63 王城のスパイと南蛮漬け
イタリアン王国の首都ローマン近くで黒髪の錬金術師が、軍部が勝手に編成した50人規模の捕縛隊を蹴散らして消えた。
その情報が内務部を経由して王城にもたらされた。
国のトップである女帝アテリーナの耳にも入った。そんな力があるなら懐柔したい。
最近も軍の将軍であるミロ公爵のごり押しでラフランスと交戦し、完敗したばかりだ。
面倒なミロ公爵は死んでくれて軟着陸の道は開けた。しかし事後処理は山のようにあり、ラフランスの国境地帯から軍は動かせない。
さらに公爵派の人間が最後の抵抗で女帝アテリーナの暗殺を狙っている。
マコトと接触して、防御力が高いアイテムを売って欲しい。マコト捜索に人員を割けないけど、何とかしたい。
そんな状況のしわ寄せから、無茶振りされた女性がいる。王宮警備隊の末端、裏門近くの森を警備するペルネ騎士爵の三女マルゲーリである。
今回の彼女を日本の組織図風に当てはめると、下請けの下請けの下請けの、さらに下請け。
最初は女帝から側近に降りてきた命令。王宮警備隊の隊長侯爵に丸投げ↓副隊長伯爵↓小隊長子爵↓気弱なマルゲーリとなる。
ソフィーが獣人混じりという情報すら知らず、マコトが黒髪の錬金術師だけ聞かされた。
マコトの居場所をつかんで報告するか、王宮に来るよう交渉せよと。
こんなだから女帝も期待はしていない。だけど命令を受けた者からしたら任務は任務。
マルゲーリ22歳の家の領地はローマン南西部の漁村。名ばかりの貴族で召使いなんておらず、育ちは平民並。
得意なことはダンスでなく釣り。
家計を助けるため勤めに出た。魑魅魍魎だらけの貴族の中で苦労している。
「魚釣りをして時間を潰し、海岸線の捜索とでも報告するか…」
まずは干潟に釣りエサの小ガニを捕りに行った。
◆◆
マコト&ソフィーはローマンの海辺にいる。
イタリアン貴族に今後は何もする気はない。そして隠れる気もない。
貴族に出くわして恫喝されれば、嫌がらせをするだけだ。
ローマンの街に行く前に食材探し。異世界は魚が美味いが、今日の市場は欲しいやつが少なかった。
だったら釣りをしようとなって、ローマン西海岸の漁村の波止場に来た。
今日はワインビネガーを使って昼食を作る。ソフィーは楽しみにしている。
釣り針は道中の漁村で仕入れていた。
糸はキャリーバッグを分解して、めぼしいナイロン線維にミスリル銀入りスライム糊を加えて強化した。
狙うのは小アジ。
複製スルメイカを小さく刻んでエサにして、地元の子供達10人と並んで木竿の先から糸を垂らしている。
地元の子供達はプリンを食べさせて釣った。
「兄ちゃん、アジが釣れたよ」
「こっちは小さなイワシだけどいい?」
「お~、サンキュー。君達これどうぞ」
ビーフジャーキーを子供の口に放り込んだ。
「うめえ」「ありがとう!」
そこに偶然、マコト捜索の任務を押し付けられたマルゲーリがやってきた。干潟で捕まえた釣りエサの小ガニ、小ジャコを麦わらを編んだかごに入れている。
泥だらけのマルゲーリは、黒目黒髪の男子に気付いた。
「あれ…もしかして、彼は手配中の錬金術師?」
「おい、アンタ」
「ひっ、なんでしょうか」
いきなりソフィーに声をかけられた。
捜索任務中のマルゲーリは焦った。いきなり正体がバレたかと思った。
「アンタ、腹減ってるのか」
「え…なんで?」
親切ソフィーは泥だらけで小さな甲殻類を持ったマルゲーリが、食べ物と金がなくて苦労していると思った。
純粋にそれだけ。
「どうしたのソフィー」
「腹を減らした女が小ガニをナマで食べようとしてる。何かご馳走してやりたい」
勝手に空腹の貧乏人と判断した。相手が王宮のスパイなどと考えていない。
「もうすぐ昼時だね。そろそろ準備しようか」
「そういうことだ。食っていけ」
「…え、ええ……へ?」
マコトはマイキッチンを空間収納から出した。テーブルには何か入った陶器鍋、まな板、カマドには煮えた油がセットされている。
「ソフィー、小アジの内臓とゼイゴだけ取って小麦粉振って揚げてね」
「そのワインビネガーにタマネギを漬けたやつが、今回の料理の肝だな」
「そういうこと。南蛮漬けって料理だよ」
マコトはビネガーに、醤油と砂糖、タマネギを混ぜて南蛮酢を作っておいた。
「揚がったぞ」
「よし」
マルゲーリと集まってきた子供の前でアジの南蛮漬けを作った。
子供と飛び入りのマルゲーリにも振る舞う。小アジは35匹しかいないから、追加でトラウトの切り身も揚げて南蛮酢に入れた。
酢と魚をなじませる間に、子供用に日本の鳥モモ肉を大量に揚げた。
パンは山盛り。マヨネーズ、塩コショウを味付けで出してソフィーが子供達に大声で言った。
「お疲れ、食ってくれ!」
「おいしそう!」揚げ鶏に子供が飛び付いた。
任務が頭の片隅にあるマルゲーリは圧倒されながらも、マコト&ソフィーの分析をしていた。
「女の人の包丁さばきがすごい。ナイフ術の達人? 男の子は煮えた鍋を出し入れできる空間魔法使い。これはヤバイ…」
ソフィーに肩をちょんちょんとつつかれた。
「ほら、大人はこっちだ。酒は飲めるか?」
「は、はい」
いつの間にか円形のテーブルが出してあり、南蛮漬けの他にも魚料理が並んでいた。
椅子に座らされ木のジョッキを持たされた。銀色に輝く容器から透明なエールが注がれた。
「ソフィー食おうぜ」「おう」
マコトは小アジを頭からかじった。
「はぁ~、白ワインの酢なら魚と合うと思ったんだ」
「魚が何倍もうまくなってる。今日もマコトの料理でしあわせ~」
ふたりでビールをあおった。ものすごい笑顔だ。
その顔を見たマルゲーリは任務中と思いながら、ビールを口にした。
「………うま」
酒は嫌いではないが、月給の多くを家に仕送りして金はない。ぬるいエールしか飲んだことがない。
「こんなに冷たくて、のどごしがいい飲み物なんて初めてだ…」
一気に飲み干してしまった。
「おお、いける口か。まだあるぞ」
間髪入れずお代わりのビールを注がれた。勧められて魚の料理を食べると全部が美味だった。
「ああぁ~、美味し~」
「気に入ったか。午後から場所を変えて釣りをする。付き合ってくれたら晩メシと仕事料を出すぞ」
「ぜひ、同行させて下さい。エサは小ガニと小ジャコを使って下さい」
マコトが煮えた油も、離れた場所に置いてある荷物も何もかも空間収納に入れた。
それを見たマルゲーリは、マコトが大規模捜索隊を簡単に退け、煩い隊長に怪我をさせたという話は本当だと思った。
「一応これは監視任務……かな? 戦っても勝てない高位魔法使いだったって報告しよ。もう、どうでもいいや」
3杯目のビールを飲み干したあとマルゲーリは呟いた。




