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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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聖なる炉へ

 作戦会議は、翌朝始まった。


 夜明けとともに天幕が開かれ、朝の冷気が中に流れ込んだ。昨夜の宴の名残——大鍋の匂いと、消えかけた篝火の煤の匂いが、まだ空気に残っている。けれど今朝の空気は違う。宴の温もりは去り、代わりに張り詰めた緊張が天幕を満たしている。


 合流地点の最も大きな天幕に、主要な面々が集まった。天幕の中央に大きな卓があり、その上に広げた地図の上に——目的地が記されている。


 灰の聖堂(アッシュ・カテドラル)。


 教会の本拠地にして、聖なる炉が眠る場所。大陸中央の高地にそびえる巨大な聖堂。五百年前、初代聖女エルシェが命を捧げた場所。そして——聖女制度を終わらせるために、リーリエが到達しなければならない場所。


「説明する」


 レオンハルトが地図の前に立った。砂色の髪に朝日が当たっている。軍事指揮は彼が執る。聖騎士団長としての経験と統率力が、ここで活きる。声は落ち着いて、明瞭だった。


「灰の聖堂は大陸中央の高地に位置する。標高が高く、周囲を城壁と聖術の防壁で囲まれた要塞型の聖堂だ。進入路は限られている。大司教の直属軍が守備に就いている。推定兵力は二千から三千」


 地図上に木片の駒が置かれた。敵の配置。聖堂の正門、東門、防壁のライン。


「我々の戦力は——聖騎士の良心派五十名、辺境の兵七十名、魔族の戦闘員三十名。合計百五十名。数では圧倒的に劣る」


「勝てるのか」


 辺境の領主が率直に聞いた。腕を組み、太い眉を寄せている。


「正面からぶつかれば負ける。だから——正面からはぶつからない」


 レオンハルトが地図を指差した。


「聖堂には三つの進入路がある。正門、東門、そして——地下水路。地下水路は聖堂建設時の排水路で、現在は使われていない。記録にもほとんど残っていないが——」


 カインが口を開いた。


「俺は知っている。五百年前に何度か通った。狭いが、大人二人が並んで歩ける幅はある。炉の直下まで通じている」


「ここから少数精鋭が潜入し、炉まで直行する」


 レオンハルトが駒を動かした。


「潜入組は」


「リーリエ殿と——魔王殿。二人だ」


 天幕の中が——ざわめいた。たった二人で。しかし——カインの戦闘力を知る者は、反論しなかった。


 カインが腕を組んで壁に寄りかかっていた。


「俺の役目は、リーリエを炉まで送り届けること。邪魔する奴は——全員斬る」


「シンプルだな」


「俺はシンプルが好きだ」


 レオンハルトが続けた。


「正門と東門に陽動部隊を配置する。聖騎士団と辺境の兵が正門を攻める。大司教の軍を引きつける。正面からの攻勢は本気でやる。陽動と悟られてはならない」


「東門には魔族の部隊が回り込み、裏からの突入を行う」


「俺たちの出番か」


 ハインツが歯を見せて笑った。


「魔族は夜目が利く。闇の中での戦闘は得意だ。夜襲なら任せてくれ」


「市民の方々には——後方で祈りを続けてもらいます」


 レオンハルトが市民の代表に目を向けた。声が柔らかくなった。


「炉が祈りに反応することは確認されています。儀式の間、できるだけ多くの祈りが必要です。戦場の後方で、安全を確保した場所で——祈ってください。それが——第三の道の鍵です」


 市民の代表が頷いた。中年の女性。あの母親の話を聞いて立ち上がった人。


「祈ります。全力で」


 作戦の全容が見えた。陽動、潜入、祈り。三つの柱で聖堂を攻略し、炉にたどり着く。


「炉に到達した後は——リーリエ殿が橋渡しの儀式を行う。聖女の力で炉の構造を書き換え、燃料を『聖女の命』から『万人の祈り』に切り替える。その間——カイン殿がリーリエ殿を護衛する」


「大司教は——炉の中にいるか」


 カインの問い。低い声。


「その可能性は高い。炉は大司教にとって最後の砦だ。聖女制度が終われば、大司教の権力基盤が崩壊する。全力で阻止してくるだろう」


 沈黙が落ちた。天幕の中の空気が、引き締まった。


 リーリエが——立ち上がった。


 全員の視線が集まった。


「聖なる炉に行きます」


 リーリエの声は静かだった。けれど——揺るぎがなかった。


「聖女制度を終わらせるために」


 一拍。


「そして——誰も犠牲にしない世界を、作るために」


 天幕の中が——静まった。


 そして——拍手が起きた。最初は一人。レオンハルトだった。次に辺境の領主。やがて天幕全体に広がった。聖騎士が、領主の兵が、魔族が、市民が——同じ決意を共有した瞬間だった。


 天幕を出たリーリエに、カインが追いついた。


「うまくできた?」


 リーリエが振り返って聞いた。少し不安そうな目。


「百点だ」


「あなたが点数をつけるの?」


「俺が一番厳しい採点者だからな」


「嘘。あなた、私に甘いくせに」


 カインが——目を逸らした。


「……甘くない」


「はいはい」


 リーリエは天幕を出た後、合流地点の丘の上に立った。集まった味方たちの天幕が、午後の光に照らされて並んでいる。白い天幕、色とりどりの旗、そして旗を持たない市民たちの素朴な野営。


 この人たちが——一緒に戦ってくれる。


 紋章が微かに揺らいだ。温かい揺らぎ。どこかで——誰かが祈っている。その祈りが、紋章を通じてリーリエに届いている。


 出発は——明日。最後の夜が始まる。


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