新たな味方
帰還から三日目。
魔王城の広間に、三人が顔を揃えた。
カインが上座に座っている。右隣にリーリエ。そしてテーブルの向かい側に——レオンハルト。白銀の鎧を脱ぎ、簡素な革鎧に着替えている。教会の紋章は外してある。
レオンハルトが——立ち上がった。
「改めて——宣言する」
声は硬かった。軍人の声。けれどその奥に、覚悟が滲んでいた。
レオンハルトは自分の胸に手を当てた。かつてそこにあった聖騎士の紋章。今はもうない。指先が触れるのは、ただの革鎧の表面だけ。紋章があった場所に、微かな凹みだけが残っていた。何年も身につけてきた重さが、幻のように胸に残っている。
「俺は——教会と決別する。聖騎士団長の肩書きを捨てる」
テーブルの上に、何かを置いた。
銀の徽章。聖騎士団長の証。教会から授けられた、最高位の騎士の印。レオンハルトが半生をかけて手に入れたものだ。
「俺はもう聖騎士団長ではない。ただの——聖女を守りたい一人の騎士だ」
銀の徽章が、テーブルの上で灯りを反射した。静かに光っていた。
カインは徽章を見た。表情は変わらなかった。
「それを置いて——どうするつもりだ」
「あなたたちに協力する。教会と戦うなら、内部の情報が必要だろう。俺が提供できる」
「信じるとでも?」
「信じなくてもいい。情報の真偽は、あなたが判断すればいい」
カインの目が——レオンハルトを射抜いた。深紅の瞳が、相手の内面を測るように。
レオンハルトは視線を逸らさなかった。琥珀色の瞳が、まっすぐにカインを見返した。嘘がつけない目。そうキャラクターシートに書かれた通りの——正直すぎる目。
カインが——小さく息を吐いた。
「話せ。何を知っている」
レオンハルトが椅子に座り直し、語り始めた。
教会軍の兵力配置。城塞の弱点。補給線の経路。大司教の側近の動向。聖騎士団内部の派閥。教会が保有する聖術兵器の種類と数。
情報は——詳細だった。聖騎士団長として数年間、教会の中枢に近い位置にいたレオンハルトの記憶は、軍事的に極めて価値が高かった。
「……思っていたより詳しいな」
カインが認めた。渋々だったが——本心だった。
「これまで一人で戦っていたのか」
「文句あるか」
「いや——よく一人で持ち堪えたと思っただけだ」
カインは返答しなかった。けれど——否定もしなかった。
窓から差す朝日が、テーブルの上の徽章に反射した。銀の光が天井に小さな円を描いている。それが微かに揺れていた。暖炉の熱で空気が揺らいでいるのだ。
リーリエが口を開いた。
「レオンハルト団長——いえ、レオンハルトさん。本当に、ありがとうございます」
レオンハルトの頬が——微かに赤くなった。
「礼を言われることではない。俺は——自分の正義に従っただけだ」
「それでも。あなたは勇敢な方です。教会に背を向けるのは——怖かったはずです」
レオンハルトの口が開きかけて——閉じた。「怖くなかった」と言いかけて、嘘をつけなかった。リーリエの目が——あまりにもまっすぐだったから。
「……少しは」
「でも、来てくれた。ありがとうございます」
リーリエが微笑んだ。穏やかな笑み。目が笑っている。
レオンハルトの肩から力が抜けた。この笑顔を見ると——自分の選択が間違っていなかったと思える。
その瞬間——リーリエの肩に手が置かれた。
カインの手。
ぽん、と。軽く。けれど明確に。
「もういいだろう。長話は身体に障る」
カインが言った。声は平坦だった。表情も変わらない。けれど——リーリエの肩に置かれた手が、「ここにいるのは俺だ」と主張しているように見えた。
リュカが給仕をしながら、にやにやしていた。
レオンハルトは咳払いをした。
「……続きを話すが、いいか」
「続けろ」
カインがリーリエの肩から手を離した。何事もなかったかのように。
レオンハルトが情報の続きを語った。大司教の行動パターン。教会内で聖女制度の真実を知る者の範囲。教会が恐れているもの——「魔王の正体が世間に知られること」と「結界の維持方法が暴かれること」。
「大司教は——あなたの正体を知っていると思う」
レオンハルトがカインに向けて言った。
「あの日、あなたの剣を見た。初代聖騎士の剣。教範の原型。大司教も報告を受けたはずだ」
カインの表情が——わずかに引き締まった。
「……そうだろうな」
「あなたは——本当に魔王なのですか」
直接的な問い。レオンハルトらしい、裏のない問いかけ。
カインは——長い沈黙の後、答えた。
「……今はまだ話せない。だが、いずれ」
「あなたの剣は、魔王のものではなかった。それだけは確かだ」
レオンハルトの声は静かだった。
カインは答えなかった。けれど——否定もしなかった。
二人の間に、短い沈黙が流れた。
敵同士だった二人が、同じテーブルで向かい合っている。正体も目的も異なる。けれど——聖女を守りたいという一点で繋がっている。
味方が増えた。
一人ではなくなった。カインと、リーリエと、レオンハルト。三人の視線がテーブルの上で交差している。暖炉の火が三人の影を壁に落としていた。
それは——途方もなく大きな変化だった。
会議が終わった後、リーリエは中庭に出た。冬の空が高い。風は冷たいが、陽光が温かい。頬に光が当たると、皮膚が微かに痺れる。地下にいた間、陽の光に触れていなかったから。石のベンチに座り、深呼吸した。冷たい空気が肺の奥まで染みる。生きている。呼吸ができる。光を浴びることができる。
カインと、レオンハルト。かつて敵だった二人が、同じテーブルに座っている。教会側の騎士が、魔王の側に立っている。それは——世界が変わり得ることの証拠だった。
一枚岩だと思っていた世界に、亀裂が入った。教会の内部にも、正義を求める人間がいた。辺境の領主にも、沈黙を破ろうとする人間がいた。
リーリエ一人では何もできない。カイン一人でも限界がある。けれど——味方が増えれば。声を上げる人が増えれば。
「第三の道」——カインがちらりと口にしたその言葉が、心に残っていた。聖女制度を終わらせる方法。誰も犠牲にしない道。それが何なのか、まだわからない。けれど——探す価値がある。
カインとリーリエとレオンハルト。三人なら——もっと遠くまで歩ける。
リーリエは空を見上げた。雲の間から陽光が差し込んでいる。顔に光が当たると、目を細めた。まぶたの裏が赤く透ける。温かい。冬はまだ終わらない。けれど——春の予感が、微かに空気に混じっていた。




