22話 学校の怪談
「はくさいっ!」
「しいたけー」
「にーんじん。」
じゃんけんで語り手の順番が決まる。
一人目、あかり。
二人目、小森。
三人目、ヌー。
という内訳になった。
机の上のものはローソク以外すべて片付けて、三人は怖い話に集中する他ない状況を作り上げた。
「わっ、わたしから、ですね……」
「ヌーがトイレに行けなくなるくらいのを頼むぜ」
「ぬっはは。お手柔らかにたのむよ。」
ローソクの火が揺らめく。
外界と隔絶された小森の家は、今が台風のピークだということを忘れてしまうくらい静かだった。
あかりは深く呼吸をすると、顔色をがらりと変えて、とつとつと語り始めた。
「今からお話しすることは、わたしの実体験なのです……」
他の二人がごくりと喉をならす。
これはスイッチが入ったなと、誰が見てもひと目で分かる変化だった。
「わたしがまだ漫画家を目指していたころ──」
☆
その日は遅くまで部室に残って、お絵描きをしていました。
ゾーン状態とでもいいますか、とにかくものすごい集中できる日で、時間の経過が分からなくなるくらいでした。
ふと、われに返って時計を見ると、時刻は午後の21時。
こんなに遅くまで残っていたのは初めてのことでした。なにせ遅くまでいたら、普通は先生が来て「はやく帰りなさーい!」とせっついてくるからです。
でも、なぜかこの日は誰も部室に顔を出しませんでした。
不思議だなぁ。もう学校にはだれもいないのかなぁ。と思うと、とても寂しく感じました。
もう帰ろうと思い、ノートをしまっていると窓の方からコツン、コツン、と何かがぶつかるような音が聞こえてきます……。
気味が悪いし無視して帰ろうかとも思ったのですが、もし先生だったら悪いなとも思い、窓に手をかけました。
そして、窓を開いてわたしは気付いたのです。
あ、ここは2階だから先生がドアを叩くなんて不可能だ……と。
わたしは急に恐ろしくなり、窓をすぐに閉めようとしました! しかし!
ばちーん!
──こぶし大のカナブンがわたしの額にぶつかってきたのですっ!!!
☆
「とても痛かったのです……」
「……おいィ?」
「ぬふっ。」
椅子からずり落ちる小森。
「まさか今のがオチなのか?」
「えっ、ダメですかっ!?」
「ダメだろう……」
「あっあははっ……まだ続きがあります、ありますとも!」
☆
……でっかいカナブンを追いやることに成功した頃にはもう22時をまわっていました。
さすがにこんな時間までいたら不良だ! と思い、わたしは急いで教室をあとにします。
すでに廊下は消灯されて、真っ暗になっていました。ところどころ点いている非常灯の緑色の明かりが逆に怖かったのをよく覚えています……。
スマホの電灯機能に頼りながら、暗い廊下をゆっくりと歩いていきます。
そして、何事もなく1階までたどり着き、出口が見えてくると、わたしの心に余裕が生まれました。
――なんだ、夜の校舎も大したことなかったですね!
心の余裕と、少し廊下が冷えていたこともあって、わたしは……その、尿意を催していました。人間なので仕方ないですね。生理現象です。
すぐ近くのトイレはスイッチを押せば照明が点くので、ほっと安心しました。
わたしは一番奥の個室へと入ります。
そして、便座に腰を下ろして集中していると、妙な音が聞こえてきました。
コン……コン……。
扉を叩くような音です……。
最初は控えめだったその音は、
コンッ、コンッ、コンッ。
少しずつ大きくなっていきます。
しかも、だんだんこちらへ近づいてくるのです!
わたしは慌てて下着をはいて立ち上がりました。
コンコンコンコンコンコン!
激しい音はもう目の前の扉に到達しています。
よせばいいのに、パニック状態に陥っていたわたしは、その扉を勢いよく開けてしまいます!
ガチャッ…………。
あれ? 誰もいない?
そう思った次の瞬間……っ
べちーん!
こぶし大のカナブンがわたしのおでこにぶつかってきたのです!!!
☆
「大きかったです……」
「いや、さっきのヤツまた入ってきてるじゃねーか!? 追い払ったなら窓閉めとけよ……」
「ぬはははっ。」
ヌーが笑っているのを見てあかりは満足そうにしていた。
「趣旨、わかってるよな……?」
「え?……ええ、ええ、まだ続きますともっ」
「頼むぞまじで……」
☆
なんとか一命を取り止めたわたしは、心身ともにボロボロになりながらもトイレを脱出します。
大げさではないですよ。カナブンに二度もおでこ突撃をされると人は凹むんです。精神的に。
……ともかく、わたしは真っ暗な下駄箱で苦労しながら靴を履き替えました。暗闇を背に視線を外さなければならないというのは、本能的に危機を感じてしまうものですね。
何度も振り返りながら、わたしは校舎から出ることに成功しました。
お月様のよく見える日でしたので、外の方が明るいくらいでした。
そして、ようやく恐ろしい学校から出られたことに安堵したのもつかの間のことです。
ふぅっ……と。
生暖かい風が首筋に当たったのです……。
反射的に、わたしは振り返りました。
でも、誰もいません。
今出てきたばかりの校舎が、真っ黒な口を開けて笑っているように見えます。
周囲を見渡しても、隠れられるような場所はどこにもありません。月明かりで視界は良好なくらいなのです。
こわい……こわい!
ここまで蓄積された恐怖心が爆発して、足がすくんでしまいました。
でも歩かなきゃ……このままだとあの黒い口から何かが出てきてわたしを捕まえてしまうかもしれない!
そんな妄念に追いかけられるようにして、足を動かしていきます。
一歩、また一歩と、ふらふらになった足になんとか力を込めて歩いていると──。
ふぅっ。
また首にあの風を感じました。
もういやだ……はやくかえりたい……。
わたしは振り向かずに、気味の悪い風を無視してまっすぐ歩きます。
ふぅっ。ふぅっ。
首だけでなく、耳、ほっぺたまでも、ぬるぬると風が撫でていきます……!
もう……もう! やめてください!
わたしは半狂乱になりながら、振り返りざまに持っているかばんを振り回します!
……しかし、手応えはありませんでした。
わたしは愕然として、立ちすくんでしまいます。
すると、校舎の黒い口の中から物凄い勢いで、
☆
「べちーん。こぶし大のカナブンだった。」
「ぁ……ああああ! ヌーさんっ……あんまりですっ……」
あかりは力なく、椅子からずり落ちた。
「うわぁ……ヌーさすがにそれはお前……」
「ぬあっ。ごっごめん……つい。」
別に二人はヌーのことを本気で責めているわけではなかった。
どんな顔をしながらあかりの話を聞いていたかよく観察してたからである。
「わたしの話はこれで終わりですぅ……」
「よかったっ。おもしろかったっ。」
「うむ、妨害があったが中々良かったぞ。致命的なジャンルエラーを起こしてる気がしないでもないが」
「苦手って言ったじゃないですか~」
木漏れ日通りを吹き荒ぶ風雨は、未だとどまるところを知らず。
台風一夜はまだ始まったばかりである。




