橋渡しの始まり
光の中にいた。
リーリエの身体を、炉の力が取り巻いていた。四方八方から押し寄せる熱と光。目を開けているのか閉じているのかわからなかった。光しかなかった。
紋章が導いてくれた。
炉の中核へ向かう道筋が、紋章を通じてリーリエの感覚に刻まれていた。まるで手を引かれているように、光の渦の中を進んでいく。
やがて——中核にたどり着いた。
炉の中心。エネルギーの集約点。一人の聖女の命が燃え続ける場所。
ここだ。
リーリエは目を開けた——光に慣れた目が、構造を「見た」。
回路が走っていた。光の糸が無数に絡み合い、すべてが中央の一点に集まっている。その一点が——リーリエ自身だった。聖女の命が「燃料」として接続されるポイント。ここに命を流し込むことで、結界が維持される。
一点集中型。
一人の命を効率的に燃やすための、残酷な設計。
「……ここが」
リーリエは呟いた。声は光に吸い込まれた。
歴代聖女たちが立っていた場所。テレサが震えた場所。マリアが泣いた場所。アンナが叫んだ場所。そしてエルシェが——最初に火を入れた場所。
リーリエは回路に手を触れた。
紋章が媒介となり、回路との接続が始まった。炉の全構造がリーリエの意識に流れ込んできた。膨大な情報。光の設計図。エルシェが描き、五百年間維持されてきた構造。
その中に——エルシェが遺した「もう一つの設計」があった。
分散型。
一点集中ではなく、無数の点から微弱なエネルギーを集める設計。一人の命の代わりに、万人の祈りで炉を灯す。エルシェが「時間があれば」実現したかった、もう一つの道。
リーリエは回路の組み替えを始めた。
一本目の回路を掴んだ。一点集中の回路を断ち切り、分散型の回路に繋ぎ替える。
——痛い。
全身に激痛が走った。
回路を切り替えるたびに、炉の負荷がリーリエに集中する。切り替え中は回路が不安定になり、結界の維持に必要なエネルギーが一時的にリーリエの命から引き出されるのだ。
歴代聖女たちが耐えてきた痛みが——今、リーリエの身体を灼いていた。
「っ……」
歯を食いしばった。
二本目の回路。切り替え。
痛みが増した。全身の血が沸騰するような感覚。紋章が赤く焼けるように輝いた。
三本目。四本目。五本目。
一本切り替えるたびに、負荷が積み重なっていく。身体が軋む音が聞こえた。自分の身体の。骨が。筋が。臓腑が。聖女の命を燃料にする炉が、リーリエの命を貪るように吸い上げていく。
「……これが」
リーリエは歯を食いしばったまま呟いた。
「歴代聖女たちが——耐えてきた痛み」
テレサが十五歳で耐えた痛み。マリアが故郷を想いながら耐えた痛み。アンナが一人で耐えた痛み。エルシェが——カインを残して耐えた痛み。
全部——わかった。
この身で。この痛みで。
涙が出た。痛みの涙ではなかった。彼女たちへの涙だった。こんな苦痛の中で、一人きりで、何年も。誰にも助けてもらえずに。
「……止まらない」
リーリエは手を止めなかった。
六本目。七本目。八本目。
回路の半分まで——まだ遠い。しかし手は止めない。止められない。
「これは犠牲じゃない」
自分に言い聞かせた。
「私の選択だ」
声が震えた。痛みで。でも——消えなかった。
九本目。十本目。
紋章が赤黒く明滅している。身体の限界が近づいている。回路を切り替えるたびに寿命が削られている感覚があった。歴代聖女と同じだ。炉が命を吸っている。
しかし——止まらない。
炉の外で、カインが見守っているはずだ。拳を握りしめて。歯を食いしばって。今度こそ中に入ると決めて。
回路の切り替えが半分に達したとき——カインが来る。
それまで、持ちこたえる。
十一本目。十二本目。
身体が白熱していた。痛みが限界を超えていた。意識が霞みかけた。
——駄目。気を失うわけにはいかない。
リーリエは歯を食いしばり、次の回路に手を伸ばした。
「あとで——」
呟いた。カインとの約束。
「あとで、って言ったもの。だから——」
十三本目。
手が震えた。全身が震えた。炉の光が赤く染まっていた。リーリエの紋章が赤く、赤く、灼けるように輝いていた。
炉の外では——カインが見ていた。
炉の光が赤く変わったことに気づいていた。
拳を握りしめていた。深紅の瞳に金色が混じっていた。爪が掌に食い込み、血が滲んでいた。
まだだ。まだ入るタイミングではない。回路の半分が切り替わるまで——待たなければならない。早すぎれば回路が不安定になり、失敗する。
しかし炉の光が赤い。リーリエが苦しんでいる証拠だ。
「……リーリエ」
カインの声は——祈りだった。
炉の中で、リーリエは十四本目の回路に手を伸ばした。
半分まで——あと少し。
痛みの中で、リーリエは歯を食いしばって笑った。
生きている。
こんなにも痛くて、苦しくて——それでも生きている。
死にたがりだった自分には、この痛みすら感じられなかった。痛みを感じるのは、生きている証だ。
だから——止まらない。
第二部「灰と祈り」へ続く。




