虚構の魔笛、深淵に墜つ魔神
6月9日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
グランド・キャニオンの最深部。
世界を隔てる次元の壁がパキパキと不気味にひび割れ、そこから溢れ出す濃密な黒い瘴気が、悪魔『ディアボロ』の巨体をさらに禍々しく膨張させていた。
「……消えろ、虫ケラどもがッ!」
ディアボロが複数の不気味な腕を頭上へ振り上げ、空間そのものを力任せに握り潰すかのような圧倒的な圧力を放つ。
誰もが息を呑んだ絶体絶命の瞬間、戦場に響き渡ったのは、この世のものとは思えぬほど美しく、しかしどこか残酷な旋律だった。
「――この場において、お前の破壊はただの悪い夢だよ」
『万象の調停者』リーファス(賀茂時行)が、黄金の笛を静かに吹き鳴らしながら、硝煙の舞う戦場へと歩を進める。
英霊降臨――妖精王オベロン。
その魔笛の音が冷たい空気に触れた瞬間、ディアボロが放ったはずの絶望的な空間破砕の一撃は、眩いばかりの美しい「花吹雪」へとその姿を変え、無害にひらひらと舞い散った。
「なっ……我が一撃が、虚構だとでも言うのか!?」
驚愕するディアボロの暗い眼窩に、どろりとした悍ましい執念が宿る。
「ならば……あの極彩色の地獄へ再び堕ちるがいい! 貴様には、あの喧騒と虚飾に満ちた檻こそがお似合いだッ!」
ディアボロが残るすべての魔力を無理やり絞り出し、眼前の空間を大きく抉じ開けた。
ひび割れた時空の向こう側に、一瞬、眠らない街の眩しいネオンサインと、乾いたラスベガスの熱気が幻影のように浮かび上がる。かつて、リーファスを戦線から一時離脱させた凶悪な「次元追放」の再来だった。
しかし、リーファスは眉ひとつ動かさない。
「……カジノの騒音なら、もう聞き飽きたんだ。あそこは、一度観光で行けば十分だよ」
リーファスが笛の音を、鋭く、高く跳ね上げる。
その美しい旋律が物理的な絶対の圧力となって、開きかけた次元の門を真っ向から力ずくで押し潰した。ガラスが派手に砕け散るような音と共に、ラスベガスの幻影は一瞬で霧散し、ディアボロの絶対の切り札は無残に掻き消された。
「馬鹿な……!? 我が深淵の門を力ずくで……ッ!」
「お前が真実だと思っているものすべて、私が書き換えるよ」
◇◇◇◇◇
リーファスの奏でる神秘的な旋律が、疲弊していたSランクたちの体内に、先ほど彼が渓谷の入り口での『しんがり』によって高密度に蓄積した、膨大な蒼い霊力を淀みなく注ぎ込んでいく。
「体が軽い……! これならいけるぜ!」
『獣王』ガルーダが再び熱く吼え、赤髪を激しく逆立てて突撃する。
『機巧卿』レオナルドの全砲門が、実体化したディアボロの肉を容赦なく焼き、『竜殺し』ジークフリートの豪剣がその大きな傷口をさらに深く抉り取っていく。
「逃がさないわ。……影の檻へ」
『従順なる黒夜』クリスが自身の影を液状化させ、ディアボロの巨大な脚部を完全に大地へと縫い止めた。
◇◇◇◇◇
魔神の核が完全に剥き出しになった瞬間、一筋の鋭い雷光が戦場を縦横無尽に駆けた。
「リーファスへの恩返し、たっぷり味わわせてあげるから。……覚悟してよ」
西施が、激しい雷を纏った超高速の跳躍を見せる。
彼女のしなやかな脚部に凝縮された膨大な魔力が、凄まじいスパークを周囲に放ち、空間を爆裂させる。
「雷神脚・極――!!」
一撃、二撃とディアボロの強固な防壁を容易く粉砕し、最後、全霊を込めた三連撃目が魔神の核へと真っ直ぐに直撃した。
大爆発と共に激しい雷鳴が轟き、ディアボロの巨体が大きく後ろへと仰け反る。
◇◇◇◇◇
「……いい一撃だ、西施」
リーファスが黄金の笛を滑らかに納め、代わりに銀色に美しく輝く『魔法の杯』を高く掲げた。
杯の奥から純白の神聖な光が溢れ出し、もはや抵抗する力すら残されていないディアボロの巨体を優しく包み込んでいく。
「お前が奪った命も、喰らった次元の歪みも、すべてこの杯が飲み干そう。……浄化されるがいい」
魔神の最後の絶叫が、遥か高空へと消えていく。
巨大な異形は、杯が放つ圧倒的な浄化の奔流によって一粒の光の塵へと分解され、グランド・キャニオンに数ヶ月ぶりの平穏な、美しい静寂が戻った。
◇◇◇◇◇
光が完全に収まった跡地。そこには、禍々しくも静かな拍動を刻む小さな結晶がひとつ、転がっていた。
リーファスがそれを静かに拾い上げると、結晶は彼の清らかな霊力に触れて瞬時に浄化され、五角形の美しい輝きを放つ輝石へと姿を変える。
「……これで5つ目だ」
リーファスの言葉に、仲間たちが自然と集まってくる。
「……残り2つ、ですね」
クリスが真剣な面持ちで小さく頷いた。
世界を蝕む魔神の脅威を完全に断ち切るまで、あともう少しのところまで来ている。
◇◇◇◇◇
戦場の心地よい緊張が解け、一行は最寄りの街へとゆっくり移動を開始した。
グランド・キャニオンを後にする彼らの背中を、異世界の美しい夕日が赤く染めていく。
「ふぅ……。リーファス様、今日は街で一休みしましょう。温かい食事が必要です」
クリスが優しく提案すると、リーファスも小さく微笑んで頷いた。
「そうだね。これからの旅はさらに厳しくなる。……英気を養っておこう」
「あは、賛成! リーファス、美味しいもの奢ってよね。……約束だよ」
西施がいつもの明るさを取り戻し、リーファスの隣で軽やかに笑う。
人類唯一のSSランクと、彼を健気に支える最強の仲間たち。
5つの欠片を手にした彼らの果てしない旅は、いよいよ物語の核心へと迫ろうとしていた。
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