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二つの世界の境界線(ボーダーライン)

6月9日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

深夜、標高三七七六メートル。

日本最高峰・剣ヶ峰に到達したリーファスと賀茂永遠とわを待っていたのは、下界の醜い喧騒を一切拒絶するような、圧倒的なまでの静寂だった。


「……ここが、日本の龍の心臓か」


リーファスが足元の冷たい岩肌に触れると、地脈を流れる膨大な霊力が指先を通じて全身を駆け抜けていく。

彼は懐から数十枚の呪符を取り出すと、山頂の火口を囲むように滑らかに配置していった。それらは重力を無視して宙に浮かび、幾何学的な模様を描きながら、見たこともない複雑な魔法陣を形成し始める。


「ねえ、リーファス。これ、本当にただの『転移実験』なの?」


背後で見守る永遠が、微かに震える声で問いかけた。山頂の極寒のせいだけではない。

リーファスの周囲から立ち昇る蒼い霊気は、もはや一人の人間が扱って良い規模を遥かに超え、神域にまで達しようとしていたからだ。


「ああ。……だけど、少しばかり大掛かりな旅になる」


リーファスはそれだけ答えると、精神をさらに深く研ぎ澄ませた。


◇◇◇◇◇


リーファスは静かに目を閉じ、内なる魔力の海へ深く深く潜っていく。


「――我が肉体を依り代とし、深淵を覗く鏡を貸せ。英霊降臨――ジョン・ディー」


瞬間、リーファスの意識の片隅に、豪奢なマントを纏った老紳士の哄笑が響いた。

(『やれやれ、東洋の龍脈を直接弄るとはね。君の無茶には呆れるが……観測者としては最高の特等席だ。さあ、鏡を顕現させたまえ』)


リーファスの右手に、妖しく脈打つ『黒曜石の鏡』が実体化した。

富士山の奔流する霊力と、ポケットにある『魔神の欠片』の魔力を『魔霊反転』によって極限まで同調させ、その鏡へと一気に流し込んでいく。異世界の座標を、強引にこちら側へと引き寄せるためだ。

鏡面が眩い蒼い光を放ち、ノイズ混じりの向こう側の風景――赤茶けた広大な大地と、深く刻まれた大渓谷を鮮明に映し出した。


「クリス、ディードリット! 聞こえるか、今からこちらの霊脈を接続するよ」


リーファスの口から、自身の若き声とジョン・ディーの老練な響きが重なった双重の声が発せられる。

世界の果てを隔てる次元の壁が、鏡の魔力によって薄皮を剥ぐように剥がれ落ちていった。


◇◇◇◇◇


舞台は、世界を隔てた異世界のアメリカ大陸。

グランド・キャニオンの大穴を見下ろす断崖に、クリス、ディードリット、西施セイシ、そして『真銀星ミスリル・スターズ』の面々が集結していた。


「リーファス様……届いています! 座標の固定、開始します!」


クリスが叫び、杖を天に向けて真っ直ぐに突き出す。彼女の影から噴き出した漆黒の魔力が、底なしの影の柱となって空へと伸び、次元の狭間へと力強く突き刺さった。

ディードリットの精霊術がアメリカ大陸のレイラインを強引にその影の柱へと収束させ、西施とミスリル・スターズが、門の絶大なエネルギーに惹かれて這い出してきた魔獣たちを怒涛の体術で次々と粉砕していく。


二つの世界の距離が、霊力の奔流によって急速に縮まっていく。


◇◇◇◇◇


富士山頂の空間が、まるでガラスのようにパキパキと音を立ててひび割れ始めた。

その次元の亀裂の向こう側に、永遠とわは視てしまった。


広大な荒野。そして、涙を流しながら必死にこちらを呼んでいる、異国の、だけど息を呑むほどに美しい少女――クリスの姿を。


(……ああ。あそこが、リーファスの本当に居るべき場所なんだ)


永遠は胸を締め付けられるような、激しい喪失感に襲われた。

自分たちの住むこの退屈で静かな世界よりも、あの激しく、魔法が荒れ狂う異世界こそが、彼の真の舞台。

リーファスという存在が背負っている運命の巨大さを、永遠とわは残酷なほどに理解してしまったのだ。


◇◇◇◇◇


ついに、二つの世界が完全に直結した。

富士山頂を貫く巨大な蒼光の柱が天を突き、リーファスの華奢な身体がふわりと宙に浮き上がる。


(『成功だ。門が開いたぞ。……おや、無粋な客だね』)


脳内でのジョン・ディーの警告と同時に、日本側の空から禍々しい呪力の一撃が突如として撃ち込まれた。


「――させん! 賀茂の秘術、異世界の門。その全て、陰陽寮が接収する!」


分家を裏から汚く操っていた、陰陽寮の黒幕。

転移のエネルギーを強欲に奪い、自らの力にしようとする卑劣な介入だった。放たれた漆黒の呪詛が、不安定な次元の門に激しく激突する。


「チッ、鬱陶しいな……!」


リーファスは冷徹に片手を振り、その呪詛を一瞬で霧散させたが、その衝撃で空間の歪みが激しく暴走し始めてしまった。


「きゃあっ!?」


足元の空間が歪み、巻き込まれた永遠の身体が次元の裂け目へと引きずり込まれそうになる。


永遠とわさん!」


リーファスは迷わず手を伸ばした。光の柱の中で、二つの世界の境界線が激しく揺らぎ、すべてを飲み込むような絶対の閃光が山頂を白く包み込んだのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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