35話 有翼の住人
ハヌゼベは小森やヌーの歩調に合わせ、ゆっくりと先導していく。
「穴の奥ほどではないが、美しい街だと自負しているよ」
断崖の街は行く道すべてが岩造りになっていた。スロープも壁も綺麗に磨かれて、自然物と人工物という対極にある存在が見事に調和している。
「この街は何のためにあるんだ?」
「最初に、穴の神秘に惹かれた者が小さな中継地点を作った。次にまた、穴の神秘に惹かれた者が来て、改築を行った。そんな一人一人の好き勝手が積み重ねられて、この歪で美しい街が出来上がった。今でも緩やかに成長しているよ」
「穴の神秘ってなんだ。」
ヌーが小森の後ろから問いかける。ハヌゼベの四つの目と視線が合い、あわてて目をそらした。
「穴は我々の間で『楽園』と呼ばれている。貴殿らのような不思議な生き物や、先刻渡した光を放つダイヤルなど、地上には存在しない未知のモノに憧れを抱き、求めているのだ」
「ようは宝探しか。」
「そうとも言う。分かりやすく言うのなら、我々はロマンを食って生きているのだ」
昇降機のあった地点から長いスロープを上がり、暗く長い螺旋階段を登る。
小森はヌーと手を繋ぎ、何があっても守れる距離で歩いていた。
「昇降機区画は秘匿されているのでね。窓も明かりも最低限以下になっているのだ。足元に気を付けてほしい」
「秘匿? 誰に対して隠す必要があるんだ?」
小森は紳士に振る舞うハヌゼベを胡散臭く思っていた。こんなタイミングで化けの皮を剥がそうとするのは得策ではないと分かっていても、つい反抗的な態度を取ってしまう。
「これだけ人が集まれば、我先にと『楽園』を求める者が後を絶たない。地上にいるエルダーと呼ばれる支配階級が臆病なくせに好奇心が旺盛でね。秘宝ひとつに大金を約束するものだから、我々探求者も一枚岩でいられないのだ」
ハヌゼベは巨体に似合わず、饒舌だった。
その饒舌が胡散臭さの一端なのだが、小森はある種の共感を覚えていた。
――でもなんかこいつ、ネトゲの話してる時の俺っぽい。
「さて、この扉を開ければ人通りのある場所に出る。貴殿らはいわゆる『生きた秘宝』のように思われるだろう。今まで楽園から知的生物は見つかっていないのでな」
「それって命を狙われるって事か……?」
小森が身構えるが、ハヌゼベはそれを笑い飛ばした。
「いやすまない、逆だ。とても丁重に扱われるだろう。『生きた秘宝』が『死んだ秘宝』になれば、我々の大きな損失だ。しかし、報酬目当てに君たちを連れ去ろうとする者が現れないとも限らない。私が側にいる限りは大丈夫だとは思うが、物珍しい目で見られて気分を害して欲しくないと思ったのだ」
「自分の身くらい、自分で守れるけどな」
小森はハヌゼベの前へ行き、扉に手をかけた。
「これは失礼した。貴殿はとても強いのであったな。住民には優しく頼むよ」
暗闇から再度、陽光の集まる通りに出る。
一瞬視界が白ばみ、見えてきた光景は予想をはるかに超えるものだった。
「天使……?」
小森の感想はとても的を射ている。
白髪に灰色の肌。そこまではハヌゼベと変わりはない。
しかし、四つ目でもなければ四本腕でもない。
その代わりに、背中に大きな翼を生やしていたのだ。
「テンシ、か。初めて聞いたが美しい響きの言葉だ」
「お前はどっちかというと化け物だけどな」
「ははは! 化け物は百も承知。望んでこの姿に進化したのだからな」
ハヌゼベは再び、穴の底まで轟くような笑い声あげる。
結果、忠告をした当人によって住人たちの視線を集めてしまった。
「無翼公! こんな所で何をされてるんで? いやそっちの珍妙な生きものは何だい! まさか楽園の贈り物かい!?」
「こんにちは、ギュイヌ。そうとも、彼らは『楽園』の使者だ。丁重に扱いたまえよ」
ギュイヌと呼ばれた住人をはじめとして矢継ぎ早に話しかけられ、ハヌゼベはその問い全てに応えていく。
男女の性差はヒトと変わらないが、全体的に身長が高く、小森より小さい者はいない。
彼らと比べてもなお、ハヌゼベの体格は異様な大きさである。
「なあアンタ! 裸マントの珍客よぅ。言葉は分かるのかい?」
ギュイヌが小森へ問いかける。彼女は住人の中では小柄な方で、女性らしくワンピースを着こなしている。
「お、おう。分かるぜい、江戸っ子天使のギュイヌさんよ。俺は小森だ」
ヌーの手前、見栄っ張りになっている小森は怖じけまいと調子を合わせて対抗した。
「うわはは! 喋ったぞ! しかも面白いよぉこの子、ああ……テンシってなんだい?」
「翼のある者のことを言うらしい。そして私は化け物だと」
ギュイヌの甲高い笑い声とハヌゼベの低い笑い声が重なる。
他の住人は少し引き気味に苦笑いを浮かべていた。
「それで、それでよぅ。このモフモフは?」
「ヌーだ。ぬぅ……。」
「おおぉぉぉ! かわいいねぇよちよち──あらやだ、嫌われちゃったよ」
さっと小森の後ろに隠れるヌーを見ても、ギュイヌはニコニコと愛想よくしている。
「さて、私たちはこれから病院へ向かわなければならない。来るかね? ギュイヌ」
「ん……いや、いいや。また今度ね」
「そうか。ではな」
ハヌゼベが合掌すると、他の住人たちもこうべを垂れて返礼した。
それから通りを歩いていき、様々な住人たちがハヌゼベを見るたびに挨拶を交わしていた。
「ハヌゼベは特別な存在なのか? 彼らと扱いも姿も違うみたいだが」
「私はケイヴァの中では最古参だ。このあたりの地主をやっている」
「その、さっき言ってたエルダーってやつか?」
「違う。エルダーはここよりもっと上、地上にいる連中だ。私は間違いなくこちら側の住人だよ。それから、この姿になったのは――いや、続きはこの中で話そう。ちょうどいいタイミングがあるのでな」
ハヌゼベは太陽のシンボルが描かれた岩壁の前で立ち止まった。大きな出入り口と多彩な装飾。そして他よりも多いホタルのランプが、個人の所有物件ではないことを示している。
「ここが病院だ。中ではくれぐれも静かに頼むよ。些細な衝撃が事故に繋がりかねないのでな」




