23話 山間の怪談
一段落終えて、三人は小休憩を取っていた。
「ほれ、褒美をとらせよう」
小森はテーブルに戻ってくるなり、一口サイズの丸いお菓子がたくさん入ったボウルをローソクの側に置いた。
「わあっ! もしかして小森さんが作ったのですか?」
「俺をなんだと思ってるんだ。既製品のお菓子だよ、知らないのか? まるっこどうぶつ」
「初めて聞きました……」
まるっこどうぶつとは、沖縄名物サーターアンダギーという揚げ菓子をモチーフとした製品で、内容物はそれとほとんど変わらず『砂糖をふんだんに使った生地を丸く揚げたもの』を更に小型化した非常に高カロリーなお菓子である。
「大人買いしてあるから好きなだけ食っていいぞ」
「んぬぅ……うまうま。」
「おいしいです……これは悪魔のお菓子です……」
「うまいだろ? 三食これで過ごしたこともあるくらいだからな。栄養価はバッチリなはずだ」
この手の菓子の例にもれず栄養バランスが熱量に振り切れているため、食べすぎると確実に身体に負荷がかかる。普通は口に入れた瞬間理解できる事なので、小森の冗談を冗談たらしめているのだが、ヌーはそれを次々に口に運んでいた。
「んぐんぐ。んまぁ~。」
「まあ食べざかりだろうし、いっか」
「悪魔です……」
ヌーが満足するまでたっぷり休憩を取った後、再び怪談は再開された。
「よし、二番手は俺だな……クククッ」
揺らめくローソク越しに見える小森の凄惨たる表情は、それだけで対面した者の恐怖心を掻き立てる。
青白い顔。長い前髪から覗く鋭い視線。目の下の大きなクマ。極め付けに、大きな笑みを浮かべると剥き出しになる八重歯。
自分の容姿をよく理解している彼は、ここぞとばかりに悪鬼のような顔で二人を睨みつけた。
「ひいっ」
「んぬぅ……。」
おやつムードは一瞬にして霧散し、ローソクを中心に緊張感が張り詰める。
「今から話すのは全て真実だ。俺がまだ学生だった頃――」
☆
こう見えて俺は運動部に入っていた。
ラグビー部だぞラグビー部。今じゃ考えられないくらい体育会系だったんだ。
合宿の一環でな、何故か山に入ってキャンプをやろうということになった。
まあ理解しづらいかもしれないが、男の子には無茶なアウトドアをやりたがる時期があるもんなんだ。
その時はキャンプ組は4人だけだった。合宿自体はもっと大世帯で来ていたんだが、他の腑抜けどもは皆ロッジにこもっていた。顧問が雷おやじだからビビってたんだな。熊が出るから~なんて言い訳をしてるヤツもいた。
野営メンバーは俺含めてやんちゃなヤツばっかりでな、ロッジから出来るだけ離れようってんで、がむしゃらに歩いた。
朝一でロッジをこっそり抜け出して、日が暮れるまで山を歩き回ったんだ。
そして夕方。
ちょうどいい場所を見つけると、俺たちはテントの設営を始めた。ここをキャンプ地とするーなんつってな。まあ元気だったよ。
しっかりと設営したあとは、飯にしようって話になった。お決まりのカレーだな。
とりあえず枝と石を集めるために、俺たちは一旦散り散りになったんだ。
今思えばこれが失敗だったな……。
黄昏時をちょっと過ぎたくらいの、暗い森の中だ。俺は懐中電灯を持ち出さなかったのを少し後悔していた。
歩いていくと、妙な音が聞こえてくる事に気付いた。
うめき声のような、低い音だ。
風音にしては低すぎる。野生生物にしては無機質すぎる。なんとも不気味な音だった。
どうしても気になって、俺は引き寄せられるように音の方へと近付いていった。
ある程度歩くと、突然音が途絶えた。
代わりに、強烈な異臭がしてくる。
妙な音に意識を奪われていた俺は、ハッとしたよ。
足元にイノシシや犬の死体が大量に転がっていたんだ。
全部の死体が真っ二つに引き裂かれたような傷を負っていて、新鮮な血がどろどろと流れている。
俺はそれを見て、誰かが言った言葉を思い出していた。
『熊が出る』
次の瞬間、俺は弾かれたように駆け出していた。
皆に知らせなければ。
一刻も早くこの場所を離れないと命が危ない。
走る。走る。身体中を擦りむいても、気にせず走る。
そして、キャンプの明かりが見える場所まで辿り着くと、俺は愕然とした。
まるい何かがいる。
大人の人間よりもひと回りもふた回りも大きなそれは、焚火で暖を取っているようで、不気味に揺れている。
俺はそれが何なのかを確認しようと、そっと近づいていった。
一歩、二歩……
パキッ。
小枝を踏み折る音。
心臓が飛び上がるかと思った。俺が出した音じゃない。
目の前のまるい奴がゆっくり立ち上がり、振り返ってこちらを見下ろしてきたんだ。
首から上の無い熊だった。
俺は恐怖のあまり、そいつを殴り飛ばしたんだ。
☆
「殴ったんですかっ!?」
「ああ、殴ったね。奴め、顔がないから腹に思い切り正拳突きを叩き込んでやったよ」
☆
でも殴り飛ばしたってのはちょっと語弊があったかな。
俺はあいつの腹を正確に打ち抜いたはずだったんだが、びくともしなかったんだ。
何だこいつ。こんな化け物どうすりゃいいんだ。
俺は震えたね。
だけど、どういうわけか、背を向ける気にはならなかった。悔しかったんだと思う。
悔しくて目の前にある屈強な腹へ何度も何度も拳を叩きつけた。
すると、不思議なことに親近感が湧いてきたんだ。
父親にじゃれついてるガキみたいな感じのな。
あの熊、全然反撃してこないんだよ。
何時間続けたか分からない。
食事を摂ることも、仲間を探すこともやめて、残りの体力は全て首なし熊とのじゃれ合いに注ぎ込んだ。
翌日、俺がテントから這い出てくると、その熊は消えた焚火の前でじっと座っていた。
昼に見るその姿はかなり異様だったが、昨日のこともあって恐怖感は湧いてこなかった。
それから三日間、俺と首なし熊の不思議な関係は続いた。
自分で言うのも何だが、俺はめちゃくちゃ強くなっていった。
熊は俺の右ストレートをガードするようになり、爪こそ立てないものの、脳天をハンマーパンチしてきたり、だいぶ本気になってるのが伝わってきた。
アレを食らうとすげー痛かったんだが、面白さの方が勝ってた。
三日目の夜。
テントの中で眠っていた俺は異様な音で目が覚めた。
ゔゔゔゔ……。
初日に聞いたあのうめき声だ。
少しずつ、その音がこちらへと近づいてきている。
ゔゔゔゔ……ゔゔゔゔゔゔゔゔッ。
やがて音は耳をつんざくような騒音になって、テントの前でピタリと止んだ。
俺は不気味な音による恐怖心よりも、熊のことが心配になった。
以前見た動物のバラバラの死体がフラッシュバックしたからだ。
俺はテントから勢いよく躍り出た。
熊の姿はどこにも無い。
代わりに、身長3メートルはあろうかという巨大な男がいた。
真っ赤なエプロンをつけて、熊頭の剥製をすっぽりとかぶっている。
そいつは俺を見るなり、手に持った巨大なチェーンソーを回転させはじめた。
ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ!
ああ、この音だ。こいつが動物たちをやったんだ。
そう理解したの束の間、男はチェーンソーを振り回してきた。
俺は縦斬りを半身で避け、横薙ぎをブリッジで避けた。少しでも当たれば致命傷になるチェーンソーを、まるでダンスでも踊るかのようにな。
熊とのじゃれ合いで自然に身につけた動きだった。
そしてブリッジの状態から、バネ仕掛けの人形のごとく、俺は右ストレートを男の顔面に繰り出した。
あの熊より弱いな、と素直な感想が出たね。
男は大きく吹き飛び、大きな樹へしたたかにぶつかった。
もっていたチェーンソーは回転したまま樹に刺さり、その樹はどんどん削り出されていく。
バキバキバキッ。
やがて大樹は折れて、根本にいた男に覆いかぶさってしまった。
あれは間違いなく即死だったと思う。
俺は超自然的な一連の流れに呆然としていた。
……俺がやったのか?
自分の両手を見つめていると、何者かにぽんと肩を叩かれたんだ。
ごつい手だった。馴染みのある、父のような手。
顔をあげると、あの熊だった。
よく見ると、他にもたくさんの動物に囲まれている。
あの熊は、拳を突き出してきた。
俺は呼応するように、渾身の右ストレートをその拳にぶつけてやったんだ。
そうしたら、あの熊は満面の笑みを顔に浮かべてこう言ったんだ。
『ありがとう』
ってな。
☆
「わああっ! 小森さんすごいです! ジェイソンまでやっつけるなんて」
「ジェイソンかは置いといて、かっこよかったろ?」
「嘘ばっかり……。」
「全部真実なんだよなぁ! 悔しかったらこれを超える話をやってみるんだな」
緊張の糸はどこへやら。
いつの間にか怪談から武勇伝になっていたことにツッコミを入れる者はいなかった。
台風一夜の怪談(実質フリートーク)は終盤戦。
木漏れ日通りの嵐はまだ強まるばかり。
はたしてヌーは小森を超えることができるのか。




