21話 停電の日
あかりが小森の家に戻ってから数日が経つ。
三人は幸せな日々を過ごしていた。
相変わらず小森の生活リズムに付き合わされて夜更かしをすることもあったが、誰もが不満を抱えることなく、理想的な生活を送っていた。
──そして夏と秋の境目、台風の季節。
大型で史上最強の台風19号は、木漏れ日通りを含めた一帯の電力を全て無力化してしまっていた。
街は暗黒と風雨が支配し、外を出歩く者は誰一人としていない。
小森たちも例に漏れず、家のなかでじっとしていた。
引きこもりの小森にとっては変わらぬ日常……というわけにもいかず、電力を使えないことを嘆いていた。
「うおおー! ゲームしたい! 2ちゃんしたい! インターネットしたい!」
「スマホではダメなのですか?」
「さっき充電0パーセントになっちゃった!」
「おちつけ小森。大人になれ。」
「ウッキーーー」
三人は暗い部屋の中、ローソクの明かりを頼りにテーブルを囲んでいる。
小森は画面が真っ暗なパソコンを何度も叩いては騒ぎ、あかりはお絵かきの真っ最中。ヌーは黙々と本を読んでいる。
「あかり君はそれは何を描いているんだ?」
「絵日記ですね! 今日の分をちょっと早めに描いています。はい、見ても良いですよ」
「どれどれ……おお、やっぱり上手いな。俺もインターネットお絵描きマンになろうと思って色々チャレンジしたが、全然ダメだったんだよな。あかり君はすごい」
ヌーがチラリと視線を向けたが、すぐに読んでいる本へと視線を戻した。
「わあ! そんなに褒められると……うれしいですっ! わたし、実は漫画家になりたかったのですよ」
「ほー、やっぱりたくさん絵を描いてきたからこの上手さなんだなぁ~。──ところでヌーは何を読んでいるんだ?」
「ぬぅ……。別になんだっていいだろ……。」
「なにぃ! 反抗期かヌー! 見せなさい」
小森に撫でられ、ひるんだ隙に本を強奪されるヌー。
「わっ、ろうそく倒さないようにしてくださいね~……」
「むっふっふ、さあどんなオマセ本を読んでいたのかなぁヌーくん? ……えっとなになに」
「ぬぅぅ……かえせよぉ~~っ。」
「『ふわもふ! けもの図鑑』……ヒィィィッ!?」
小森は椅子から転げ落ちた。
無理もない。自分が対象にしていた『ふわもふ』がこのような本を読んでいたのだから。
かわいい甥っ子がバーチャルユーチューバーにハマっていたくらいの不意打ちめいた衝撃を受けたのだった。
ちなみに本の内容は、古今東西の毛並みの良いケモノの生態と手触りの品評を収録したものである。
「ど、どどどうして、こんなものをッッヌーくん!?」
「んぬぅ〜……他に読むものがなかったからだよぉ。かえせよぉ。」
「ウソ下手かよ!? どっかで買ってきたんだろ? 俺の知らない本だぞこれ。 まぁいいや、読み終わったら俺にも貸してくれよな」
「ぬぅ。しょうがねーなぁ。」
ヌーの口調が少し変化しているのは小森の影響が大きかった。比較的外に出ることの多いヌーだが、小森以外の人間とはほとんど話さないため、言語野が小森色に染まってしまうのはある意味必然だった。
他の二人はそれに気付いているが、直そうとするどころか成長を実感して喜ぶ始末である。
「しかし暇だな……俺だけやる事が無いじゃないか」
「お絵描き、ご一緒にどうですか? 絵日記ゲスト出演とかで!」
「い、いや……他人様の日記に出演だなんて恐れ多い……」
「じゃあ本読め。小森。」
「こんな暗い中で読んだら目が悪くなるんだぞ」
「文句ばっかり。じゃあ何もするな。」
「むぅ……」
ヌーに言われ、小森は腕を組み目を閉じ口を一文字に結んで黙ってしまった。
静寂を取り戻した部屋はかすかに強風の音が聞こえてくるのみである。
窓のない特殊な家なので、強風の対策をする必要もなく、外部の音や気候からはほぼ隔絶されているに等しい。
そして、小森が再び素っ頓狂な声をあげた。
「ハイ! ハイハイハーイ!」
「今日はテンションがお高いですね……」
常にハイテンションなあかりにそう言わしめるほど、小森は盛り上がっていた。
台風の日かつ暗い部屋でローソクを囲むという特殊なシチュエーションに興奮しているのだ。実際のところ、誰よりも子供なのであった。
「陰キャ内弁慶。」
「ハイハイ! ハイってゆってるんだけど! 手あげてるんだけど」
「あっ、はいじゃあ、小森さんどうぞ!」
あかりなら付き合ってくれるだろうという小森の信頼は功を奏した。
「怖い話をしよう。一人ずつ順番に」
「えぇ!? わたし怖いの苦手ですっ……」
「怖がりが多い方が盛り上がる! ヌーも怖いんだろ?」
「ん。別に……。」
「なら決まりだな! 一番怖かったやつの優勝だ」
「ふえぇ……」
こうして、台風一夜の怖い話大会の幕が上がった。




