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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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拒絶

 反応は——早かった。


 覚悟していた。けれど、覚悟と現実は違う。頭で理解していることと、心で受け止めることは、まるで別の行為だ。


 真実を公開した翌日から、各地の報告が良心派のネットワークを通じて隠れ家に届き始めた。リュカが報告を整理し、卓の上に地域ごとに分けて並べた。赤い布切れが挟まれているのが「拒絶」、灰色が「動揺」、青が「肯定」。卓の上は——ほとんど赤で埋まっていた。リーリエは卓の上に広げた報告書を一枚ずつ読んだ。一枚読むごとに、胸が重くなった。


 拒絶。


 それが、圧倒的多数の反応だった。


「嘘だ。聖女が自らそんなことを言うはずがない」


 中央の大都市からの報告。教会の信仰が最も篤い地域だ。大聖堂の前で良心派の修道士がリーリエの言葉を読み上げたが、民衆は最後まで聞かなかった。途中で叫び声が上がり、修道士は石を投げられて追い払われた。リーリエの言葉は「魔王に洗脳された聖女の戯言」として処理された。


「聖女を返せ! 魔王から救い出せ!」


 別の都市からの報告。暴動の兆候さえ見える。リーリエの名を掲げた抗議が教会への忠誠を再確認する集会に変わり、大司教グレゴリウスを支持する声が高まっている。結界を守れ、聖女を取り戻せ——その叫びの中に、真実への恐怖が透けて見えた。人は——知りたくない真実を突きつけられると、怒る。真実ではなく、真実を語った者に怒りを向ける。


 リーリエは報告書を一枚一枚読んだ。合計十七枚。そのうち、肯定的な反応を示した地域は——二つだけ。辺境の街。結界の弱体化で既に被害を受けている地域だ。残りはすべて拒絶。


「魔王の策略に惑わされるな——教会がそう喧伝しています」


 リュカが最新の報告を持ってきた。表情は珍しく真剣だった。軽口がない。


「各地の教会が一斉に声明を出しました。『聖女は魔王に囚われ、洗脳されている。あの声は聖女の意志ではない』と。……大司教、動きが早いですね」


「準備していたのよ」


 リーリエは静かに言った。


「大司教グレゴリウスは——私たちが真実を公開する可能性を、最初から想定していたはず。だから反論の準備もできていた」


 当然のことだ。あの男は——冷徹な知性の持ち主だ。すべてを計算に入れている。聖女が真実を暴く可能性も。その場合の火消しの手順も。灰色の瞳の奥で——常に、三手先を読んでいる男。


 リーリエは窓の外を見た。空は曇っていた。灰色の雲が低く垂れ込めている。


 拒絶は——覚悟していた。全員がすぐに受け入れるとは思っていなかった。五百年続いた制度だ。教会への信仰は人々の生活の根幹にある。朝起きて祈り、食事の前に感謝し、夜眠る前に聖句を唱える——そうした日常の中に教会がある。それを一日で覆せるはずがない。


 覚悟していた。


 けれど——覚悟と感情は、別のものだ。


 胸が痛かった。声を上げたのに。勇気を出したのに。世界は——聞いてくれなかった。


 ある都市の広場の様子を伝える報告が、最も堪えた。


 ——民衆が集まり、良心派の修道士が聖女の言葉を読み上げた。途中で石が飛んだ。修道士は額を切った。血が流れた。それでも最後まで読み上げたが、民衆は「嘘つき」と叫んで立ち去った。修道士は広場に一人残された。


 石が、飛んだ。真実を伝えようとした人に。額から血を流しながら、それでも最後まで読み上げた——その人の勇気を思うと、胸が軋んだ。


 リーリエは報告書を卓に置いた。手が、僅かに震えていた。


「……最初から全員が受け入れるとは思っていない」


 自分に言い聞かせるように、言った。声が——少し、揺れた。


「これからだ」


 隣に、カインがいた。いつからいたのか。壁に背を預けて立っている。報告書を読んではいない。けれど——リーリエの表情を見れば、内容はわかったのだろう。


「種は蒔いた。芽が出るには時間がかかる」


「……わかっているわ」


「わかっている顔じゃないな」


 カインの声は素っ気なかった。けれど——優しくもなかった。慰めではなかった。事実を言っているだけだ。この男は——リーリエに嘘をつかない。甘い言葉で誤魔化さない。


 リーリエは唇を噛んだ。そしてゆっくりと、息を吐いた。


「……そうね。わかっているつもりだっただけかもしれない」


「それでいい。わかっているつもりで進め。本当にわかるのは——後からだ」


 カインは壁から背を離し、リーリエの隣に来た。座らなかった。ただ——傍に立った。


 何も言わなかった。慰めの言葉はなかった。「大丈夫だ」とも「うまくいく」とも言わなかった。ただ、傍にいた。


 しばらくして——リーリエが、小さく呟いた。


「……いてくれるだけで十分」


 カインは答えなかった。けれど——傍を離れなかった。


 拒絶は予想通りだった。ここからが本番だ。民衆の心が動くには時間がかかる。その間に——大司教が反撃に出る。


 次の報告が届いたのは、その日の夕方だった。


 リーリエは窓の外を見つめた。灰色の空の下で、風が木の枝を揺らしている。葉が一枚、はらりと落ちた。秋が深まっている。時間が過ぎていく。紋章が微かに揺らんだ。残された時間は——少ない。


 大司教グレゴリウスが——声明を出した。


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