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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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各国の旗

 旗が増えていく。


 丘の上から見下ろす景色が、日ごとに変わっていった。最初は聖騎士の白い天幕だけだった。翌日、辺境の旗が加わった。その翌日、市民の野営が広がった。色とりどりの旗と天幕が、秋の丘を彩っている。


 聖騎士団の合流から三日。合流地点に——次々と、人が集まり始めた。丘の上から見下ろすと、天幕の数が日ごとに増えている。


 最初に来たのは辺境の領主だった。密書に賛同を返してきた、あの日に焼けた男。馬に跨がり、三十人の兵を率いて現れた。正規軍ではない。領民の有志だ。農夫、鍛冶屋、猟師——戦闘の訓練を受けた者も、そうでない者もいる。けれど全員が、自分の武器を持っていた。鎌を持つ者。斧を持つ者。弓を持つ者。


「約束通り来た。遅れたのは、もう少し人数を集めていたからだ」


 領主はリーリエの前で馬を降りた。革の鎧に土埃がついている。長い旅だったのだ。


「あんたの問いかけを聞いて、うちの領民が動いた。『自分にも何かできるなら』とな。止めたんだが——聞かなかった。頑固な連中だ」


 リーリエは領主の後ろに並ぶ人々を見た。農夫の手は土に慣れ、鍛冶屋の腕は太く、猟師の目は鋭い。戦士ではない。けれど——自分の意志で来た人々だ。命令されたのでも、義務でもなく。


「ありがとうございます」


「礼はいい。結果で見せてくれ」


 次に来たのは東方辺境の女領主だった。密書に「あの子が死ぬのを黙って見ているのか」と書いてきた人。


 二十人の兵と、三台の荷車を率いていた。荷車には食料、医薬品、毛布、松明が積まれている。戦争は剣だけでは勝てない。腹が減っては戦にならない。


「戦力が足りないのは承知の上よ。でも——腹が減っては戦はできないでしょう」


 女領主はリーリエを見て、一瞬——目を細めた。上から下まで見た。


「あなた、思ったより小さいのね。声だけ聞いていたら、もっと大きな人かと思っていたわ」


「よく言われます」


「声は大きいのに、本人は小さい。でも——目は大きいわ。いい目をしている。……世の中、面白いものね」


 女領主が笑った。リーリエも——少しだけ笑った。初めて会う人との間に、すぐに温もりが生まれる。それは——リーリエの変化だった。かつては他者に無関心だった。今は——人と繋がることが、嬉しい。


 二日目には、沈黙を保っていた有力者の一人が使者を送ってきた。本人は来られない。けれど——物資と資金の援助を約束する、と。旗幟《きし》を鮮明にはしないが、裏では支援する。


「典型的な日和見だな」


 カインが鼻を鳴らした。


「でも敵ではないわ。それだけで十分」


「お前は甘いな」


「甘いんじゃなくて、現実的なのよ」


 三日目。


 最も心を動かされたのは——市民の代表が来たときだった。


 どの国の兵でもない。どの領主の臣下でもない。ただの——市民。六人の男女が、徒歩で合流地点に辿り着いた。旅装は粗末で、靴は泥だらけで、顔に疲労が刻まれていた。けれど——目だけは、燃えていた。


「私たちは——真実を知って、立ち上がった者です」


 先頭に立ったのは中年の女性だった。痩せていて、旅の疲れが顔に出ている。けれど目に——火があった。消えない火。


「あの母親の話を聞きました。聖女が自分の娘と同じ年だったと。私にも——娘がいます。あの話を聞いて、いてもたってもいられなかった」


 六人は、それぞれの街から来ていた。互いに知り合いではない。良心派の修道院で情報を得て、独自にここを目指してきたのだという。歩いて。何日もかけて。


「私たちの祈りが力になるなら——力を貸したい。剣は振れません。魔法も使えません。でも祈ることはできます」


 リーリエは——六人の前に立った。


 この人たちは、何も持っていない。軍事力も政治力も。あるのは——自分の意志だけ。けれどその意志が、炉を動かす。祈りが炉に届くことは——既に証明されている。むしろこの人たちこそが、第三の道の核心だ。


「皆さんが来てくださったことが——何よりの力です」


 リーリエの声が揺れた。嬉しさで。


「ありがとうございます。本当に」


 合流地点に天幕が増えた。旗が増えた。聖騎士団の白。辺境の領主たちの各色の旗。そして旗を持たない市民の姿。


 カインが丘の上からその光景を見下ろしていた。リュカが傍にいた。


「……立派になったな」


 カインが——小さく呟いた。リーリエが大勢の前で一人一人の手を取り、感謝を述べている姿を、遠くから見つめて。


「最初からですよ」


 リュカが返した。軽口ではなかった。


「お嬢は最初から——あの人でしたよ。旦那様が気づいていなかっただけで」


 カインは——何も言わなかった。ただ、リーリエを見ていた。


 リーリエは丘の上で、集まった人々を見つめた。領主の兵。市民の代表。聖騎士団。それぞれが違う旗を持ち、違う理由でここに来た。けれど一つだけ共通しているのは——自分の意志で来たということ。命令ではなく。義務でもなく。


 その事実が——リーリエの胸を温かくした。


 残るは——魔族の仲間たち。


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