99 タジン鍋とパルクール
斧の形をしたアラビアン半島の西南の端に着いた。いよいよ地球なら中東地区である。
船を降りて一緒にコーヒーを楽しんだ若手商人とは笑顔で別れた。
制服を着た軍人風の人間6人が下船準備の時からマコト達を見ていた。下船すると2人が街中に走り、3人が尾行してきた。
ミスリルインナーも着ているし戦って勝てるにしても、余計な争いは避けたい。
「マコト、どうする」
「一定距離を保っているなら、このまま街中に行こうよ。美味しい物探そう」
「あはは、マコトと一緒なら例え戦場でもマイペースで歩けそうだ」
そのまま観光することにした。
異世界では現在オースマン帝国の支配地で、街の名前はエイメン。
さっそく魚市場を巡ってみたが、カラフルな魚がメイン。マコト的にはピンとこない魚ばかりだけど一通り買った。
街の食堂を回って、店内になにやら見覚えがある鍋をみつけた。
鉄鍋の中央が盛り上がっている変わった形。
「あ、タジン鍋だ」
発祥地に諸説あるが、少ない水で調理ができる優れもの。異世界でも発明されたようだ。
にぎわっている店舗に入ってみた。
客は裕福そうで、ラム肉をタジン鍋で焼いている人が多い。
マコト&ソフィーも入った。ここは色んな人種が混在している街。一瞥して2人の服装を見ると笑顔で対応された。
「う~ん、うまそう」
「マコト、食ってみたい」
「よし入ろう」
とりあえずラム肉セットを2人前。ラム、葉物野菜、果実水が皿に盛られていた。小麦粉の平たいパンも付いている。
肉を焼いて、塩と少々の香辛料、魚の発酵調味料、香草を混ぜたタレで食べた。
「うん、なかなかだね」
「そうだな。これは参考にしたいな」
「あとでタジン鍋を買いに行こうか」
「お、周りにたまったラムの油で焼いた野菜が美味いな」
イタリアン王国のローマンのようなヒットの連続ではないが、久々に食堂で満足の味だった。
◆
店を出るとふたりは廃墟街の方に行った。石造りの古い建物が並んでいる。
尾行者は8人に増えた。
船の上で空間魔法を隠していなかった。容量が大きいことも否定しなかった。
小高い80メートルの山の廃墟に来た。
斜面に古代の家が密集して建ち並んでいる。かつての道路は削れた石に埋まって歩けない。
山の裾野、一番下の家がある場所で尾行者に囲まれた。
「おい、俺達が尾行してるの分かってここに来ただろう」
「いい度胸だ」
尾行者は軽装でナイフを胸のホルスターに付けた暗殺者のような格好になった。目も危ない。
けれど本物の化け物を見たマコト&ソフィーは怯まない。
黒ジャージ、スニーカー、下にはミスリルインナー。
「いや元々、ここで訓練する予定だったんですよ」
街の地形を使って立体移動する『パルクール』を思い出したマコトは、訓練を兼ねてソフィーと鬼ごっこしようと、ここに来た。
「そうだマコト、アイツらに鬼になってもらおう」
「いいね」
言うなり、2人はジャンプして3メートルもある家の天井につかまって、立ち上がった。
護衛らしき女はともかく、商人風の黒髪男子に、そんな身体能力があると思わなかった。
空間魔法使いは物理攻防に弱いというのが常識だ。
「ほら、付いてこい」
「いきますよ~」
慌てて尾行者が廃墟によじ登ると、2人は待っていた。
「止まれ!」
「止まるわけないだろ」
「あはは」
マコトは次の家に大ジャンプ、ソフィーは地面に降りたかと思うと、マコトと同じ家に跳び上がった。
8人の尾行者も恐らく軍の暗部を担う者。ちなみにレベルは38~43と普通の人間にしては高い。
「よっ、ほっ」
マコトは壁や崩れた石塀に手や足を掛けながら、俊敏に移動していく。
基礎ステータスはマコトの方が高いけど、立体移動に関しては経験値を加えてソフィーが巧みだ。
「ネットで見た、パルクール達人の人みたいだ、ソフィー」
「マコト、よそ見するな、後ろから来てるぞ」
「いけねっ、よっ」
計10人の人間が小山の廃墟街を飛び跳ねている。
30分ほど鬼ごっこを続けると、尾行者の方がバテてきた。
「よし、逃げ切った!」
「どっちも捕まらなかったから引き分けだな」
「いい訓練になったね」
なかなか暑い昼間。次々に集まってきた尾行者は、みんなふらふらだ。
「うん、彼らにも敢闘賞を渡そう。おいアンタら」
「くっ、もう息も切らしてないとは…お前ら何者だ」
「逆に聞くけど、俺達をオースメン帝国の軍部で取り込もうとしてるの?」
「……」
「答えないということは、正解みたいだね」
「ま、いい。それよりこれを冷たいうちに飲め」
5メートルの距離は念のために保っている。
木のジョッキにビール『イチバンの搾り』人数分ついで、ミスリルホイルで運んで尾行者の前に置いた。おつまみは魚肉ソーセージである。
こんな時でもソフィーはおもてなしをする。
ふたりはビールを飲み始めた。
「冷えてる~」
「炎天下で飲むビールもうまい!」
尾行者のひとりが、思い切ってビールに口を付けた。
「おい、毒は入ってないか」
しかし返事せず、グビグビ飲んでいる。
「ぷは~、美味い!」
結局は全員が飲んだ。
飲み終えたあと、尾行者の隊長は軍部にどう報告すべきか考えた。
それを見越したかのようにマコトが言った。手には丸い玉を持っている。
10センチのスライム爆弾だ。
今さっきまでいた廃墟街に向かってスライム爆弾を投げた。
尾行者は目を見開いた。黒髪男子は丸い玉に魔力を込めた。その量が尋常ではない。
さらに投げられた玉は手投げなのに、100メートルは飛んだ。
そして。
ど~~~~ん、と廃墟街の一角が爆発し、爆風とともに飛んできた小石を浴びた。
「エ、エクスプロージョンの魔法を込めた魔道具?」
「ありゃ~、威力がありすぎかな。ま、戦闘になって、逃げられたって報告して下さる」
ソフィーが苦笑いしながら言った。
「彼が笑ってるうちに去ってくれ。…いや違うな」
それ以上は言わなくても、マコトがソフィーの手を握った。
そうして大きな布を自分達に被せたあと、プレハブ小屋に避難した。
地面にはただ、大きな布だけが残った。
「いなくなった…」
隊長は呟いた。
「あ、あの美味いエール、売ってもらえばよかった…」




