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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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騎士の合流

 聖騎士団の旗が——見えた。


 朝の空気が冷たかった。吐く息が白く曇り、足元の草に霜が降りている。季節は秋から冬に向かっている。時間の流れを、身体で感じる。紋章の揺らぎは続いている。残された猶予は少ない。


 隠れ家から半日の距離にある合流地点。見晴らしの良い丘の上に、リーリエは立っていた。カインが傍にいる。リュカと従者たちが後方に控えている。朝の風が強い。リーリエの銀灰色の髪と外套が、風に揺れていた。


 丘の向こうから——砂埃が上がった。


 整然とした隊列。白銀の甲冑が朝日に煌めいている。ただし——紋章がない。教会の紋章を外した、無地の甲冑。かつて胸に刻まれていた教会の聖印の跡が、白く残っている。教会ではなく、自分の信念のために戦うと決めた騎士たちの証。


 先頭に立つのは——レオンハルト・クレーフェ。


 砂色の短髪。琥珀色の瞳。右頬の古い刀傷。旅の汚れがあったが、背筋は真っ直ぐだった。この男の背筋は——どんなときも、真っ直ぐだ。嵐の中でも、絶望の底でも。


「お待たせした」


 レオンハルトが丘を上り、リーリエの前に立った。後ろに——五十人ほどの聖騎士と、倍以上の聖職者が続いている。隊列は整っているが、表情はさまざまだった。緊張。決意。恐怖。希望。教会を離れるということは——故郷を捨てるに等しい。


「これが——良心派の全員ですか」


「全員ではない。まだ各地で活動を続けている者もいる。だが、戦闘に参加できる者はすべて連れてきた」


 五十人の聖騎士。百人以上の聖職者。教会の総兵力からすれば少数だ。けれど——教会の内側から真実を知って立ち上がった者たちだ。大司教の命令ではなく、自分の良心に従って歩いてきた者たちだ。


 レオンハルトが振り返った。聖騎士たちに——頷いた。


 一斉に、聖騎士たちが片膝をついた。甲冑の金属音が丘に響いた。五十の膝が同時に地面を打つ音——それは重かった。鎧の重さだけではない。覚悟の重さだ。


「聖女様」


 一人が声を上げた。若い聖騎士。まだ二十歳にもなっていないだろう。頬に傷はない。戦場を知らない、けれど決意だけは持っている顔。


「お供します」


 別の声。年配の聖騎士。白髪交じりの顎髭。目尻の深い皺。歴戦の騎士だ。何度も戦場を生き延びてきた者の目をしている。


「お供します」


 次々と。五十の声が——重なった。


「聖女様。お供します」


 リーリエは——息が詰まった。


 この人たちは、教会を離れた。家族を残し、地位を捨て、「異端者」の烙印を押される覚悟で来ている。聖騎士の誓いを——教会ではなく、自分の良心に向けて立て直した人々。彼らにとってこの行軍は、片道切符だ。教会に戻る道はもうない。


 リーリエは一歩前に出た。


「立ってください」


 声が——凛としていた。風が吹いた。髪が揺れた。


「私は——もう聖女ではありません」


 聖騎士たちが顔を上げた。薄い青紫の瞳を——見た。かつて虚ろだった瞳が、今は光を宿している。


「ただの——生きたい、一人の人間です」


 沈黙が落ちた。風が丘を吹き抜けた。


「あなたたちが守るべきは聖女ではなく——自分自身の信念です。それを持って来てくださったことが、何よりの力です。だから——跪かないでください。私の前にではなく。あなたたちは、あなたたち自身のために、ここに立っているのだから」


 聖騎士たちが——立ち上がった。一人、また一人。最後に年配の聖騎士が膝を伸ばし、背筋を正した。


 レオンハルトが微笑んだ。嘘がつけない目が——温かかった。


「聖騎士が守るべきは教会ではなく、人だ」


 レオンハルトが言い切った。声に揺らぎがなかった。


「それが——五百年前の初代聖騎士から受け継いだ、本当の誓いだと。今は、そう信じています」


 レオンハルトが——カインに向き直った。


 琥珀色の瞳と深紅の瞳が、交差した。


「初代聖騎士殿」


 レオンハルトの声が——僅かに、硬くなった。敬意と緊張。幼い頃から初代聖騎士の伝承を敬い、その理想を追いかけてきた男が——理想そのものと向き合っている。五百年を超えて。


「……団長で十分だ」


 カインは素っ気なく言った。けれど——視線を逸らさなかった。


「かつての自分を見ているようで——居心地が悪い」


「光栄です」


「褒めてない」


 リーリエが二人の間に割って入った。


「仲良くしてね」


 カインとレオンハルトが同時にリーリエを見た。二人とも——少し困った顔をしていた。聖騎士たちの間から笑い声が漏れた。


 聖騎士たちの合流が完了した。味方が——増えた。数だけではない。教会の内側からの正当性を持つ者たちだ。大司教が「魔王の策略」と呼ぶものに、教会自身の騎士が参加している。その事実は——何千の兵力よりも重い。


 リーリエはその日の夕方、テラスから合流地点を見下ろした。聖騎士の白い天幕が、夕日に照らされて金色に光っている。その光景を見て——胸の奥で、何かが温かく灯った。


 一人ではない。もう、一人ではない。


 最終決戦の態勢が——少しずつ、整っていく。


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