番外編3:陰術師の刺客、暗躍する影
6月10日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
旧校舎での事件から数日。平穏が戻ったかに見えた賀茂家だったが、黒幕の汚い手はついに本丸へと伸びようとしていた。
「トワ姉、最近ずっと庭で猫と喋ってるよね……大丈夫?」
居間で宿題を広げていた弟の陸翔が、怪訝そうな顔で窓の外を指差した。
縁側では、永遠が黒猫のジルと向き合い、何やら真剣な表情で印を組む特訓をしている。
「放っておきなさい、陸翔。永遠は今、賀茂の跡取りとして一番大事な時期なんだから」
父の春樹が苦笑しながらフォローを入れるが、その表情にはどこか暗い陰りがあった。
陰陽寮の内部で不穏な動きがあることを、事務官である彼は敏感に察知していたのだ。
(トワ、集中して。主の術は『形』じゃない。『意志』で霊力を編み込むんだ)
「わかってるわよ、ジル! でもこれ、結構疲れるんだから……」
ジルを通じた厳しい特訓の最中、不意に周囲の空気が凍りついた。
◇◇◇◇◇
「――賀茂の家も、ずいぶんと賑やかになったものだ」
不気味な声と共に、庭の青々とした木々が一瞬で枯れ落ち、どす黒い霧が立ち込めた。
霧の中から現れたのは、顔の半分を白い包帯で不気味に隠した異形の男。陰陽寮の黒幕が放った直属の暗殺者、『影縫いの九条』だった。
「お前は……! お父さんに何の用よ!」
「事務官殿には少し、異世界の知識について詳しく吐いてもらわねばならん。邪魔だ、小娘」
九条が袖から放ったのは、怨念を物理的な質量へと変えた『特級呪霊』。
それは巨大な蜘蛛のような醜い姿に変じ、凄まじい速度で春樹と陸翔のいる居間へと突っ込んだ。
「お父さん、陸翔! 下がって!」
◇◇◇◇◇
トワが割って入るよりも早く、特級呪霊の鋭い爪が彼女を襲う。
反射的に霊力の結界を張るが、これまでの雑魚とは次元が違う重圧に、結界の表面にピキピキと亀裂が入っていく。
「くっ、重い……!」
(トワ、ボクの核に触れて! 主の霊力を完全にシンクロさせるんだ。今の君なら、あの『鳳凰』をさらに昇華できるはずだよ!)
ジルがトワの肩へと素早く駆け上がり、その蒼い瞳とトワの瞳が真っ直ぐに重なり合った。
その瞬間、トワの脳内に、リーファスが異世界で戦ってきた凄まじい記憶の奔流が流れ込んでくる。
「……見えた。叔父さんなら、こうする!」
トワの全身から、これまでの蒼炎を遥かに凌駕するほど純度の高い、透き通るような青い輝きが溢れ出した。
「――急々如律令。賀茂流奥義・蒼炎鳳凰撃!」
放たれたのは、もはやただの炎ではなかった。
美しくも猛々しい青い鳥が、特級呪霊を正面から完全に飲み込み、その存在を因果ごと焼き尽くすように一瞬で消滅させた。
「な……馬鹿な、子供がこれほどの術を……ぐわああああ!」
影に潜んでいた九条もその凄まじい余波を受け、右腕を激しく焼き焦がしながら、闇の中へと這うように逃げ去っていった。
◇◇◇◇◇
嵐が去り、ショックで気を失っていた家族の無事を確認したトワは、その場にへたり込んだ。
しばらくして、胸元のお守りがいつもより少しだけ強く、心地よい熱を帯びた。
『……永遠さん。……見ていたよ。今のは、私が教えていた時よりもずっと洗練されていたね』
通信越しに聞こえるリーファスの声は、どういうわけか、少しだけ鼻声だった。
「叔父さん……もしかして、泣いてる?」
『……馬鹿なことを。砂漠の砂が目に入っただけだよ。……それより、春樹さんと陸翔を助けてくれてありがとう』
その言葉に、トワは思わず胸が熱くなった。
正体が大好きな叔父だと分かってから、どこか気恥ずかしかった「ありがとう」という言葉が、今は何よりも誇らしく感じられる。
「……ねえ、叔父さん。私、もっと強くなるよ。叔父さんがこっちの心配を全くしなくていいくらいに。だから……」
『ああ。約束するよ。こちらの大仕事が片付いたら……また会いに行く』
ジルが満足げにゴロゴロと喉を鳴らし、トワの膝の上で丸くなった。
刺客の襲来は、さらなる激闘の序章に過ぎない。しかし、少女の心には、異世界にいる英雄と同じ「賀茂の誇り」が、美しい青い炎となって静かに燃え始めていたのだった。
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