34話 断崖の街 ケイヴァ
森林の層では盛大に鳴いていた虫の声もなくなり、冷たい風の通り抜ける音ばかりが響いている。
小森たちが到達した枯れ木の層は、黄褐色に支配された寂しい土地だった。
「さて、ヌーよ。勢いでここまで上がってきたわけだが、進行方向は合ってるのか?」
「大丈夫。話しながらチェックしてた。引き合う光はそのまま奥に行った壁方向を指してる。」
「よしきた!」
視界は広く、葉の無い痩せ細った木々が生えているだけなので迷うこともない。小森たちは、あっという間に光の指し示す壁へとたどり着くことが出来た。
「この上か? 鼠返しになってるから登れないぞ」
「いや。上じゃなくて壁そのものに光が吸い込まれてる。」
「じゃあ壁の中ってことになるな」
ヌーは小森の背から飛び降りて、壁伝いに歩き始めた。
「うぅぅ……しかし寒いな。ヌーよ、今一度背中に戻ってきてくれ」
「我慢しろ。洞窟の入り口とかがないか探せ。」
「はあ……つれない――ん? これは……」
小森は落ちている石ころの中に、不自然に積まれた平べったいものを発見した。
「見つけたぞ、ヌー」
「ぬ? 見当たらないけど。」
小森はヌーがこちらへ注目した瞬間を狙い、足元の石を蹴り崩した。
すると、目の前にあった絶壁の一部が音もなく崩れ去り、ぽっかりと穴を開けた。
「ぬおっ。停滞のルーンか。」
「その通り、こいつが門番になっていたわけだな」
暴かれた洞窟はすぐに行き止まりとなっていたが、代わりに昇降機が設置されていた。
「見てみろ。小森。天井が見えないっ。」
「ああ……こりゃ、もしかしたら一気に断崖の街まで行けちまうかもな」
二人が乗り込んだ昇降機はシンプルな作りになっていて、太いワイヤーが繋がった分厚い屋根に鉄網の足場、それから大きなレバーが一つ取り付けられているだけのものだった。
「さて。どうする小森。」
操作レバーは一本だけである。
たっぷり三秒間、無言で見つめ合ったあと小森が早口で仕掛けた。
「はくさいしいたけ!」
「にーんじん。」
じゃんけんの結果、ヌーが運転することになった。
と、いってもレバーを引くだけなのだが。
「ぬんっ。」
がたん、と一度大きな音がしたあと昇降機は上昇を開始した。
「めちゃくちゃ早く上がったら怖いと思ったが、ちょうどいい塩梅で助かったな」
「まだ安心できない……。」
ヌーは震えていた。
足元の鉄網からは既に地面が見えなくなっている。
もし床が抜ければ奈落の底へ真っ逆さま。確実な死が待っているのだ。
「下を見るな下を。ほれ、前を見ていないと損をするぞ。ヌー」
昇降機に光源は取り付けられていないが、一定間隔で壁に窓が取り付けられていた。
そこから見える景色は目まぐるしく変わり、枯れ木の層以外にも様々な自然を感じることができた。
下から順番に──
☆真っ白な雪景色の層。
一言で言うなら真冬だ。気温がとても低い。昇降機は壁の中にあるにも関わらず、肌を刺してくるような冷気で震えが止まらない。ヌーがいなければ危険だった。
どこから雪が降ってるのかは謎だが、面白い生き物を見つけた。見た目はシロクマなのだが、頭に長いを耳を生やしている動物だった。シロクマとウサギの間の子のようだった。
ともかく、この層にまた来ることがあるとするなら、裸マントは絶対やめておこうと心に誓った。
☆紅葉の色鮮やかな層。
これは秋の層だ。まだ少し寒いが、ヌーにいつまでも抱きついていると怒られた。
手前の層よりもカラフルな動物が多く、自然豊かな印象を受けた。茶色いウサギに青い鳥。しましまのシマリスが呑気に木の実なんかを食べていた。足がシマウマで首がキリンみたいな謎生物が器用に崖を飛び跳ねて移動していた。オカピじゃないよな?
食べ物には困らなさそうだからキャンプ地とするには最適かもしれない。
☆水気の多い湿地帯の層。
夏……というより梅雨の層だ。雨こそ降っていなかったが、すごくジメジメしている。ヌーは新しい姿になっても湿気には弱いらしく、通り過ぎるまで気だるげにしていた。
上層から降りてくる川の他に、淀んでいる池や湖がたくさんあった。ぶくぶく泡立ってたり真っ赤な水だったり見てて飽きなかった。でも飲んだら絶対ヤバイやつだと思う。
☆桃色の葉が舞う暖かな層。
ザ・春。暖かくて過ごしやすい層だ。ヌーも元気を取り戻して、あれはなんだろうこれはなんだろうと、色々質問してきた。俺に分かるわけがない。
ピンク色の葉をもつ針葉樹が一番の特徴だと思う。桜じゃない樹があんな色をしているのは、よくよく見ると不気味というか残念というか……。まあ、故郷が恋しくなった。
不気味といえば、たまにピンク色の生き物がいた。真っ黒なカラスの隣でピンク色のカラスが、かーかーと鳴いていた。カラス以外にピンク鹿とかもいた。色が違うだけで行動はほとんど変わらないのが不思議でしょうがない。
いずれも神秘的で、幻想的な風景だった。
昇降機は動き始めてから四季の層を経て、合計1時間ほどが経過し、ようやくその動きを止めた。
ガッタン、と一際大きく揺れて昇降機の鉄床が向こう側の石床と同じ高さになる。
「なあヌーよ。こういうのは降りる時が一番怖いよな? 向こう側へ跨いだ瞬間にエレベーターが突然下がり始めて天井と床に挟まれて真っ二つに――」
「ぬわーっ。やめろっ。やめろっ。」
二人にぎやかに昇降機を降りると、ランプの明かりが煌々と出入口の鉄製の扉を照らしていた。いずれもよく磨かれている。
「いよいよ、人の気配がしてきたな」
「ぬぅ。腕四本の巨人はヒトと呼べるのか。否か。」
「お前も大概だけどな……。まあそれはそれとして、この先あんな感じのやつが沢山いて、俺たちの方が異端者扱いってことも考えられるからな。おふざけはここまでにして、心の準備をしておこう」
ランプの中には激しく輝く虫が4、5匹つめられている。『光の柱』を構成するホタルのようだった。
今から会うのが言葉が通じる相手とはいえ、小森たちとは違う生活を営んでいる種族だというのは明らかである。
「しかしこれまたでかい扉だな」
「ハヌゼベサイズな。」
「結構重たいぞ……っと」
小森が全身を使って大きな扉を押し開けていく。
すると、開いていく扉の隙間からどんどん外気が吹き込んできた。
「ぬぅ……風つよい。」
外側から差し込む陽光につられるように、小森は扉の先に進む。
「──ああ、ヌー早くこっちに来てみろ。すごいぞこれは」
扉を出てすぐの小窓を覗いた小森が感嘆の声をあげた。
外の景色は圧巻だった。
広大な空と、断崖に刻まれるように作られた街。『穴』の外側からかぶせるように伸びた構造物の数々。それが、右にも左にも、対岸にも見て取れるのだ。
「これが。ケイヴァ──断崖の街か。」
下層で散々味わってきた孤立感は強風とともに吹き飛んでいく。
二人は衝撃のあまり、数秒間あるいは数分間、その景色に魅入っていた。
そして、茫然自失としていたところに巨体の男が話しかけてきた。
「おや、早かったな。コモリ殿にヌー殿」
「ハヌゼベ!」
四本腕の巨人。ハヌゼベだった。
ガスマスクを取った彼の顔はヒトと呼ぶにはやはり違和感がある。
――眼が四つあるのだ。
「先刻の無礼の数々、重ねて謝らせてほしい。これから貴殿らを迎えにいくところだったのだ」
左右上下、合計四つの青い眼光に小森は内心たじろいだ。
「あ、ああ。それよりもあかり君だ。あかり君はどこにいる? 容態はどうなんだ?」
「かねがね良好だ。いのちに別状は無い。案内しよう」
ハヌゼベが籠手を外し、こちらへ手を差し出してくる。それが握手だと分かるのに3秒、それに応じるかどうかに5秒かかった。
「まだ信用したわけじゃないからな。ハヌゼベ」
結局、小森は彼と握手を交わした。
巨大な手は分厚いゴムのようで、やけどしそうなほどに熱い。
「失った信用を取り戻す努力は惜しまないよ」
「取り戻すも何も最初からゼロだ。」
「さもありなん!」
大きな声で笑う四つ目四つ腕の巨人。
それは腹の中に楽器でも仕込んであるかというような豪快な音色だった。




