常な存在感を放っている。

 もう一つは黒と白の絵の具を混ぜている最中のような、マーブル模様をしていて、やはり気味が悪い。

 いずれも、観察する限り正確無比な正方形で、傷も歪みもない。明らかな『異物』である事が小森にも理解できた。


「これはアーティファクトなのか」

「多分そう。……だけどボクはこんなもの知らない。」


『異物』に精通しているヌーさえも知らない不気味な箱。「場違い」を体現したかのような存在感があった。


「アーティファクト……貴殿らは秘宝の事をそう呼んでいるのか。我々はこの秘宝については、サナギの(はこ)と呼んでいる」

「なあ、ちょっと待ってくれ」


 ハヌゼベが匣の解説をはじめる前に、小森が制止した。


「まずはあかり君に合わせてほしい。ガイドはその後にやってほしいんだが」

「これは失礼をした。アカリ殿は()()にいるのだよ、コモリ殿」


 小森は周囲を見渡すが、『サナギの匣』以外にベッドも無ければ、奥に続く道などもない。


「ハヌゼベ。まさか。」

「要領が悪く申し訳ない。アカリ殿はこの、『サナギの匣』の中なのだ」

「……何のためにだ?」


 ハヌゼベはマーブル模様の『(はこ)』を示し、あかりがその中に入っていると告げた。


「理解してもらうために、サナギの匣の説明をさせてほしい。そして、絶対に匣に触れないでいただきたい。きっと全ての説明が終われば理解していただけるはずだ」

「あかり君のため……なんだな?」

「その通り。私はアカリ殿の失った腕をなんとかすると約束したのだ」


 小森は高まる心臓の鼓動に、言いようのない不快感を味わっていた。


「結論から言うと、サナギの匣は、医療・復元・進化、あらゆる可能性を秘めた神秘の秘宝なのだ。アカリ殿が匣の中から出てくる頃には、しっかりと左腕がある状態になっているはずだ」

「安全は保証されているのか?」


 得体のしれない不安を探るように、小森は質問を投げかける。


「もちろんだ。アカリ殿と()は完全な状態で匣に入れた。あとは安静に時を待てば、望んだ結果が得られる」

「待て。腕を入れたとは何のことだ? あかり君の腕は元の形が分からなくなるくらいボロボロで──それがここにあるのはおかしい。置いてきたんだ、荷物と一緒に」


 疑心暗鬼に陥ろうとしている小森は矛盾点を見逃さなかった。


「入れたのはアカリ殿の腕ではない──」


 ハヌゼベは2つある左腕のうち、ひとつの篭手(こて)を外し、()()を小森たちに見せた。


「──私の腕だ」

「なっ……!?」


 ハヌゼベの大きな腕、それはあかりと同様に途中からすっかり無くなっていた。

 切断部は布で覆われているが、傷が新しい為か赤い血液がにじみ出ている。

 小森はその赤色を見て、めまいを感じた。


「サナギの匣にモノを入れる数は限られていないが、出てくるモノは決まって一つだけだ。残ったモノは無くなったモノの情報を引き継ぐのだ」

「そんなっ……。あんたの腕が、あかり君にくっついて戻ってくるってことかよ!?」


 立ちくらみの影響で足元がおぼつかなくなっている小森を、ヌーが支えている。


「厳密には違う。それを答えるにはまた少し遠回りになるが──貴殿はサナギを知っているだろうか。穴を自由に行き来する陽運(ひはこ)びのホタルは見たことがあるだろう。彼らは、幼少の頃は地を這う哀れなイモムシなのだ」


 身振り手振りをくわえて、真剣に説明を進めるハヌゼベ。腕の長さがアンバランスなため、見ようによってはひどく滑稽に見える。


「幼虫は成虫になる前段階として、サナギになる。活動を停止し、身体の構造を組み替えるためだ。地を這う哀れなイモムシから、空を舞う優雅なホタルへと進化する為に必要な過程なのだ」

「そんなことは知っている……」


 今にも倒れそうな小森に対して、ハヌゼベは気遣う素振りを見せたが、小森はいいから続けてくれと先を促した。


「そうか、コモリ殿は博識だな。ではそのサナギの話を踏まえて、この匣の話をしよう。私はサナギの匣を発見して持ち帰った後、とてもたくさんの実験を行った──」


 ハヌゼベは過去を振り返るように、匣の周りをゆっくりと歩きながら語り始めた。


「まず最初に(おこな)った実験は、桃色の葉と石ころの投入だった。結果は、やや硬質化した葉が出てくる時と葉の色を少し引き継いだ石が出てくる時とでまちまちだった。その次は桃色の葉と動物たち。彼らはたちまち桃色に染まっていった。葉が出てくることはなかった」

「ここに来る途中に見た、あの変な生き物はハヌゼベの実験結果なのか……」


 小森が苦しそうにつぶやくと、ハヌゼベはその通りだと答えた。


「勝手すぎないか。そんなこと」

「すまない。その感情はよくわからない。我々は肉を食べるときに動物たちに謝ったりはしないのでな」

「そうかよ……」


 やはり感性が根本から違う、と小森はそれ以上の言及を諦めた。


「しかし、匣から生まれた種は元の種にあまり馴染めなかった事は確かだ。なので、私は動物を対象とするとき、必ず雌雄それぞれに実験を行うことにしていた。結果、彼らは当たり前のように繁殖し、当たり前のように桃色の種を増やしていった。つまりは桃色の種すべてが私の実験結果というわけではない。祖を考えれば、ある意味私が原因だとも言えるかもしれないが」


 悪びれもせず、淡々と結果と結論を告げるハヌゼベ。

 小森たちにしてみれば禁忌でも、ハヌゼベにしてみれば学術的な試みの一端でしかなかった。


「一体、この匣の中では何が起こっているのだろうか? 私は彼らを投入し、しばらく経ったあとに蓋が固くなっている匣を無理やり開いてみた。すると、中には桃色の葉も無ければ動物もいなかったのだ」

「なんだと?」

「匣の中は、ただ、どろどろとした液体が満ちているだけだった。サナギの中にいる幼虫のようにな。それは確かに桃色をしていたし、元の動物の色でもあった。ちょうど、この匣と同じように絵の具を混ぜ合わせている最中のような、マーブル色をした液体が入っているだけだったのだ」

「じゃあ、じゃあこの中にいるのは……あかり君は!?」

「アカリ殿はまだ、どろどろの液体だ。絶対に衝撃を加えないでほしいと言ったのは、私が液体のときに匣を暴いたケースでは、全てが『出来損ない』として出力されたからなのだ」


 何かあれば匣から連れ出そうと考えていた小森だが、今となってはどうする事もできなくなってしまった。


「『出来損ない』は匣から出るとすぐに死ぬ。臓器の位置がずれていたり、頭部と腕部が入れ替わっていたり、とにかく悲惨だった。おそらく、液体は生物を構成する情報、あるいは魂そのものなのだ。私はそれを見て新たに試したいことが出てきた。手や足を欠損した者と、新鮮な手足を同時に投入すれば、医療に使えるのではないか、と」

「ハヌゼベ! あかり君を実験に使ったのかッ」

「もうしばし辛抱してほしい。話を最後まで──」

「ぬっ。みんなストップだ。後ろ。匣が……。」


 小森たちの張り詰めた空気が爆発する寸前、サナギの匣は完全な黒色へと変化した。


「おお! 完了したようだ――しかし、これは」


 匣が振動し、上蓋が徐々に開いていく。

 その隙間から液体がこぽり、とこぼれ落ちた。



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