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深淵への進撃、魂を紡ぐ調停者

6月9日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

かつては壮大な大自然の造形美を誇ったアメリカ――グランド・キャニオンは、今や異界のどす黒い瘴気が激しく噴き出す「地獄の口」と化していた。


「……ひどい。空気が完全に腐っているみたい」


顔を不快そうにしかめるのはクリス。

世界にわずかしか存在しない最高峰の『Sランク探索者』には、ギルドからその異能の本質を示す固有の『通り名』が正式に授与される。最年少の若さでその領域に手をかけた彼女に冠された名は、『従順なる黒夜』。

主であるリーファス以外には決して心を開かない冷徹さと、世界を呑み込む漆黒の影魔法を象徴する二つ名だった。


その『従順なる黒夜』たる彼女の眼前で、ディアボロの深奥から溢れ出した強大な魔力は、周囲の魔物たちを狂わせ、その肉体を悍ましい異形へと変貌させていた。通常なら容易く退けられるはずの魔獣たちが、完全に理性を失った暴走状態バーサークとなり、黒い波のように次々と押し寄せてくる。


「野郎ども、気合を入れろ! ここが踏ん張りどころだぜ!」


『獣王』ガルーダが咆哮し、迫り来る魔獣を剛拳一つで粉砕していく。

しかし、倒しても倒しても、大穴の奥からは際限なく魔物の群れが溢れ出してきていた。


◇◇◇◇◇


そんな激しい戦場の中心で、リーファス(賀茂時行)は冷静に周囲の「魔力の流れ」を観察していた。ディアボロ本体は、さらにこの渓谷の最深部、次元の壁が最も薄い場所でじっと力を蓄えている。


かつて一人の探索者だった頃の彼は、『銀影』、あるいは『魔術師殺し』という、闇に潜む凄腕としての通り名で呼ばれていた。

だが、Sランクすら超越した、世界に数人しか存在しない生ける伝説――『SSランク』へと上り詰めたことで、いつの間にか世界中から畏怖と敬意を込めて、『万象の調停者』と呼ばれるようになっていた。世界の理そのものを手繰る、現在の彼にふさわしい絶対的な二つ名だ。


「……このまま消耗戦を続けていては、本体を叩く前にこちらの魔力が底を突く。作戦を変更するよ」


リーファスの静かな言葉に、仲間たちが一斉に足を止めた。


「私がここで『しんがり』を引き受け、押し寄せる魔物たちを処理する。その際、『魔霊反転』を行ってこの場の魔力をすべて私の霊力エネルギーとして蓄積し、決戦に備えるよ」


「でも、リーファス様! お一人でこの数を……!」


クリスが心配そうに駆け寄るが、リーファスはその華奢な肩に優しく手を置いた。


「案ずることない。私が霊力を溜める間、皆は先行してディアボロの元へ向かい、奴にプレッシャーを与え続けてほしい。時間を稼ぐんだ。……クリス、ディードリット、皆が頼りだよ」


「……分かりました。リーファス様が到着するまで、一歩も退きません」


「ボクも頑張る! リーファスが来るまで、あんな不細工な悪魔、ボクたちが足止めしちゃうからね。見ててよ!」


西施せいしが小さな拳を握って元気よく宣言する。

Sランク集団『真銀星ミスリル・スターズ』の面々も、リーファスの圧倒的な霊力操作能力を信頼し、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


◇◇◇◇◇


「行け!」


リーファスの鋭い号令とともに、クリスたち先遣隊が渓谷の奥へと突撃を開始した。

『機巧卿』レオナルドが浮遊砲台で瞬時に道を切り開き、『竜殺し』ジークフリートが正面の魔物を豪快となぎ倒し、クリスとディードリットがその後を迷いなく追っていく。


一人戦場に残されたリーファスは、押し寄せる数千の魔獣を目の前にして、静かに両手で印を結んだ。


「急々如律令――魔霊反転」


彼の足元から鮮やかな蒼い術式が瞬く間に広がり、渓谷全体を覆い尽くしていく。

襲いかかろうとした魔獣たちがその光に触れた瞬間、苦痛の声を上げることもなく、ただ純粋な光の粒子へと分解されて消えていく。本来なら世界を汚染するはずの濁った魔力が、リーファスの術によって、澄み渡る蒼い霊力へと完璧に変換され、彼の手のひらへと収束していく。


(……ディアボロ、貴様の放った毒を、そのまま貴様を滅ぼす刃へと変えてやろう)


◇◇◇◇◇


その頃、渓谷の最深部では、クリスたちがディアボロとの熾烈な接触を果たしていた。

以前よりも遥かに巨大化し、複数の不気味な腕を持つ悪魔の姿。その圧倒的な重圧に、流石のSランクたちも冷や汗を流す。


「これ、マジで時間を稼ぐだけでいいのかよ!? 下手したら一瞬で消し飛ばされるぜ!」


『影の王』ハサンが愚痴をこぼしながらも、影に潜んでディアボロの死角を鋭く突く。


「信じなさい、ガルーダ! リーファス様が来れば、こんな悪魔,敵ではありません!」


クリスは漆黒の影魔法を展開し、ディアボロの放つ破壊光線をことごとく自身の影の異空間へと受け流していく。

ディードリットの精霊剣と西施の軽快な打撃が、交互にディアボロの巨体を翻弄する。だが、ディアボロの異常な再生能力は凄まじく、なかなか決定打には至らない。


「ガアアアァァァッ!!」


ディアボロが激しく咆哮し、周囲の空間がガラスのようにパキパキとひび割れ始める。


「くっ、最大出力の次元攻撃……! 全員,私の結界の中に!」


『聖女』カタリナが必死に聖域を展開するが、空間そのものを崩壊させる一撃を前に、防ぎきれるか――。


◇◇◇◇◇


絶体絶命の、まさにその瞬間。

戦場の空一面が、見たこともないほどに澄んだ美しい蒼色に染まった。


「――待たせた。調律の準備は整ったよ」


渓谷の入り口から、何キロもの距離を一瞬の空間跳躍で飛び越え、リーファスが戦場の中央へと華麗に舞い降りる。

その背後には、数千の魔物を変換して得た、太陽のごとき巨大な蒼い霊力の輝きが浮遊していた。


「リーファス様!」


「リーファス! 遅いよ、もう!」


「すまない。……さて、終わらせようか」


リーファスは、蓄積した膨大な霊力を媒介に、新たなる最高の英霊を降臨させる。

彼の両手に現れたのは、美しくも禍々しい黄金の笛と、純銀の杯。リーファスは眼前の巨悪を真っ直ぐに見据え、凛とした声で言い放った。


「ディアボロよ! 今度は簡単にはいかせない! お前にとって天敵となりうる異界の王で対抗させてもらう!」


「――夢と現を書き換えよ。英霊降臨:妖精王オベロン」


戦場に、運命そのものを冷酷に書き換える、不敵で美しい旋律が響き始めたのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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