37 乾杯と猫獣人
誰もいない渓流地の岩の上。
マコトは、惹かれていくソフィーと二人きり。
テーブルをセットしたあと缶ビールを出した。
キンキンに冷やしておいた缶には水滴が付いている。
プルタブを引いて空けると「プシュッ」と爽やかな音が鳴った。
木のジョッキを出して斜めにし、泡立つようにトクトクトクと注いでいく。
まずソフィーを渡し、次いで自分の分も注いだ。
ソフィーの喉がゴクリと鳴った。
「多分、この世界で一番洗練されたエールです」
「そ、そんな貴重なもの、私なんかと…」
「逆ですよ。ソフィーさんと飲みたかったから作ったんです。さ、一杯目は一気にやりましょ」
『乾杯』
マコトはぐくっと飲んだ。
苦みとコク、そして冷えた泡と喉ごし。
「~~~、くぅ~~」
異世界に来て3か月、やっとビールが飲めた。
ソフィーも一気に飲んでいた。
「……うまっ。なんだろこれ…。冷たくて、エールなんて代物じゃないよな…」
にっぱ~、と斜め上を向いて笑った。
マコトも自然と笑顔になった。
「お代わりはいくらでもあります。2杯目は料理と一緒にいきましょう」
マグロの刺し身は、マコトは少々の醤油にワサビたっぷり。
ソフィーはワサビの匂いをかいで避けた。醤油はマコトに倣って付けた。
同時にパクり。
「これだよ、これ!」
「この魚と黒いソースが合う~、エールもおいし~~」
2人で2杯目のビールを空けた。
マコトは、ふと思った。日本で心を病みかけたあと異世界に来た。
だから1人の人間に多く関わらなかったけど、ソフィーといることは苦にならない。
むしろ一緒にいたい。
せっかく日本の美味しい食べ物、調味料を持ち込めて、スキルも得た。
毎日の料理も苦にならないくらいの設備もある。
自分が作った食事を食べて幸せそうで、可愛い顔を見せてくれるソフィーを旅に誘いたい。
それにソフィーも、自分に好意を持っていてくれる気がする。
「ソフィーさん、俺、あと何年か錬金の材料や、新しい食べ物を探す旅をするつもりです」
「……そうか」
「だから、俺と一緒に行きませんか」
ソフィーの顔が赤い。アルコールのせいか、それともマコトの好意を感じたせいか。
少しだけ、ソフィーが涙ぐんだ。
「行きたいけど、無理なんだ」
断られた。
「最後に、美味しい物たべさせてもらって、そんな風に言ってもらって、優しくしてもらって…」
猫目を細めて笑った。だけど泣き笑いだ。
涙がぽろぽろとこぼれている。
「けど、ダメだ。私は1人で去らなきゃならない。一緒にいたら……私もアンタと一緒にいたいけど、迷惑かけられない」
ビールで口を湿らせて、ソフィーは今まで言わなかった自分の話をした。
◆
マコトと出会った日、盗賊と戦ったソフィーは身体強化を使った。
その時、マコトはソフィーの瞳が縦になったように見えた。それは錯覚ではなかった。
彼女には、人間の国では迫害対象になる獣人の血が混じっている。
ボルビックの孤児院に彼女を預けたのは母親。
育ての親の孤児院のシスターによると、母親は猫獣人の特徴を持っていた。恐らく奴隷獣人狩りから逃げていたらしい。
幸いというか、普通にしていたらノーマルな人間と変わらないソフィーは孤児院に託された。
その後の母親の行方は分からない。ソフィーは恐らく獣人のハーフかクォーターだけど真実は確かめようがない。
ソフィーはシスターに、身体的な特徴が出たときは隠せと言われてきた。
15歳になり、敏捷性とパワーを生かして冒険者になった。4年間は自分のルーツを隠すためソロ活動だった。
1年前に何度もスカウトされ4人パーティーも組んでいた。しかし、まさかタイミングで獣人の特徴が現れた。
ここに来る数日前、ダンジョンの帰り道で油断していたとき大きなイノシシと遭遇。
負傷した仲間を助けるため限界まで身体強化をかけ、瞳が縦になった。
これは猫科獣人が強化スキルを使ったときの、典型的な特徴。
ダメ押しのように、戦いのあと治癒力を上げるため、意思と関係なく完全獣化までしてしまった。
大怪我を負ってまで助けたはずの仲間に、パーティーを追放された。
人間の奴隷は違法でも、獣人の奴隷を認めている国は多い。
かつての仲間が、貴族や奴隷狩りに情報を売る可能性は十分にあった。
捕まらないよう遠くに逃げる前に、育ててくれたシスターに会いにいった。そのとき、ケビンとマリアに会って、このボルドー銀山に彼等の手助けをするために来た。
獣人の特徴が目に現れるから、再び人間の仲間を作る気はない。
かといって、普段の見た目が人間と変わらないから、恐らく獣人の国でも受け入れてもらえない。
「だからもう、誰ともパーティーなんて組めないし、孤児院に戻って迷惑をかけるわけにはいかない」
「だから…消えるんですか?」
「うん。最後にマコト君みたいな人に出会えて良かった。食べ物だけじゃなくアンタのことが…。いや、とにかく世話になった」
マコトは理解した。
自分とソフィーは、異邦人同士。
この世界に本当の故郷はない。心の奥底にあるものは共通している。
それでこんな急速に惹かれ合ったのかも知れない。
そんなことはどうでもいい。今、はっきりと自覚した。
彼女が好きだ。




