37話 ブラックボックス
サナギの匣が激しく揺れ、上蓋の隙間から、粘性のある液体が大量に溢れ出す。
どろりとした液体の色は、どこかあかりの髪色を思わせる黒色だった。
「なんだ……? この反応は」
「なあ……おい、あふれてるぞ! こぼれっ……こぼれてる!」
「コモリ殿、緊急事態だ。これ以上液体を流してはいけない」
小森とハヌゼベがこれ以上中身がこぼれないようにと匣へ駆け出した瞬間。
あかりの入っていたサナギの匣は横転し、その中身をぶちまけた。
「あ……あかり君……あァァァァ――――……ぁ?」
小森は絶望の悲鳴をあげ、直後に調子の狂ったような声を漏らした。
ぶちまけられた液体の中に人の形をした塊をひとつ、発見したのだ。
そして、その塊がぐねぐねと奇妙に動き、弾けるように立ち上がった。
「ごほっごほっ……ぺっぺっ……苦じがっだでずぅ」
ドロドロの液体にまみれた、生まれたばかりのような姿のあかりだった。
「あかり君っ!?」
「あかりっ。生きてる……よかった。」
あかりは周囲を見渡し、小森たちを見つけると、表情をぐにゃりと歪めた。
「小森さん! ヌーさん! 良かったぁぁ……無事だったのですねっ……あぅぅ」
顔を真っ赤にしてボロボロと泣き始めるあかり。しかし顔を手で覆うことはできなかった。自分の裸体を隠すのに精一杯だったのだ。
「アカリ殿、身体は何ともないのか? 尋常ではない現れ方をしたようだが」
「ううう、だ、大丈夫みたいです……ぐすっ……とりあえず、お洋服をですね……」
「あかり君、左腕の、それは」
胸元を隠すあかりの左腕は欠損状態ではなく、しっかりと左腕として機能していた。
ただし、それは分厚い灰色の皮膚に覆われ、右腕よりもはるかに大きかった。ちょうどハヌゼベの腕のように。
「わわっ。新しい腕ついてます! これハヌゼベさんのですよね? 本当にいいのですか?」
「いいも何もないよ。先刻アカリ殿と相談したとおり、私は償いを済ませたかったのでね。それより、その……ソレはしっかり馴染んでいるのか? まるで、まだ私の腕のように見えるのだが……」
「えっと――普通に動きますね」
その場でグーパーをしてみせるあかり。
小森は気が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「あのぉ……お洋服そろそろ、良いでしょうか……?」
「これは失礼した。廊下に出てすぐの病室にあるので着替えてきてほしい」
「ヌー。あかり君と一緒に行ってやってくれ」
「ほいきた。」
あかりはヌーで前を隠しながら、そろそろと退場した。
匣の部屋に残された小森とハヌゼベの視線が交差する。
先ほどまで燻っていた、小森のハヌゼベに対する思いは幾ばくか落ち着いていた。
「あかり君と相談の上で実験を行なっていたのか」
「その『実験』というの間違いだ。我々以外の種で何度も成功しているれっきとした医療なのだから」
「そうか……疑って悪かったな」
ハヌゼベはにっこりと微笑み、へたり込んでいる小森へ手を差し伸べた。
「貴殿は悪くなどない。仲間を想う気持ちこそが種の発展に相応しいと、私は常日頃から考えているのだが、それは正しいことだとコモリ殿を見て確信したよ」
「……やっぱ調子狂うな、あんた」
小森は差し出された手をつかんで立ち上がる。
やけどしそうな程に熱いハヌゼベの手は、彼なりの情熱を感じるには十分だった。
それから、着替えを終えたあかり達と合流し、病院を出て、一行はギュイヌが営んでいる宿へとおもむいた。
「あらまぁ、お客さんなのかい? しかも四人も……って無翼公も泊まるのかい!?」
「こんにちは、ギュイヌ。私はここまでの案内だよ。自分のベッドがあるのでね」
「冗談だよぉ〜、相変わらずのアタマカチカチだねぇ! アハハ!」
ハヌゼベは礼を交わしたあと、首を傾げながら帰路に着いた。
「さあさあっお客さん方! そんな所に突っ立ってないで、お入んなすって!」
「お、おう……」
とても人当たりのいいギュイヌに圧倒されながらも、三人は大きな客室に通された。
内装は木製のものが多く、真っ白だった病院とは違い落ち着いた雰囲気になっていた。
「わあーっ! ふかふかの、柔らかベッドです!」
「ベッドって柔らかいのが普通じゃないのか?」
「病院のはとても硬かったのです……」
「へえ、やっぱふかふかが一番だよなぁ」
二人の視線がヌーに集中するも、ヌーはすでに大きく距離をとっていた。
「ふっふっふー! お客さん、見る目があるねえ! うちのベッドはねえ、兄貴が獲ってきたクマウサギのもこもこ毛皮のシーツに、シロップタロウドリのほわ毛だけを集めたお布団で、それはもう上等なんだ!」
部屋から出ていったはずのギュイヌが戻ってくるなり、まくしたてるようにプレゼンテーションを始めた。
「へ……へえっ! すごいですね!」
「おおっ、分かるのかい!? やっと話の通じる人がきたよぉ兄貴ぃ! えっとな、そこの壁にかかってるのはクビナガシマシマジカの頭部で兄貴初めてのビッグハントでよぅ――」
あかりの愛想の良い相槌はギュイヌと非常に相性が良いらしく、次々と彼女からうんちくを引き出していた。
「あのお姉さん。元気いいね。」
小森はあかりを犠牲にその場から抜け出し、ヌーと一緒に二人の観察を始めている。
「同じく元気印のあかり君が押し負けてるのはちょっと面白いな。見てみろよヌー、赤べこ人形みたいだぞ」
「赤べこ。ってなんだ?」
カクカクと首を縦に振り続けるあかりの瞳から、徐々に光が失われていく。
「あの動きを繰り返す人形があるんだ。赤い牛の人形だな。伝統工芸品ってやつだ」
「ふぬ。……あ。お姉さんこっちくるぞ。」
ギュイヌが目を光らせたかと思うと、こちらに向かって小走りでやってきた。――あかりはまだ虚空に向けて『赤べこ』をやっている。
「やあやあ! 牛が食べたいと言ったのかい!?」
「言ってない。」
「言ってないな」
「牛料理はアタシの十八番でねぇ、よく兄貴に食わせてやったもんさぁ! ……ああ、でも今は材料が切れててね。どうだい? 一仕事やってくれんかね!?」
「話聞いてない。」
「聞いてないな」
まあ確かに腹が減ってるかも、と小森が漏らすと、ギュイヌは跳ねるようにして部屋を離れていった。曰く、準備してくるから待っててくれとの事。
「台風みたいな人だな……。あかり君、起きてくれ。一大事だ」
「ふぁっ……!? はいっ」
「えっと、ざっくり結論だけ言うと、一狩り行くことになった」
「えええっ!?」
こうして、一行は腹を満たすべく、野生の牛の狩猟に向かうこととなった。
時刻はだいたい昼下がり。『穴』の上部に位置するケイヴァの日中は長く、下層のように太陽の恩恵があっという間に過ぎ去る事も無かった。




