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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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苦痛の日々

 教会での日々は、同じことの繰り返しだった。


 朝、目が覚める。胸の鈍痛を確認する。消えていない。消えることはない。身支度を整え、祈りの間に向かう。儀式を行い、苦痛に耐え、部屋に戻り、横になる。翌朝また起き、同じことを繰り返す。


 聖女としての日課は単純だった。恐ろしいほど単純だった。


 毎朝の祈りの儀式——結界の維持のため、リーリエの身体を通じて生命力が結界に注がれる。その度に全身を貫く痛みが走る。骨の芯から灼かれるような、身体の内側が溶けていくような痛み。最初の頃は叫んでいた。石の壁に自分の悲鳴が反響して、四方から責め立てられているようだった。しかし半年もすると、叫ぶ気力もなくなった。痛みに体が慣れたのではない。叫ぶためのエネルギーが、もう残っていなかっただけだ。


 司祭たちは毎日同じ言葉を繰り返した。


「世界のために」


「崇高な使命です」


「聖女様の犠牲は、何百万の命を守っています」


 何百万の命。何百万の名前も顔も知らない人々。彼らのために、十二歳の少女が毎日苦痛に耐えている。それを「崇高」と呼ぶ。「犠牲」を美しい言葉で飾り、少女の叫びを祈りの声で覆い隠す。


 リーリエには友人がいた。教会の見習い司祭の少女が一人、リーリエに話しかけてくれた。名前は覚えていない——いや、覚えているが、思い出したくない。その子は儀式の後、廊下で蹲るリーリエに水を持ってきてくれた。「大丈夫?」と聞いてくれた。大丈夫ではなかったが、誰かが聞いてくれるだけで、少し楽になった。あの子の手は温かかった。


 しかしある日突然いなくなった。「聖女様に近づきすぎた」と上の司祭に怒られて、別の教会に移されたのだ。翌朝、あの子の部屋は空になっていた。荷物も、匂いも、すべて消されていた。まるで最初からいなかったかのように。


 以来、リーリエに話しかける者はいなくなった。


 聖女は孤独であるべきだった。余計な感情は結界の維持に支障をきたす。教会はそう考えていた。


 十三歳のある夜、リーリエはベッドの中で考えた。


 痛い。毎日、痛い。朝から晩まで、痛みが消えることはない。儀式のときは激痛で、それ以外のときは鈍痛で。どちらにしても、痛い。


 泣いた。最初の数ヶ月は、毎晩泣いた。枕を濡らして、声を殺して。しかし涙にも限りがある。泣いても痛みは消えない。泣いても誰も来ない。泣くことに、意味がなかった。


 十四歳になる頃には、泣かなくなった。


 泣かなくなったのは、強くなったからではない。泣くための感情が、枯れたからだ。


 痛みが日常になった。呼吸と同じ。心臓の鼓動と同じ。意識しなければ気づかない——嘘だ。意識しなくても痛い。ただ、痛みに反応する心が鈍っただけだ。


 季節が巡った。春が来て、夏が来て、秋が来て、また冬が来た。窓の外の景色は変わるのに、リーリエの日々は変わらなかった。同じ祈りの間。同じ痛み。同じ沈黙。


 十五歳で正式に覚醒したとき、痛みの質が変わった。


 それまでは「痛い」だった。覚醒後は——言葉がない。全身の細胞が一つ一つ燃えているような。自分の存在が薄くなっていくような。生命力が身体から流れ出していく感覚が、覚醒によって初めて自覚できるようになった。


 ああ、と思った。


 自分は燃やされているのだ。


 具体的な知識はなかった。「命が燃料」という言葉を知ったわけではない。しかし身体が理解していた。自分の中の何かが、毎日少しずつ失われていることを。


 ある日、リーリエは思った。


 もう何も感じなければいい。


 痛みを感じる心を閉じてしまえば、痛みは消える。悲しみを感じる心を閉じてしまえば、悲しみも消える。何も感じなければ——何も辛くない。


 そしてリーリエは、感情を凍結させた。


 意識的にやったわけではない。ある朝目覚めたとき、何かが違った。窓の外に差す朝の光を見ても、何も思わなかった。空腹も感じなかった。痛みはある。しかし痛みに対する反応が——消えていた。悲しくない。辛くない。何も感じない。昨日まで枕を濡らしていた涙が、一滴も出なくなっていた。


 世界が、薄いガラスの向こう側にあるようだった。音は聞こえるが、遠い。光は見えるが、薄い。何もかもが自分とは関係のないことのように感じられた。


 すべてが遠い。すべてがどうでもいい。痛みも、孤独も、「崇高な使命」も。


 死にたい、と思った。


 しかしそれすら、激しい感情ではなかった。「死にたい」ではなく「死んでもいい」に近い。むしろ「もう終わってもいい」だ。終わりを望むというより、続くことに疲れただけ。


 疲れた。


 ただ——疲れた。


 これが、リーリエの「淡々とした諦念」の正体だった。壊れたのではない。壊れる前に、自分で凍らせた。生き延びるために。生き延びる——皮肉な話だ。死にたいと思いながら、壊れないために自らを凍らせた。


 ——回想が終わった。


 リーリエは魔王城の自室にいた。膝を抱え、窓辺の椅子に座っている。冬の風が窓の隙間から入り込み、頬を撫でる。冷たいが、不快ではない。教会の石壁から染み出す冷気とは違う、外の世界の風だ。


 あの日々を思い出しても、もう何も感じない——はずだった。


 けれど今は、少しだけ違う。


 あの頃の自分が可哀想だとは思わない。同情も自己憐憫もない。ただ——この城に来てから「痛みではないもの」を知ったことで、過去の痛みの輪郭がはっきりした。温かさを知って初めて、冷たさの形がわかるように。リュカの淹れる茶の湯気。マリカが選んでくれた壁掛けの暖色。カインが黙って差し出す甘い茶。そういうものが——教会にはなかった。あの場所には温度というものが存在しなかった。


 扉が叩かれた。


「リーリエ」


 カインの声。いつもより——重い。


「話がある」


 リーリエは立ち上がった。扉を開ける。廊下にカインが立っていた。深紅の瞳が真っ直ぐにリーリエを見ている。表情が硬い。


「……重大なことですね」


 声が低い。肩に力が入っている。そして——目が真っ直ぐこちらを見ている。この人が目を逸らさないときは、逸らせないほど重い話があるときだ。


 リーリエは見てわかった。カインの表情の硬さ。声の低さ。肩の力み。すべてが「重大な知らせ」を示している。


 カインは頷いた。


「座って聞け」


「立ったままで結構です。あなたの話を聞くのに、座る必要はありません」


 カインが僅かに目を細めた。それから——ほんの一瞬だけ、口元が緩んだ。苦笑ではない。リーリエの強がりを認めるような、小さな表情。


「わかった。——ついてこい」


 カインが歩き出した。リーリエがその後を追う。


 向かう先は、執務室だった。そこでカインが何を告げるのか——リーリエには、薄々わかっていた。


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