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魔王は死にたがりの聖女を拾い、今日も溺愛で生かしにかかる  作者: 蒼月よる


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真実を求める者たち

 客人が魔王城を訪れた。


 それは予想外の来訪だった。教会軍が包囲を続ける中、辺境の領主の紹介で一人の学者が城に辿り着いた。教会軍の監視網を掻い潜り、夜陰に紛れて裏門から入ったのだという。リュカが裏門の警備をしていた夜で、「怪しいじいさんが来た」と報告が上がった。


 カインは広間で学者を迎えた。


 小柄な老人だった。白い髭を蓄え、厚いレンズの眼鏡をかけ、背中を丸めている。旅の疲れが見て取れたが、目だけは鋭く輝いていた。知識を求める者特有の、好奇心の光。腕に抱えた革鞄は古びていて、中から書類がはみ出している。教会の歴史学者として長年研究を続けてきた人物で、名をエルンストと言った。


「魔王殿——いえ、カイン殿とお呼びした方がよろしいですかな」


 学者は物怖じしなかった。魔王の名に怯えもしない。広間に通され、カインの深紅の瞳に見つめられても——姿勢を崩さなかった。学者の好奇心が恐怖を上回っているのだ。あるいは——ここに来ると決めた時点で、恐怖は乗り越えていたのかもしれない。


「好きに呼べ。用件は」


 カインの声はぶっきらぼうだった。しかし学者を門前払いにしなかったこと自体が——カインの判断だった。辺境の領主の紹介状を確認し、学者の素性を調べた上で、会うことを決めた。


「教会の歴史書に——消された頁があるのです」


 学者が革鞄から古い帳面を取り出した。革の表紙が擦り切れ、頁の端が黄ばんでいる。何十年も持ち歩いていたのだろう。


「私は教会の古文書室で三十年、歴史の研究を続けてきました。古文書の整理、修復、分類。地味な仕事です。しかしその中で——不審な点を見つけました。最初は些細な違和感でした。しかし調べれば調べるほど、違和感は確信に変わっていった」


 帳面を開き、カインの前に広げた。几帳面な文字がびっしりと書き込まれている。三十年分の研究記録。


「歴代聖女の記録です。教会の公式記録では、歴代の聖女は全員が『病死』もしくは『自然死』とされています。しかし——」


 学者の指が帳面の一行を示した。


「死亡年齢に規則性があるのです。初代を除き、歴代聖女は全員が覚醒から十年以内に亡くなっています。十七歳で覚醒した者は二十七歳以前に。十五歳で覚醒した者は二十五歳以前に。例外なく。これは——病死にしては不自然です。若くして亡くなること自体は珍しくない時代もありましたが、覚醒後の年数に規則性があるのは——偶然ではありえません」


 カインの目が鋭くなった。


「それだけではありません。聖女の死亡記録の頁には——破り取られた痕跡があります。元々書かれていた死因が消され、上から『病死』と書き直されている。古い墨の上に新しい墨が乗っている。紙を透かして見れば、下の文字が微かに読めます。しかし完全には解読できませんでした」


「つまり——死因が改竄されている」


「その通りです。そして改竄の手法が統一されています。同じ書式、同じ墨の種類、同じ筆跡の癖。つまり——一人の人間が、複数世代にわたって記録を改竄した可能性があります。あるいは、同じ手順書に従って複数人が改竄した」


 学者が帳面を閉じた。


「教会は何かを隠しています。歴代聖女の本当の死因を。——そしてその隠蔽は、組織的に行われています。一人の聖職者の独断ではない。教会の上層部が関与している」


 カインは椅子の背もたれに身を預けた。


 知っていた。カイン自身は五百年の間にそれを突き止めていた。初代聖女を失った後、長い歳月をかけて真実に辿り着いた。しかし——教会の内側から独自に真実に辿り着いた者がいるということは、別の意味を持つ。外から告発するのと、内から証拠を持ち出すのでは——重みが違う。


「お前が見つけたものは——真実の端だ」


 カインが低い声で言った。


「聖女の本当の死因を知りたいか」


 学者の目が光った。レンズの奥の瞳が輝いた。


「もちろんです。三十年、この疑問を追ってきました。教会の古文書室で、夜ごと記録を読み返し、矛盾を探し、証拠を集めました。——真実を知りたい。それだけのために、ここまで来ました」


 カインはリーリエを呼んだ。リーリエの許可を得て、学者に聖女制度の概要を伝えた。命が燃料であること。結界の維持のために聖女が消費されること。教会がそれを隠蔽してきたこと。


 学者は——衝撃を受けた。


 しかし「嘘だ」とは言わなかった。代わりに、眼鏡を外し、レンズを布で拭いた。時間をかけて、丁寧に。それから眼鏡をかけ直し、目を閉じた。長い溜息をついた。


「……やはり、そうでしたか。三十年の疑問が——ここで解けました。予感はありました。死因の改竄、不自然な死亡年齢、教会上層部の秘密主義。すべてが——そこに行き着くのだろうと」


 覚悟の表情だった。三十年間この瞬間を待っていた男の顔だった。


 リーリエが広間に入ってきた。白と黒の外套。銀灰色の髪。穏やかだが芯のある目。


 学者がリーリエを見て——深く頭を下げた。老いた背中がさらに丸くなるほど。


「聖女様。——いえ、リーリエ様とお呼びしてもよろしいですか」


「はい。どうぞ」


「私のことを——調べてくださったのですね。歴代聖女の方々の記録を」


 リーリエの声が温かかった。


「ええ。歴代聖女の方々の死因が全て『病死』であることに——違和感がありました。あれほど強い力を持つ方々が、揃って病で亡くなるのは不自然です。真実を知りたかった。そして——真実がわかった今、看過はできません」


 学者が顔を上げた。眼鏡の奥の目が潤んでいた。


「歴代聖女の方々の無念を思うと——この老骨に何ができるかはわかりませんが、真実を広める手助けはできます。教会の記録を持ち出しています。改竄の証拠を。三十年分の研究記録も。どうか——お役立てください」


 リーリエの目に涙が浮かんだ。


 歴代聖女のために動いてくれた人がいる。見も知らぬ過去の聖女たちの無念に心を痛め、三十年かけて真実を追った人がいる。一人の老学者が、人生をかけて真実を掘り起こした。


「ありがとうございます」


 リーリエが深く頭を下げた。学者が慌てて「いえいえ、頭を上げてください」と手を振った。


 広間を出た後、リーリエがカインの隣に並んだ。廊下を歩きながら。


「味方が増えましたね」


 リーリエの声が——少しだけ、嬉しそうだった。唇の端が持ち上がっている。


「……ああ」


 カインの答えは短かった。しかし——その表情が、わずかに緩んでいた。五百年間、ほとんど一人で戦ってきた男の顔に、微かな安堵が浮かんでいた。


 味方が増えている。孤立していた魔王城に、外から手を差し伸べる者が現れ始めた。学者がもたらした情報は、教会の隠蔽の一端を暴くものだった。


 しかし——大司教の「別の方法」は、刻一刻と迫っている。


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