65 いい上司と無敵のアポート術
マコトは知り合ったばかりのマリゲーリに、ソフィーに食べさせたい魚を釣ってもらった。
お礼に、竿代わりに使ったミスリルホイルを渡そうとした。
だけど、実は彼女はマコト捜索を押しつけられた王宮勤めの末端兵士。
ミスリル銀の布なんて持って帰って報告したら、欲深い上司に手柄ごと奪われるのは間違いなし。
やはり、そんな世界だ。
縦社会の中身が分からないソフィー。
「任務なのだから正直に報告すれば良かろう。私達は捕まる気はないが、それで責務は果たせるだろう」
「ソフィー、多分それ無理。汚い上司っているんだよ…」
「マコトさんの言う通りです。王宮警備隊の、どの上官殿に話を持っていっても、ご自分がみずから捜査に乗りだしたと、堂々と嘘をおっしゃられる方々ばかりです」
尊敬語は使っているが、堂々とディスっている。
「で、ミスリルの布は奪われて、俺達に逃げられた責任だけ押し付けられると」
「…はい、間違いなくそうなるかと」
マコトは楽しそうに釣りをしていたマルゲーリに、自分が作ったアイテムを使って欲しい。
「う~ん、八方ふさがりだな」
政治的知識がないソフィーは早くもお手上げだ。
けれどマコトは元会社員。日本で直属の上司は最低だったが、違う部署には相談に乗ってくれる人もいた。
「マルゲーリさんは下級貴族の三女だよね。どうやって王宮警備隊に入ったの?」
「それは、寄親でイタリアン半島の最南部を収められているカラブリヤ伯爵様の口利きによるものです」
「その人の性格は?」
「非常に温厚で、女王陛下とお茶をしながら話し相手をなさる方です。しかし政治的には積極的に意見なさいません」
「温厚だけど、ずるい人だったりしない?」
「いいえ。伯爵様は女性で、本当なら南部の海辺の子爵家に嫁いで静かに暮らす予定の方だったのです」
家督争いも避けていたが、紛争や病気で継承権が上の男子が全部息絶え、順位では継承6番手だった現伯爵が家を継いだそうだ。
そんな人だけど伴侶や側近に恵まれ、周囲の意見を取り入れながら領地を安定経営しているとか、色々と聞いた。
「ふんふん、マリゲーリさん、今から伯爵様に会いに行こうよ」
「え、いきなりですか?」
「図々しく行こう。それに見合う手土産を用意するよ」
及び腰のマリゲーリに案内させて、とりあえず3人でカラブリヤ伯爵のタウンハウスに向かった。
◆◆
タウンハウスの門の前まで来たマコトは門番を呼ぼうとした。
すると馬車が走ってきた。伯爵の馬車で間違いないらしいが、車輪は鉄製でガラガラとうるさい。
騎馬の護衛が2騎並走して、大きな声で怒鳴った。
「何者だ、そこをどけ!」
「ペルネ騎士爵の三女マルゲーリでございます。無礼は承知の上で、火急の用にて参りました。伯爵様にお目通りをお願いします」
当たり前の行動として、護衛がソフィー&マコトを認識し抜刀した。
マコトはミスリルホイルを出したソフィーを制して、両手を上げて柔らかな口調で言った。
「馬車の中の伯爵様、銀色の贈り物は届きましたか。それに魔力を込めてみて下さい」
「何を言っている。怪しいやつめ!」
マルゲーリはマコトが何を言いたいのか分からない。ソフィーは何となく分かった。
「お、お待ちなさい。カイヌもアベラも戦ってはいけません。剣を収めなさい!」
よく通る声が馬車の中から返ってきた。
馬車のドアが開いて、気品があるアラフォー美女が現れた。
顔がこわばっている。マコトが贈り物をしたからだ。おおよその位置を計算し、空間収納の収納口を馬車の中に設置した。
そうして25センチ四方のミスリルホイルを出した。価値ある物を渡せば話を聞いてくれると思った。
マコトに悪意はないけど、これ、とんでもない威圧行動なのだ。
カラブリヤ伯爵は肝が冷えた。馬車が止まったと思ったら手元に黒い渦が現れた。さらに、そこからシルクのような布が出てきた。
大いに驚いていると、若い男子の声。とっさにシルクに魔力を込めると瞬時に硬化。ギザギザの刃が付いたミスリル銀シルク。
「遮蔽物も関係ない、アポート型…無敵の空間魔法。送られたものが毒液だったなら…」
自分は、黒髪の錬金術師を捜索している国の貴族。下手な対応をすれば殺されると感じた。
話を聞く、というより黙って従うという感じになって部下を止めた。
「あ、どうもすみませ~ん。錬金術師のマコトっていいます。あなたの寄子のマルゲーリさんに世話になったんで、ご相談があります」
護衛は動こうとしたが、伯爵が小さな声で「ダメ、極めて危険な魔法使いよ」と呟いた。
マコト&ソフィー、マルゲーリは門を通され伯爵家に入れてもらった。
◆
緊張に包まれた伯爵邸で、マコトの提案は伯爵を驚かせた。
単刀直入すぎた。
黒髪の錬金術師はマルゲーリに釣りで世話になった。だから礼としてミスリル銀製の竿をプレゼントしたい。
が、彼女の立場では上司に見られたらアイテムを取り上げられる。
だから取り上げられない方法を考えてくれと言われた。
ミスリル銀シルクを見た伯爵が思い付いたのは、身の危険にさらされている女帝アテリーナに対する献上品。マルゲーリの名前でインナー一着を作れる大きさのミスリル銀シルクを差し出すことだ。
そうすれば、公言通りにマルゲーリ自身が爵位を得られる。その時に自分の直接の傘下に入れて守れる。
領地もマルゲーリの実家近くに空きがある。
「それいいですね。仲介役をお願いできませんか」
「ええ、けれど、肝心のミスリル銀シルクの大きさが…」
伯爵は見た。予想のはるか上の物を。
マコトは、空間収納から出したミスリルホイルを4本も並べた。
さらに砂糖100袋、瓶入り胡椒100本、ダンジョン卵、劣化ミスリル銀腕輪も置いた。
「1本が幅25センチで30メートルあります。献上品は2本あれば足りるでしょう」
「それで…残りの品物は?」
マコトは劣化腕輪に、2本のミスリルホイル以外の物資を全部収納した。
「そ、その腕輪は…」
「面倒をかける伯爵様の手数料ということで、お納め下さい」
「………ええっ?」
マコトの右横ではソフィーがなるほど、と笑っている。
左側ではマルゲーリの口がぽかんと開いている。
「え、私って、どうなるの…」と。
マコトにも多少の打算といえるか分からないが、考えはある。
マルゲーリの実家がある領地周辺は、地球ならシチリア島の近く。
この世界でも複雑な潮の流れが影響し、磯の魚からマグロまで捕れるのだ。
おまけに近くにランク1とランク2のダンジョンもある。
マルゲーリ、伯爵と友好関係を結び、イタリアン王国でも気兼ねなくソフィーと行ける場所を作っておきたいのだ。




