私の選択
リーリエは炉の前に立った。
巨大な光の柱が目の前にある。世界の結界を支える炎。数百年分の聖女の命で燃え続けてきた光。美しくて、残酷で、圧倒的な光。
紋章が脈打っている。心臓と同期して。炉がリーリエを招いている。「燃料」として。「中核」として。
だが——リーリエは燃料として入るのではない。
振り返った。
仲間たちが見守っていた。螺旋階段の途中で——降りてきたのだろう。レオンハルトが甲冑を鳴らして立っている。リュカが小魔族たちと並んでいる。良心派の騎士たちが敬礼している。
そしてカインが——すぐ後ろに立っていた。
リーリエは深呼吸した。一つ。ゆっくりと。
そして——声を張った。
「聞いてください」
声が空洞に響いた。炉の光が揺れた。
「これは犠牲じゃない」
リーリエの声は震えていなかった。静かで、けれど確かだった。
「歴代の聖女たちは——選ばされた。自分の意志ではなく、世界のために命を差し出すことを強いられた。初代聖女エルシェは——時間がなかった。他の方法を探す時間が」
炉の光が揺れた。エルシェの名に応えるように。
「テレサは十五歳だった。マリアは故郷を離れたばかりだった。アンナは——誰にも気づいてもらえなかった」
リーリエの目から涙が溢れた。けれど声は止めなかった。
「私もそうだった。死にたがっていた。疲れ果てて、崖から落ちた。選ぶ力すら残っていなかった」
涙が頬を伝った。炉の光がそれを照らし、虹色に輝かせた。
「でも——今は違う」
リーリエは炉を真正面から見据えた。
「私は自分の足でここに立っている。誰にも強いられていない。カインが拾ってくれた。リュカがご飯を作ってくれた。レオンハルトが剣を取ってくれた。みんなが——私を『世界の一部』にしてくれた」
仲間たちの顔が、涙で滲んだ。
「だから——」
声に力を込めた。
「これは、私の選択です」
言葉が空洞に響き渡った。反響して、何度も何度も。
「生きたいから。この世界を変えたいから。もう誰も犠牲にならない世界にしたいから。——私は、自分の意志で、ここに立っている」
第一話では——崖から「落ちた」。
世界に絶望して。命を燃料にされることに疲れ果てて。自分の意志ではなく、重力に身を委ねて。
第三百十八話で——炉の前に「立っている」。
自分の足で。自分の意志で。生きるために。
「落ちる」と「立つ」。その距離が——三百五十話分の旅だった。
レオンハルトが敬礼した。右手を胸に当て、背筋を伸ばして。聖騎士の礼。しかしそこにあるのは組織への忠誠ではなく、一人の人間への敬意だった。
リュカが涙を堪え——堪えきれず、袖で顔を拭った。小魔族たちが鼻をすすっていた。
カインが——静かに頷いた。
何も言わなかった。言葉はいらなかった。深紅の瞳がリーリエを見つめていた。涙は流していなかった。けれど——その瞳の奥に、五百年分の感情が渦巻いていた。
信じている。
その視線が——そう言っていた。
リーリエは微笑んだ。カインに向かって。目尻が下がる、温かい笑み。
そして——炉に向き直った。
一歩を踏み出した。
光がリーリエの足を包んだ。温かかった。紋章が激しく脈打ち、全身が光に染まっていく。
もう一歩。
炉の光の中に入っていく。歴代聖女たちの想いが——リーリエを迎え入れるように、光が柔らかくなった。
三歩目。
振り返らなかった。前だけを見た。光の中を歩いていく。
第一話では、落ちた。
今は——歩いている。
自分の足で。生きるために。
リーリエの姿が——光に溶けていった。




