狂乱の銃口――英霊リチャード・ガトリング
5月26日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
実家を追い出された私たちは、ビンセント兄さんから手渡された資金を基に、まずは仕立て屋へと向かい、みすぼらしかった衣服を全面的に整えた。
私が着ていた亡き母の形見(祖父の軍服)はかなり年代物で生地が傷んでおり、今後の激しい戦闘には心もとなかった。クリスが着ていた母のメイド時代のお下がりも、所々がへたって擦り切れている。
私たちはこの機会に、仕立て屋で頑丈かつ動きやすい衣服を新調した。それまで着ていた思い出深い古い服は、クリスの空間魔法(収納)の中へと大切に保管することにする。両方とも大切な形見のようなものだ。いつか生活が落ち着いたら、綺麗に修繕して取っておくつもりである。
心機一転、真新しい衣服に身を包んだ私たちは、ついに生まれ育った領地を出るために歩き出した。
◇◇◇◇◇
ガタゴトと、舗装の甘い街道を車輪が激しく跳ねる音が響く。
スミス伯爵領を後にした乗り合い馬車の中は、どこか重苦しい空気に包まれていた。
窓の外には、見渡す限り緩やかな起伏が続く、青々とした大平原が広がっている。時折、どんよりとした低い雲の間から、淡い太陽の光が差し込んでいた。前世の記憶にある、フランス北部の田園地帯にひどく酷似した寒涼な景色だ。
そんな景色を眺める他の乗客たちは、身なりの良い初老の商人とその護衛、そして少し怯えた様子の母子連れ。彼らは時折、銀髪を高い位置で結い上げ、軍服風の外套を纏った少年――私と、その隣にぴったりと寄り添う黒髪の美少女――クリスへ、奇妙なものを見るような視線を向けていた。
無理もない。
「魔力なし」の烙印を押されて実家を追い出された貴族の四男坊と、「忌み子」とされる黒髪の元奴隷の少女。おまけに少年の腰には、東方の異国風の刀が差されているのだ。訳ありなのは誰の目にも明らかだった。
「……リーファス様、大丈夫ですか? 顔色が少し……」
隣でクリスが、心配そうに小さな声で尋ねてくる。彼女の黒曜石のような瞳には、まだ見ぬ外の世界への不安の色がかすかに滲んでいた。
私は小さく微笑み、彼女の小さな手を自分の手で優しく覆った。
「大丈夫だよ、クリス。むしろ清々しているくらいさ。あのカビ臭い屋敷からようやく解放されたんだ。これからは、私たちの自由な旅が始まるんだから」
外見は15歳の少年だが、その口調はひどく落ち着いた老成した響きを持っていた。
享年55歳。前世、稀代の陰陽師として生きた賀茂時行の記憶と精神は、今世の理不尽な境遇さえも、どこか他人事のように俯瞰していた。精神年齢70歳の老境に至れば、故郷を追われることすら、長旅の心地よい幕開けに過ぎない。
「はい……! リーファス様がそう仰るなら、私はどこまでも付いていきます」
クリスが頬をほんのりと赤らめ、嬉しそうに頷いた、その時だった。
ヴヒィィィン! と馬が激しくいななき、御者の悲鳴と共に馬車が急ブレーキをかけた。衝撃で乗客たちが前のめりになる。
「な、何事だ!」
「モンスターの襲撃か!?」
護衛の男が血相を変えて剣を抜き、商人が青ざめる。
馬車の窓から顔を覗き込んだ私の碧眼が、スッと細められた。フランス北部の美しい平原を切り裂くように、街道を塞いで群がっていたのは――緑色の醜悪な小鬼、ゴブリンの群れだった。
その数、ざっと50匹。
粗末な棍棒や錆びた鉄剣を振り回し、下卑た笑い声を上げている。そして群れの中央には、通常の倍はある巨躯の『ゴブリンジェネラル』が、巨大な石斧を担いでふんぞり返っていた。
「……やれやれ。門出の祝いにしては、少し騒がしいな」
「リーファス様、私が空間魔法で……!」
「いや、クリスは馬車と乗客を守ってくれ。『影の結界』で馬車ごと覆えるか? 流れ弾が当たると面倒だ」
「――御意。お任せください」
私の指示に、クリスは淀みなく闇の霊力を解放した。
彼女の足元の影が生き物のように蠢き、瞬く間に馬車全体をドーム状の薄暗い膜で包み込んでいく。
「御者さん、馬を落ち着かせてくれ。すぐに終わる」
私はパニックになっている御者に短く声をかけると、腰の【和泉守兼重】には手をかけず、悠然と馬車から降り立った。
50匹のゴブリンが一斉に、獲物を見つけたハイエナのように私へと殺意を向ける。ジェネラルが低く唸り声を上げ、突撃の合図を出した。先頭の数匹が、涎を垂らしながら一斉に飛びかかってくる。
「数が多いな。一匹ずつ斬り伏せるのは骨が折れる」
迫りくる醜悪な顔を前にしても、私の心は眉一つ動かない。
静かに息を吸い込み、体内の膨大な霊力を両腕へと練り上げた。この世界には存在しない、しかし前世の記憶(知識)に眠る「無骨な鉄の英知」を呼び起こす。
「――来れ。鉄の暴風を纏いし、発明の英霊よ」
周囲の空気が、霊力の奔流によってビリビリと物理的に震えだす。碧い瞳が神秘的な光を帯びた。
「【英霊降臨】――リチャード・ジョーダン・ガトリング」
私の両手に収束した霊光が、凄まじい質量を持った「形」へと変貌していく。
それは、この中世ファンタジーの世界には絶対に存在するはずのない、無骨で凶悪な近代兵器の鉄の塊だった。複数の銃身が円筒状に束ねられた、回転式の大型機関砲。真鍮色の弾帯が、蛇のように装填口へと伸びている。
私は自身の15歳の体格にはおよそ不釣り合いな巨大なガトリングガンを、霊力による身体強化で羽毛のように軽々と構えた。
「グギャ……?」
目の前に現れた、見たこともない巨大な鉄の怪物に、先頭のゴブリンたちが思わず足を止める。
――それが、彼らの生涯における最期の過ちとなった。
私が引き金を引き、手動のクランクを高速で回した瞬間――世界が狂ったような轟音に包まれた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
耳をつんざく爆音と共に、六つの銃身が猛烈な速度で回転を始める。
マズルフラッシュが曇り空の街道を白く焼き焦がし、目にも止まらぬ速さで吐き出された鉛の嵐が、ゴブリンの群れを容赦なく襲った。
「ギャアアアアッ!?」
「ギギィッ!!」
悲鳴を上げる暇さえなかった。先頭集団の十数匹は、一瞬にして文字通りの肉片へと変わった。後続のゴブリンたちも、次々と目に見えない巨大な鉄槌に殴られたかのように、四散して弾け飛ぶ。
薬莢が雨のように地面に降り注ぎ、舗装の甘い道路に真鍮の金属音を奏でる。それは戦いではなく、一方的な蹂躙、あるいはただの「掃除」だった。彼らの拙い魔法障壁も、粗末な革鎧も、近代兵器の圧倒的な物理火力の前には紙切れ同然だった。
「グルゥォォォォッ!!」
部下たちが一瞬で挽肉に変えられていく異次元の光景に、ゴブリンジェネラルが激昂した。全身の筋肉を膨張させ、魔力で強化された石斧を振りかざし、私目掛けて突進してくる。
「ほう、少しは骨のある魔力を持っているようだな」
私は至って冷静に、銃口を迫りくるジェネラルへと固定した。巨体が迫る。石斧が振り下ろされる――その寸前。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
集中砲火が、ジェネラルの巨体を正面から捉えた。
どれだけ魔力で皮膚や筋肉、骨を強化しようとも、ガトリングガンの至近距離射撃による圧倒的な運動エネルギーの前には無意味だ。ジェネラルの身体は一瞬で蜂の巣にされ、強烈な衝撃で後方へと吹き飛んだ。
その瞬間、私はジェネラルの絶命と共に霧散しようとする魔力を感知した。
「――【魔霊反転】」
意識を集中させ、大気に溶けかける魔力を一滴残らず「喰らう」。
反転した魔力が、純粋で澄んだ霊力となって私の体内に還流し、ガトリングガンを維持するために消費した力を即座に補填していく。
ものの数十秒だった。
もう動くものは、北部の冷たい風に揺れる草木以外に何もない。50匹を数えたゴブリンの群れは、跡形もなく消滅していた。
私が手を離すと、リチャード・ガトリングの英霊武器は、静かに光の粒子となって虚空へと溶けていった。残されたのは、立ち込める火薬の匂いと、圧倒的な静寂だけ。
「……ふぅ。少し派手にやり過ぎたか」
私は外套の埃を軽く払うと、何事もなかったかのように馬車の方へ振り返った。
クリスの結い上げた影の結界が解かれ、窓から恐る恐る顔を出した乗客たちが、信じられないものを見る目で私を凝視している。恐怖、畏怖、そして圧倒的な感謝が入り混じった視線。
「リーファス様!」
クリスが馬車から飛び出し、全速力で駆け寄ってきた。怪我がないか、私の身体を気遣うようにペタペタと触って見回す。
「お疲れ様でした。すごかったです……あの鉄の武器。あれも、英霊様の力なのですね」
「ああ。対多数の掃討戦には、武蔵殿の刀よりこちらの方が効率的だからね」
私は安心させるようにクリスの頭をポンポンと撫めまわすと、御者に向かって声をかけた。
「道は開けた。パリへ急ごう。日が暮れる前に、次の街に着きたい」
御者は何度も激しく頷き、震える手で手綱を握り直した。
再び動き出した馬車の中で、私は窓の外を流れるフランス北部の広大な景色を静かに眺めた。
魔術師の大家を追放された少年は、規格外の英霊の力と、最高の相棒を連れ、今、世界への第一歩を確かに踏み出したのだった。
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