26 高級宿屋とボアステーキ
マコトはマドリーの街を再び訪れた。旅に出る前に、持っていない物を手当たり次第買っておく。
街の門は通らずにプレハブ転移で不法侵入した。領主により指名手配されていたからだ。
深い堀があろうと異空間移動には関係ない。街外れの家の裏から、朝の喧噪に紛れて市場に行った。
大麦、ライ麦、そして小麦も2種類売っていた。また豆類も少しずつ、目に付く限り買った。
ただ魚と違い、肉類は質が悪かった。野菜類と果実に食指は動かないが、買うことは買った。
とりあえず空間収納で保存。
店舗では薬屋に入った。目当ては、地球の中世ヨーロッパでは強心剤、強壮剤として売っていたと雑学で学んだチョコレートと蜂蜜。
あとは、カエデから採れるとだけ知っているメイプルシロップ、原産地を知らないコーヒー豆と大豆、小豆。
蜂蜜はあった。チョコレートはないが、乾燥カカオ豆があった。
コーヒー豆、大豆、小豆、メイプルシロップは、薬屋の主人も存在すら知らなかった。
蜂蜜、蜂蜜酒、カカオ豆を少量ずつ求めた。プラス整腸と利尿の薬棚で見つけたゴボウ。それだけで合計1万ゴールド。
「ご店主、この店は物資の引き取りはやってくれますか?」
「モノによるな」
「じゃあこれと商品を引き換えにしてもらえません?」
ビニール袋に入った砂糖3キロ、胡椒2瓶、ビーフジャーキー4袋、日本円にして1万円分を出した。
「こ、これは…」
本物だと確認してもらい、強引に交換した。店を出ると商品を入れた麻の袋に10万ゴールドが忍ばせてあった。
紙が添えてあった『貰いすぎだよ。せめてこれだけでも受け取ってくれ 店主』
初めてマドリーの街で、いい人と会った。
カカオ豆はかじってみたが、非常に苦い。これは本当にチョコレートの原料なのかと疑うマコトだ。
さらに、種や苗木の店でいい物を見つけた。
「おばさん、そのトマトって幾ら?」
「赤くてキレイな実が成るから、最近は人気でね。一株10000ゴールドだよ」
「いちまん?」
日本では500円で買えたミニトマトの苗木に似ている。
「ああ、赤い実の品評会もあるし、お貴族様も買いに来るんだよ。え?食べるのかい。私は試したことないけど、毒があるって話だよ」
観葉植物スタートの野菜もあったと聞いている。
「トマトも、そのたぐいかな?」
5センチほどの実が3個成った苗木を買った。
もちろん、地球になかった植物も売っていた。色々と物色し終わった頃、またも歓迎していない人が来た。
欲深い商人、あくどい冒険者だ。思惑は色々でも、マコトを捕まえれば金になる。
面倒になったマコトは、野菜が山積みになった店の裏手からプレハブ小屋に入った。
いい加減にウザい。
逆に追跡者を追跡した。家財道具をみんな外に放り出そうかとか考えた。
「なんだ、家に子供がいるよ…。可哀想だから、やめよ」
街は面倒だと思った。
次の目的地に向かう。街で2番目に値段が高い宿屋だ。異世界に来てから眠るのはプレハブ小屋ばかり。
異世界転移の定番、高級宿の宿泊をしていなかった。
薄茶色の綿パン、白シャツ、ダウンジャケット、スニーカーの服装。背中にリュック。
髪は切っていないが、シャンプーして清潔にしてホテルに入った。
そして冒険者ギルドカードを提出。
「カードを確認しました。冒険者のマコト様ですね」
「予算は食事付きで3万ゴールド。それで泊まれますか?」
「はい、部屋にご案内しますので、少々お待ち下さい」
感じのいいフロントの対応。マコトは自分が領主に手配されていると聞いて警戒していたが、問題なく手続きを終えた。
部屋は4階。広さはプレハブ小屋と同じくらいだけど、家具はまずまず。テーブルと椅子があり、ベッドは日本のダブルベッドくらいあった。
「うん、いいね~。俺もプレハブ小屋の一室をこんな感じにしよう」
すでに夕方。
食堂に降りるとメインはボアステーキ。固いが小麦粉で作ったパン2個が付いていた。レモン水のような水もあった。酒は別料金。
とりあえず複製用にパン1個は収納。
ステーキは…何が物足りなかった。塩、ニンニク、香草の味付けは悪くない。肉の焼き方もいい。
料理人の腕はいいけど、調味料が足りない。肉自体も高級という割に旨みがない。
マコトは何も持たずに異世界に来た訳ではない。日本の改良された肉を食べている上に、調味料も持っている。だから舌が肥えている。
食堂自体は混んでいる。今までのマドリーの街と違い、誰もマコトを見ていない。
逆に、見られていないことで違和感を覚えた。黙って食事を終えた。
◆
マコトは部屋に帰ってベッドに寝転んだけど、落ち着かない。
何か変な感じがぬぐえない。
念のために、ベッドごとプレハブ小屋に入った。天井を白黒モニターにして、音もON。
朝になったら、ベッドを元に戻せば問題ない。
風呂を堪能して寝ていると、夜中に部屋のドアがガチャガチャと音を立てた。
なんと鍵をかけていたドアが開いた。マコトは飛び起きたが、今はプレハブの異空間の中。安全ではある。
白黒モニターで何が起こるか見ている。
8人の男が部屋に入ってきた。1人はフロントマンのマロー。あとは食堂で周りに座っていた人間。マローが合鍵で部屋のドアを開けたのだ。
残る7人は左手に縄、右手にナイフを持っている。
「おい、マロー、手配されてる黒髪の若造なんかいねえぞ」
「うそだろ。アイツ、絶対に部屋から出てないぞ」
「鍵を開けるときに勘づかれたか」
「けど、この部屋に逃げ場なんかないぞ。窓から出るにも4階だ」
「ちくしょう、領主に横取りされる前に黒髪小僧の持ち物を全部奪う算段だったのに」
錬金術の秘密を吐かせて奴隷にしてやるとか、散々にわめいている。
下の階の部屋も空いていたのに、マコトは他に宿泊客の気配もない4階に通された。それが違和感だった。
自分を見てもフロント係のマローが静かに対応してくれたのは、マナーとかホテルマンのプライドではなかった。
薄汚い犯行の準備だったようだ。
マコトはさすがに頭にきた。仕返しをすることにした。




