40 崖ダイブとプレハブ小屋
マコトはソフィーの無事を祈りながらダンジョンの方に走った。
森に入ってダンジョン前に行くと、足場が荒れていた。
それを辿って木々の間を縫って進むと視界が開けた。向こう側は崖だ。
「いた!」
190センチを超えている長剣を持った男。その周りに4人の男がいる。
3人は網と縄を持っている。残る1人は弓。
そして…
崖っぷちにいるソフィーは左腕に矢を受けている。その上に魚を捕るような網を頭から被せられ、膝を付いていた。
人間に対する扱いじゃない。完全に獣の捕縛だ。
日本にいない奴隷狩りという人種。捕獲対象を人間と思っていない。
「ソフィー!」
「マコト来るな。こいつら強い。逃げてくれ!」
こんな時でもソフィーは、マコトが好きになったソフィーのままだ。
けれど男達は、彼女の気持ちなんてどうでもいい。
「なんだ小僧。その獣女の知り合いか」
「下等な獣人でも女のなりしてるから、騙されたのかよ」
「獣は駆除してやる。ありがたく思え!」
「お前ら…」
ソフィーの左腕から血がドクドクと流れ落ちる。マコトは頭に血が昇った。
「お前らの方が獣だ!」。マコトは吠えながら突っ込んでいった。
ポルペインからボルドー銀山に650キロを移動する間にプレハブ小屋を使って何度も魔物を倒した。
相手を無力化する方法を磨いても人間と積極的に戦ったことはない。
けれど大切な女を傷つけた奴が目の前にいる。
弓持ちがマコトに向けて矢を放った。距離は20メートル。胸に突き刺さる軌道だ。
しかしマコトは瞬時にプレハブ小屋に入った。天井の透明モニター越しに、弓持ちの足元に収納口を設置。火が付いたポリ袋の束を出した。
「ぎゃあああ」。火を噴きながら溶けるビニールが足首に纏わり付き、弓持ちは弓を手放して倒れた。
「なんだ、ガキが消えたぞ!」
そう言った男の真後ろに現れたマコトは、2キロの円盤鉄を持って振りかぶっている。
力一杯に、そいつの右肩に向かって投げた。「ざくっ」と、鎖骨に食い込む音がした。
3人目にも同じ攻撃をした。今度も相手の肩を粉砕した。残りは2人。
4人目はソフィーに絡まった網に繋がる紐を持っている。そいつには何故かバックアタックしようと思わなかった。
そいつの正面に現れて、思い切り鼻に頭突きした。
最後の190センチに視線を移した。
素早く崖っぷちのソフィーを捕まえ、左手でソフィーの首をロックしていた。
ソフィーに絡みついた網を自分の左腕に巻き付けた。
彼女を盾にして、剣はマコトに突きつけている。
投擲攻撃は封じられた。
「ゆっくり歩いて来い! 変な動きしたら女の首へし折るぞ」
「言う通りにしたらソフィーを離してくれるか」
「おう。お前が鉱山管理局員に値打ちもん渡してる錬金術師だろ。獣人よりお前の方が価値がありそうだ」
「分かった。約束は守れよ」
場所が悪い。距離は10メートルほど。マコトが空間収納口を出せる射程圏内だ。
足元に何か出すか、上から何か落とせば男は退けられる。
だけど男とソフィーは網で絡まっている。男が後ろに倒れて崖から落ちたらソフィーも巻き添えになる。
崖の高さは10メートル。下は激流の川だ。
落ちたら腕を怪我したソフィーが溺れてしまう。
そうなるくらいなら、自分がリスクを負った方がいいと思った。
奴隷狩りは、マコトが何かの移動術を使っていると思っている。だから剣でマコトの足を切ろうと狙っている。
それを奴隷狩りの視線と右手の動きから感じても、マコトはタイミングを見て突っ込む。怪我をして這いつくばってでも、ソフィーに触れてプレハブ小屋に一緒に避難する。
人間でプレハブ招待を試したことはないけど、他に手が思い浮かばない。
「抵抗はしない。そっちに行く」
両手を上げたマコトを見て、ソフィーが笑った。
「馬鹿だな…マコト、こんな女のために命なんか賭けるなよ…」
マコトが好きな笑顔じゃない、諦めた笑いをソフィーが浮かべた。
涙でにじんだ瞳が縦になり、髪の毛が金色を帯びた。
「この数日間は楽しかった…本当に楽しかった…」
ソフィーが身体強化を使った。後ろにジャンプした。捕まえていた男の顎に自分の後頭部を打ち付けた。
ごき、と鈍い男。
うめき声とともに…、男が後ろによろけて崖から滑り落ちた。ソフィーも男と絡んだ網に引っ張っぱられた。
マコトは走っていた。
落ちていくソフィーに向かってダイブした。
「ソフィーーー、手え伸ばせぇぇぇ!」
足場もない空中。ソフィーは必死なマコトの目を見た。
とっさに網の隙間から突き出した右手の中指に、マコトの左手の中指が触れた。
マコトは人間をプレハブ小屋に招待したことがない。
失敗したらソフィーが死ぬ。けれど、これしかない。
「プレハブ小屋、ソフィーも一緒に入れてくれ!」
マコトの胸から『MP10』が吸われた。
その瞬間、マコトとソフィーは空中から消えた。
奴隷狩りだけが川の流れの中に落ちていった。
◇◇
マコトの周囲の景色が変わった。プレハブ小屋の中だ。
落下していた格好のまま、逆立ちでプレハブに帰ってきたマコト。ひっくり返ってしまったけど、急いで起きた。
すると足元にはソフィーが仰向けに寝ていた。
網に絡め取られたたまま、右手を上に上げていた。何が起こったか理解できない顔だ。
「なんだこれ。どうなってるんだ…」
「良かった…。とにかく良かった。助かって良かったよ、ソフィー」
マコトはソフィーに覆い被さり泣きながら抱き締めた。
ソフィーの目にも涙がにじんできた。腕に矢は刺さったままだけど、動く右手でマコトを抱き返した。




