狂乱の銃口――英霊リチャード・ガトリング
ガタゴトと、舗装の甘い街道を車輪が跳ねる音が響く。
スミス伯爵領を後にした乗り合い馬車の中は、どこか重苦しい空気に包まれていた。
他の乗客たちは、身なりの良い初老の商人とその護衛、そして少し怯えた様子の母子連れだ。
彼らは時折、銀髪を高い位置で結い上げ、軍服風の外套を纏った少年――リーファスと、その隣に寄り添う黒髪の美少女――クリスへ、奇妙なものを見るような視線を向けていた。
無理もない。
「魔力なし」の烙印を押され、実家を追い出された貴族の四男坊と、「忌み子」とされる黒髪の元奴隷の少女。おまけに少年の腰には、東方の異国風の刀が差されているのだ。
訳ありなのは誰の目にも明らかだった。
「……リーファス様、大丈夫ですか? 顔色が少し……」
隣でクリスが、心配そうに小さな声で尋ねてくる。
彼女の黒曜石のような瞳には、不安の色が滲んでいた。
リーファスは小さく微笑み、彼女の小さな手を自分の手で覆った。
「大丈夫だよ、クリス。むしろ清々しているくらいさ。あのカビ臭い屋敷から解放されたんだ。これからは、俺たちの自由な旅が始まるんだから」
外見は十五歳の少年だが、その口調はひどく落ち着いた、老成した響きを持っていた。
享年五十五歳。
前世、稀代の陰陽師として生きた賀茂時行の記憶と精神は、今世の理不尽な境遇さえも、どこか他人事のように俯瞰していた。
「はい……。リーファス様がそう仰るなら、私はどこまでも付いていきます」
クリスが頬を赤らめ、嬉しそうに頷いたその時だった。
ヴヒィィィン! と馬がいななき、御者の悲鳴と共に馬車が急停車した。
衝撃で乗客たちが前のめりになる。
「な、何事だ!」
「モンスターか!?」
護衛の男が剣を抜き、商人が青ざめる。
窓の外を覗き込んだリーファスの碧眼が、スッと細められた。
街道を塞ぐように群がっていたのは、緑色の小鬼――ゴブリンの群れだった。
その数、ざっと五十。
粗末な棍棒や錆びた剣を振り回し、下卑た笑い声を上げている。
そして群れの中央には、通常の倍はある巨躯のゴブリンジェネラルが、巨大な石斧を担いでふんぞり返っていた。
「……やれやれ、門出の祝いにしては、少し騒がしいな」
「リーファス様、私が空間魔法で……!」
「いや、クリスは馬車と乗客を守ってくれ。『影の結界』で馬車ごと覆えるか? 流れ弾が当たると面倒だ」
「はい、お任せください!」
リーファスの指示に、クリスは即座に詠唱を始める。
彼女の足元の影が生き物のように蠢き、馬車全体を薄暗い膜で覆い始めた。
「御者さん、馬を落ち着かせてくれ。すぐ終わる」
リーファスはパニックになっている御者に短く声をかけると、腰の「和泉守藤原兼重」には手をかけず、悠然と馬車から降り立った。
五十匹のゴブリンが一斉に、獲物を見つけたハイエナのようにリーファスへ殺意を向ける。
ジェネラルが唸り声を上げ、突撃の合図を出した。
先頭の数匹が、涎を垂らしながら飛びかかってくる。
「数が多いな。一匹ずつ斬り伏せるのは骨が折れる」
リーファスは迫りくる醜悪な顔を前にしても、眉一つ動かさない。
彼は静かに息を吸い込み、体内の膨大な霊力を練り上げた。
「――来れ。鉄の暴風を纏いし発明の英霊よ」
彼の周囲の空気が、霊力の奔流によってビリビリと震える。
碧い瞳が神秘的な光を帯びた。
「【英霊降臨】――リチャード・ジョーダン・ガトリング!」
リーファスの両手に収束した霊光が、巨大な質量を持った「形」へと変わる。
それは、この世界には存在しないはずの、無骨で凶悪な鉄の塊だった。
複数の銃身が束ねられた回転式の機関砲。
真鍮色の弾帯が蛇のように装填口へと伸びている。
リーファスは自身の体格には不釣り合いな巨大なガトリングガンを、霊力による身体強化で軽々と構えた。
「グギャ?」
目の前に現れた見たこともない鉄の塊に、先頭のゴブリンたちが足を止める。
それが彼らの最期の過ちだった。
リーファスが引き金を引き、クランクを回した瞬間――世界が轟音に包まれた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
耳をつんざく発射音と共に、六つの銃身が高速で回転を始める。
マズルフラッシュが白昼の街道を焼き焦がし、目にも止まらぬ速さで吐き出された鉛の嵐が、ゴブリンの群れを襲った。
「ギャアアアアッ!?」
「ギギィッ!!」
悲鳴を上げる暇もなかった。
先頭集団の十数匹は、一瞬にして肉片へと変わった。
後続のゴブリンたちも、次々と見えない鉄槌に殴られたかのように弾け飛ぶ。
薬莢が雨のように地面に降り注ぎ、真鍮が奏でる金属音だけが響き渡る。
それは一方的な蹂躙だった。
魔法障壁も、粗末な革鎧も、この圧倒的な物理火力の前には紙切れ同然だった。
「グルゥォォォォッ!!」
部下たちが一瞬で挽肉に変えられていく光景に、ゴブリンジェネラルが激昂した。
全身の筋肉を隆起させ、魔力で強化された石斧を振りかざし、リーファス目掛けて突進してくる。
「ほう、少しは魔力があるようだな」
リーファスは冷静に銃口をジェネラルへ向けた。
巨体が迫る。石斧が振り下ろされる――その寸前。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
集中砲火がジェネラルの巨体を捉えた。
魔力強化された皮膚も、筋肉も、骨も、ガトリングガンの至近距離射撃の前には無意味だった。
ジェネラルの身体が蜂の巣になり、後ろへと吹き飛ぶ。
その瞬間、リーファスはジェネラルから溢れ出た魔力を感じ取った。
「――【魔霊反転】」
彼は意識を集中させ、拡散しようとしていたジェネラルの魔力を「喰らった」。
反転した魔力が純粋な霊力となって体内に還流し、ガトリングガンを維持する力へと変換される。
ものの数十秒だった。
もう動くものは、風に揺れる草木以外に何もない。
五十匹のゴブリンの群れは、跡形もなく消滅していた。
リーファスが手を離すと、リチャード・ガトリングの英霊武器は、光の粒子となって虚空へと溶けていった。残されたのは、火薬の匂いと、静寂だけ。
「……ふぅ。少し派手にやり過ぎたか」
リーファスはコートの埃を軽く払うと、何事もなかったかのように馬車の方へ振り返った。
結界が解かれ、窓から顔を出した乗客たちが、信じられないものを見る目でリーファスを凝視している。恐怖と、畏怖と、そして少しの感謝が入り混じった視線。
「リーファス様!」
クリスが馬車から飛び出し、駆け寄ってきた。
怪我がないか、体を気遣うように見回す。
「お疲れ様でした。すごかったです……あの鉄の武器。あれも英霊様の力なんですね」
「ああ。対多数には、武蔵殿の刀よりこちらの方が効率的だからね」
リーファスはクリスの頭をポンポンと撫でると、御者に向かって声をかけた。
「道は開けた。パリへ急ごう。日が暮れる前に次の街に着きたい」
御者は何度も頷き、震える手で手綱を握り直した。
再び動き出した馬車の中で、リーファスは窓の外を流れる景色を眺めた。
魔術師の大家を追放された少年は、規格外の力と最高の相棒を連れ、今、世界への第一歩を踏み出したのだった。
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