↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

319/350

最後の言葉

 リーリエの姿が光の中に消えていく——その直前。


 立ち止まった。


 カインの心臓が止まりかけた。何か問題が起きたのか。身体に異変があったのか。炉が拒絶したのか。


 リーリエが——振り返った。


 光を背にしていた。銀灰色の髪が炉の光を受けて輝いていた。薄い青紫の瞳が——カインを見つめていた。


 その表情に——恐怖はなかった。諦めもなかった。悲壮感もなかった。


 笑っていた。


 穏やかに。温かく。目尻が下がって、頬が少しだけ上がって。目が——笑っていた。


 かつてのリーリエの笑みは、目が笑っていなかった。穏やかな顔をしていても、薄い青紫の瞳だけが虚ろだった。感情が凍結した笑み。誰に向けたものでもない、世界から切り離された笑み。


 今——目が笑っている。カインに向かって。


「あとで、ね」


 たった四文字。


 短い。あまりにも短い。しかしその四文字に——三百五十話分の重みがあった。


「あとで」。


 その言葉は「未来がある」ことを前提としている。「また会える」ことを信じている。


 死にたがりだった少女に——「あとで」は存在しなかった。未来なんて要らなかった。明日も明後日も、ただの苦痛の延長でしかなかった。


 今、リーリエが「あとで」と言った。


 「あとで」がある世界に生きている。


 カインの視界が——滲んだ。


 泣くまいと思った。五百年間、泣かなかった。初代聖女が炉に消えたときも。追放されたときも。独りで世界を彷徨ったときも。泣いたら——止まる。止まったら——壊れる。だから泣かなかった。


 だが今——滲んだ。


「ああ」


 声がかすれた。


「あとでな」


 それだけしか言えなかった。


 他に言うべきことは山ほどあった。「気をつけろ」「無理するな」「待ってる」。五百年分の言葉が喉の奥に詰まっていた。しかし出てきたのは——「あとでな」の三文字だけだった。


 それで充分だった。


 リーリエが——また笑った。目を細めて。涙が光の中できらきらと輝いていた。


 そして——向き直った。前を向いた。


 炉の光の中へ、歩いていった。


 今度は振り返らなかった。まっすぐに。自分の足で。


 小さな背中が光に溶けていった。銀灰色の髪が光に呑まれ、輪郭が消え——いなくなった。


 カインは——拳を握った。


 爪が掌に食い込んだ。痛みで意識を繋ぎ止めた。


 五百年前と同じだ。炉の向こうに聖女が消えた。光の中に。手の届かない場所へ。


 だが——五百年前とは違う。


 あのとき、カインは炉の外から見送るしかできなかった。扉が閉まり、開けられなかった。初代聖女は「あとを頼むわ」と微笑んで消えた。「あとで」ではなかった。「さよなら」だった。


 リーリエは——「あとで」と言った。


 「あとで」だ。「さよなら」じゃない。


「待ってろ。すぐに行く」


 カインは呟いた。


 まだだ。リーリエが炉の回路を半分切り替えるまで。その瞬間を待って——カインも炉に入る。五百年分の生命力を注ぎ込み、回路の切り替えを完了させる。


 今度は——炉の外にはいない。


 今度こそ——中に入る。


 カインは炉を見つめた。光の柱が揺れていた。リーリエがその中にいる。中核に向かっている。紋章を媒介に、五百年の歴史を変えようとしている。


 待つ。


 信じて——待つ。


 五百年分の後悔を超えて。


 数百年前の初代聖女との約束と——今日のリーリエとの約束。


 「あとで」。


 その約束を果たすために。


 カインの深紅の瞳に、炉の光が映っていた。金色の光が混じった。揺れていた。しかし——逸らさなかった。


 待っている。お前を。


 ——あとでな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。