表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/21

狂乱の銃口――英霊リチャード・ガトリング

ガタゴトと、舗装の甘い街道を車輪が跳ねる音が響く。

スミス伯爵領を後にした乗り合い馬車の中は、どこか重苦しい空気に包まれていた。

他の乗客たちは、身なりの良い初老の商人とその護衛、そして少し怯えた様子の母子連れだ。

彼らは時折、銀髪を高い位置で結い上げ、軍服風の外套を纏った少年――リーファスと、その隣に寄り添う黒髪の美少女――クリスへ、奇妙なものを見るような視線を向けていた。


無理もない。

「魔力なし」の烙印を押され、実家を追い出された貴族の四男坊と、「忌み子」とされる黒髪の元奴隷の少女。おまけに少年の腰には、東方の異国風の刀が差されているのだ。

訳ありなのは誰の目にも明らかだった。


「……リーファス様、大丈夫ですか? 顔色が少し……」


隣でクリスが、心配そうに小さな声で尋ねてくる。

彼女の黒曜石のような瞳には、不安の色が滲んでいた。

リーファスは小さく微笑み、彼女の小さな手を自分の手で覆った。


「大丈夫だよ、クリス。むしろ清々しているくらいさ。あのカビ臭い屋敷から解放されたんだ。これからは、俺たちの自由な旅が始まるんだから」


外見は十五歳の少年だが、その口調はひどく落ち着いた、老成した響きを持っていた。

享年五十五歳。

前世、稀代の陰陽師として生きた賀茂時行の記憶と精神は、今世の理不尽な境遇さえも、どこか他人事のように俯瞰していた。


「はい……。リーファス様がそう仰るなら、私はどこまでも付いていきます」


クリスが頬を赤らめ、嬉しそうに頷いたその時だった。


ヴヒィィィン! と馬がいななき、御者の悲鳴と共に馬車が急停車した。

衝撃で乗客たちが前のめりになる。


「な、何事だ!」

「モンスターか!?」


護衛の男が剣を抜き、商人が青ざめる。

窓の外を覗き込んだリーファスの碧眼が、スッと細められた。


街道を塞ぐように群がっていたのは、緑色の小鬼――ゴブリンの群れだった。

その数、ざっと五十。

粗末な棍棒や錆びた剣を振り回し、下卑た笑い声を上げている。

そして群れの中央には、通常の倍はある巨躯のゴブリンジェネラルが、巨大な石斧を担いでふんぞり返っていた。


「……やれやれ、門出の祝いにしては、少し騒がしいな」

「リーファス様、私が空間魔法で……!」

「いや、クリスは馬車と乗客を守ってくれ。『影の結界』で馬車ごと覆えるか? 流れ弾が当たると面倒だ」

「はい、お任せください!」


リーファスの指示に、クリスは即座に詠唱を始める。

彼女の足元の影が生き物のように蠢き、馬車全体を薄暗い膜で覆い始めた。


「御者さん、馬を落ち着かせてくれ。すぐ終わる」


リーファスはパニックになっている御者に短く声をかけると、腰の「和泉守藤原兼重」には手をかけず、悠然と馬車から降り立った。


五十匹のゴブリンが一斉に、獲物を見つけたハイエナのようにリーファスへ殺意を向ける。

ジェネラルが唸り声を上げ、突撃の合図を出した。

先頭の数匹が、涎を垂らしながら飛びかかってくる。


「数が多いな。一匹ずつ斬り伏せるのは骨が折れる」


リーファスは迫りくる醜悪な顔を前にしても、眉一つ動かさない。

彼は静かに息を吸い込み、体内の膨大な霊力を練り上げた。


「――来れ。鉄の暴風を纏いし発明の英霊よ」


彼の周囲の空気が、霊力の奔流によってビリビリと震える。

碧い瞳が神秘的な光を帯びた。


「【英霊降臨】――リチャード・ジョーダン・ガトリング!」


リーファスの両手に収束した霊光が、巨大な質量を持った「形」へと変わる。

それは、この世界には存在しないはずの、無骨で凶悪な鉄の塊だった。


複数の銃身が束ねられた回転式の機関砲。

真鍮色の弾帯が蛇のように装填口へと伸びている。

リーファスは自身の体格には不釣り合いな巨大なガトリングガンを、霊力による身体強化で軽々と構えた。


「グギャ?」


目の前に現れた見たこともない鉄の塊に、先頭のゴブリンたちが足を止める。

それが彼らの最期の過ちだった。


リーファスが引き金を引き、クランクを回した瞬間――世界が轟音に包まれた。


ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!


耳をつんざく発射音と共に、六つの銃身が高速で回転を始める。

マズルフラッシュが白昼の街道を焼き焦がし、目にも止まらぬ速さで吐き出された鉛の嵐が、ゴブリンの群れを襲った。


「ギャアアアアッ!?」

「ギギィッ!!」


悲鳴を上げる暇もなかった。

先頭集団の十数匹は、一瞬にして肉片へと変わった。

後続のゴブリンたちも、次々と見えない鉄槌に殴られたかのように弾け飛ぶ。


薬莢が雨のように地面に降り注ぎ、真鍮が奏でる金属音だけが響き渡る。

それは一方的な蹂躙だった。

魔法障壁も、粗末な革鎧も、この圧倒的な物理火力の前には紙切れ同然だった。


「グルゥォォォォッ!!」


部下たちが一瞬で挽肉に変えられていく光景に、ゴブリンジェネラルが激昂した。

全身の筋肉を隆起させ、魔力で強化された石斧を振りかざし、リーファス目掛けて突進してくる。


「ほう、少しは魔力があるようだな」


リーファスは冷静に銃口をジェネラルへ向けた。

巨体が迫る。石斧が振り下ろされる――その寸前。


ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!


集中砲火がジェネラルの巨体を捉えた。

魔力強化された皮膚も、筋肉も、骨も、ガトリングガンの至近距離射撃の前には無意味だった。

ジェネラルの身体が蜂の巣になり、後ろへと吹き飛ぶ。


その瞬間、リーファスはジェネラルから溢れ出た魔力を感じ取った。


「――【魔霊反転】」


彼は意識を集中させ、拡散しようとしていたジェネラルの魔力を「喰らった」。

反転した魔力が純粋な霊力となって体内に還流し、ガトリングガンを維持する力へと変換される。


ものの数十秒だった。

もう動くものは、風に揺れる草木以外に何もない。

五十匹のゴブリンの群れは、跡形もなく消滅していた。


リーファスが手を離すと、リチャード・ガトリングの英霊武器は、光の粒子となって虚空へと溶けていった。残されたのは、火薬の匂いと、静寂だけ。


「……ふぅ。少し派手にやり過ぎたか」


リーファスはコートの埃を軽く払うと、何事もなかったかのように馬車の方へ振り返った。

結界が解かれ、窓から顔を出した乗客たちが、信じられないものを見る目でリーファスを凝視している。恐怖と、畏怖と、そして少しの感謝が入り混じった視線。


「リーファス様!」


クリスが馬車から飛び出し、駆け寄ってきた。

怪我がないか、体を気遣うように見回す。


「お疲れ様でした。すごかったです……あの鉄の武器。あれも英霊様の力なんですね」

「ああ。対多数には、武蔵殿の刀よりこちらの方が効率的だからね」


リーファスはクリスの頭をポンポンと撫でると、御者に向かって声をかけた。


「道は開けた。パリへ急ごう。日が暮れる前に次の街に着きたい」


御者は何度も頷き、震える手で手綱を握り直した。


再び動き出した馬車の中で、リーファスは窓の外を流れる景色を眺めた。

魔術師の大家を追放された少年は、規格外の力と最高の相棒を連れ、今、世界への第一歩を踏み出したのだった。


挿絵(By みてみん)

本日もお読みいただきありがとうございます!

もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から応援していただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ